52・負い目
――まだ、全てを諦める必要はない……という事だろうな。
時間だけはいくらでもある訳だし、足掻けるだけは足掻いてみればいい。ただし期待を持って調査をすれば疲弊をするだけであるから、少しでも気になる事があれば調べてその内なにか引っかかるかもしれないくらいのつもりでいるべきだろう。
ケサランは何か言いたそうにこちらを見ていたが、セイネリアは気にせず体を解す事にする。だがそこで、双子の弟である司祭長の方がセイネリアがいた場所から一番離れた台の前にいるのが見えた。あの台に誰が寝ていたかを考えれば、彼が何をしようとしているのかは大体分かる。
「ラスハルカを起こしているのか?」
そう声に出せば、本人の代わりに兄の最高司祭の方が答えた。
「そうです。私達は意識を引き上げて貰ったのですぐ覚醒しましたが、彼の場合は術で眠らせたままでしたからね。放っておいてもいずれ目を覚ましますが、彼だけ眠ったままにしておく訳にもいかないでしょう。そちらの魔法使いは彼にまだ用事がある事でしょうし」
言葉と共に目くばせをされて、ケサランが気まずそうな顔をする。確かに、少なくともこれからラスハルカはまた記憶を消さなくてはならないのだから、起きるまで放置して待っている訳にはいかないだろう。それに対して罪悪感を感じているらしいケサランの様子は、本当に魔法使いらしくない。
勿論、それが終わったらセイネリアも騎士とのやりとり自体の記憶を消さなくてはならないからただの他人事ではないのだが。
「まだこれで終わり、ではないからな」
セイネリアがそう呟けば、ケサランはまた何かいいたそうにこちらを見た。気づかないふりをしてやろうかとも思ったが、今度は彼の顔を見て聞く事にした。
「なんだ?」
魔法使いの顔はいかにも後ろめたい事がある人間の顔で、彼は視線を逸らしてから口を開いた。
「あの神官の目が覚めたら、こちらが見た彼の記憶についていくつか話を聞く事になる。それが終わってからまた彼の記憶を操作する訳だが……」
「それが終わったら俺か」
こちらから言えば彼は気まずそうに更に眉を寄せた。そんな様子の彼にはセイネリアも苦笑を禁じ得ない。
「最初からその約束だったろ、分かってるさ」
「だが……」
何か言いかけて、ケサランは口を閉じた。まるでこちらの視線を避けるようにしている彼から、セイネリアは自ら視線を外してやる。
「そういえば、記憶を消された後の俺にあんたが何が起こったかは説明してくれるという話だったが」
うつむき気味だった魔法使いはそこで顔を上げた。
「あ、あぁ、そうだ。なんならお前が覚えておきたい事があればそれも言ってくれれば伝えるぞ。なんでも、とは約束出来ないが、騎士の名前以外ならまず大抵の事は問題ない。書面にしてもらってそれを渡すのでも構わないが」
「そうか。なら、何を伝えたいか考えておくさ」
それだけを告げるとセイネリアは彼に背を向けた。そこから歩きだせば、さすがに焦った魔法使いが声を上げてきた。
「おいっ、どこへ行く気だ?」
セイネリアは一度足を止めて彼の顔を見た。ここで彼がこちらを非難するような顔でもしていたら揶揄ってやったところだが、やはりこちらに対して負い目があるよう顔だったからセイネリアは余計な事を言うのは止めた。
「別に逃げる訳じゃないから安心しろ。どうせこれからラスハルカとの話で結構時間が掛かるんだろ? その間俺はちょっと外へ行って伝えたい内容を考えながら剣でも振ってる。なにせずっと同じ体勢でいたせいで体が固まってるから解したくてな。話が終わったら呼んでくれ」
「あ、あぁ……」
魔法使いはあっけにとられたように返事をしたが、そこからまたヘタに何か聞かれるより早く、セイネリアは手を上げて神殿の外へと向かった。
次回はラスハルカが目覚めた時の話。