51・覚悟
目が覚めてすぐ、人の話し声が聞こえてきた。
セイネリアが顔を上げればどうやら先に最高司祭の方が目覚めていたらしく、声は彼が弟の司祭長と話しているものだった。
立ち上がろうとすれば、それなりの時間同じ姿勢だったせいか固まっていた筋肉があちこちで鳴っていたから、まず腕や首を解した。それで他の連中もセイネリアが目覚めた事に気づいたらしく、皆の視線が一斉にこちらに向いた。
「大丈夫か?」
不安そうにまずそう声を掛けてきたのはケサランで、セイネリアは彼の顔を見た。
「あぁ、問題ない」
心配そうだった魔法使いは、そこで明らかに安堵の顔をする。彼の場合、今の一言だけで本当に大丈夫なのかどうかまで分かっただろうからそれ以上畳みかけてくる事はない。
まだ固まっている首のあたりを動かしながら最高司祭がいる台の方を見れば、彼と目が合う。そこですかさず最高司祭は苦笑して口を開いた。
「……正直、見ている側としてはずっとひやひやしていました」
その理由にはセイネリアも思い当たるものがあったから、答え合わせに聞いてみた。
「もしあそこで俺が負けていた場合、俺は体を乗っ取られる可能性もあったのか?」
最高司祭は一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、呆れたように溜息をついた。
「分かっていて、相手に戦いを持ち掛けたのですか?」
「まぁな」
どうやら騎士の方はその可能性を考えていなかったようだが、セイネリアとしてはあそこで相手に完全に叩きのめされるようなことがあれば自分の精神は追いやられ、騎士に体をのっとられる可能性があると思っていた。だが、だからこそ勝てたとも言える。負けたら戻れなくなるという覚悟があったからこそ、何があっても勝つのだとその意志で騎士を上回れた。
ただ勿論、そこまでわざわざ口に出して人に話す気などはない。
「それくらいのリスクがあったほうが、勝負のしがいがあるだろ」
そうとだけ返せば最高司祭は笑いだす。ただ顔は笑っているというより呆れているといった風で、彼は笑いながら肩を竦めた。
「本当に……呆れた人ですね」
そこでわざとらしく派手にケサランが溜息をついて見せた。
「まったくだ。度胸が良過ぎるのか、覚悟が決まりすぎてるのか……無茶をし過ぎて見てる他人の方がいつも怖くなる」
それにセイネリアは呟くような声で返した。
「そういう無茶をしている時の俺なら大丈夫だと思っておけばいい」
魔法使いもその口調で、ただの冗談めかした憎まれ口とは違うと気づいたらしく、こちらを疑わしそうな目でみてくる。セイネリアはそれには特に何も言わず立ち上がった。
――迷っていると動けなくなるからな。
黒の剣を手に入れてから今までの自分を思い出してみれば、ケサランの言うところの『無茶』をしていなかったというのが分かる。何もしらない連中から見ればそうは見えなかったかもしれないが、一人で大勢の敵を相手にする程度は勝てると分かっていたことでセイネリアとしては無茶に入らない。というかあれからはセイネリアが自ら動く時に、自分で無茶をしたと自覚した事は一切なかった。思えば、ここで負けたら終わりだという状況で戦ったのは久しぶりの事だ。
だから今、少なくとも苛立ちを感じなくなったのはそのせいかもしれない。
不老不死になったらしいと思った時点である意味諦めていた『あとがない戦い』というのにまた出会える事になったのだから、自分に勝てるような人間にもこの先会えるかもしれないと本気で思えるようになった。正直自分でもただの希望的観測だと分かってはいるが、そうでも考えないと先に進めないというのがある。現状では何の展望も見いだせなくても、先に歩かなければ何も起こらないのだ。無理やりにでも前に進む気になるためには、あり得ないと思える程小さな希望というのに懸けてみるのもいいだろう。
ここでのやりとりはもうちょっと続きます。