47・騎士の名6
「調子に乗るなっ、若造がぁっ」
こちらの剣を押し切り、前に出てくる相手に対して、だがセイネリアは冷静に剣を切り返して真っすぐ突いた。剣は騎士の胸を貫く、生身の勝負であれば完全に致命傷だろう、けれど今はそれで終わりになりはしない。
騎士の体はよろめいて後ろへ下がるものの、すぐに踏みとどまって胸を押さえると、そこから溢れた血が黒い靄となって消える。勿論傷も消えた。
こちらを睨んで笑って見せる騎士に、セイネリアも笑ってみせた。
――だろうよ、あんたがこれくらいであっさり負けてくれるとは思っていないさ。
数百年、後悔の中、唯一の希望だけを抱いておかしくなった男が、これくらいで自分の望みを諦めてくれる筈はない。そんな事は分かっている。
騎士の笑みが消える。
今度は体を低くして、剣を頭の横にかなり近い位置で構えたかと思うとそのままこちらへ突進してくる。それと同時に、剣だけでなく、騎士の体全体が黒い靄を纏う。騎士というより黒い靄の塊が目の前にやってきて、セイネリアは受けようとしたものの靄のせいで剣の位置が分からなかった。
だから、銀の光が見えた時にはその刃はこちらの肩に食い込んでいて、それが胸まで届くのを知覚しながらもそれを無視した。ただ目の前の騎士を斬る事だけを考えて、それ以外の思考は捨てた。
精神が作るイメージの世界なのだからどんな傷を受けようとそれを認めなければいい。自分が認めない限り、傷を受けた事にはならない――既に騎士の傷が治っているのを見ているからか、それをセイネリアは信じ込めた。痛みさえ感じず、セイネリアの腕は思った通りに動く。横へと薙ぎ払った剣は騎士の頭半分を吹き飛ばした。
だが当然、それで終わりだなんて思っていない。
頭の上半分がなくなった騎士は、それでもまた笑う。剣を片手で高く持ち上げ、それを構え直した時には彼の頭は元に戻っていた。それからすぐ、向こうの剣身がこちらに落とされる。セイネリアはそれを受け、そのまま押して肩からぶつかっていく、そこから相手の腹を膝で蹴り、無理矢理剣を振り切った。
黒い靄が騎士から溢れる。騎士の姿がぼやけて、ぶれる。
だがそれも長くはない。騎士の姿はすぐにはっきりとした形を取り戻してセイネリアに吹っ飛ばされた位置で立っていた。
――さすがに、しぶといな。
こうなると本当に根比べだろう。互いに疲れない、どんな怪我でもすぐ治るというのなら、諦めない方が勝つ。ただし、このまま戦っているだけだと、決着までにどれだけ時間が掛かるのか分からない。まともに付き合っていたらこちらも帰るところがなくなっている可能性だってある。
「この戦いが、楽しいか?」
だからそう声を掛けてみれば、騎士は即答で返してきた。
「あぁ、楽しいな。楽しくてたまらない」
確かに騎士の声は浮かれていると言ってもいいくらい喜びに溢れていた。まぁ見るだけで分かっていたが、わざわざ聞いたのには理由がある。
「何故、楽しいのか分かるか?」
「強い者と全力でぶつかれる事、それが楽しいのだ」
予想通りのその答えに、セイネリアは笑って言ってやる。
「あぁ、あんたは俺からそれを奪ったんだ」
騎士の感情が揺れる。彼が動揺したのが見える。ただ今はまだ意味が分からず困惑しているだけだろう。だからセイネリアは、その後にわざと冷たく言ってやった。
「あんたはこの戦いを楽しんでいるのかもしれないが、俺からすればそこまで楽しいものでもない。命を懸けた本当のぎりぎりの戦い、一つのミスも許されない緊張感の中の戦いというのはこんなモノじゃない。斬っても斬っても治る戦いなんてぬる過ぎだ」
騎士は動かない。先ほどまであれだけ嬉しくて楽しくてたまらないという感情を纏っていた男から今はそれを感じない。動揺の現れは騎士の姿にも反映される。今の騎士の姿は黒い靄を纏ったまま、本人の姿自体もぼやけていた。
「あんたが望んだ死なず衰えない体というのはそういう事だ。リスクがない戦いに緊張感なんてものはない。ただ強いだけでなんの駆け引きもなく勝つのが決まった戦いなぞつまらないに決まってる。……まったく、最強の騎士様がこんな茶番の戦いで浮かれるような人間だったとはな。戦士としての誇りもない、所詮死にぞこないの耄碌ジジイか」
次回は会話回。