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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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43・騎士の名2

 声は確かに初めて黒の剣を掴んだ時に聞こえたあの声だった。今目に見えている騎士の姿からすれば似つかわしくないしわがれた老人の声。あの時の声も、自分を黒の剣の主と決めたのも、この騎士である事は間違いない。

 今のところ相手から受ける感覚はいわゆる『立派な騎士様』ではある。セイネリアが今まで会ってきた、部下や仲間達から英雄視されていた人間達から受ける感じと同じ。ただし、そうだと結論づけるのはまだ早い。彼の姿のせいだけではないが、どこか嘘くさいものも感じていた。


「俺を剣の主に選んだのはお前か?」

「そうだ」

「なら今の俺の状態もお前が望んだせいか?」

「そうだ。ただし剣の主たるお前にそうなってほしいと望んだ訳ではない。老いる事を恨み、体がいつまでも最高の状態でいられたならと俺が思っていただけだ。それを勝手に剣の力がお前に向けて叶えた」

「俺は不老不死になったのか」

「おそらくは。剣の中に力があって、お前が剣の主でいる限りはお前は現在の体から劣化する事はないだろう」


 劣化か――その言い方にはムカついたが、ひたすら弱る事しか出来ない老いぼれからすれば変化は劣化でしかなかったのだろう。


「俺の体は剣の主となった時点で固定されたという事か?」

「そういう事だろう。俺が認めた時点のお前のままであることを望んだ……筈だ」


 そこを断言しない段階で、セイネリアは一つの予想をした。というか、いくつか考えていた内の予想の一つが当てはまるのではないかと思った。


「あんたは俺を通して自分の名を知るまで、ほとんど意識が残っていなかったんじゃないか? だから俺を選んだ時点でのあんたは今のようにまともな思考力はなかった」


 それに返事は返ってこない。代わりに騎士の目は虚ろになり、セイネリアではないどこかに向けられる。


「黒の剣を初めて掴んだ時、あんたの声が聞こえた。その声にはまともな意志があった。だがその時点のあんたは本当はもう自分を分からなくなっていたんだ」


 騎士は未だ虚ろな目をしたままだったが、今度はその目をセイネリアにじっと向けてきた。それを見てセイネリアは、少なくとも今目の前にいる時点のこの男は、自分が知っている英雄視されてきた者達とは違って、そこから外れてしまった者だと思った。

 暫く黙っていた騎士は、虚ろな目のままやっと声を出した。


「……あれも、ただ、願っただけだ」

「願っただけ?」

「そうだ、ずっと願っていた、考えていた、俺の技を託すものを見つけられたら……その時は、何をいうべきか」

「なら、あんたの過去を俺に見せたのも、あんたが願っていたのか?」


 それには、騎士は少し意外そうな顔をした。


「見たのか?」

「あぁ、あんたが魔力なしで生まれて、剣に入るまでを見せられた」


 騎士はまた黙る。だが今度はさほど長くはなく、騎士は考えたような素振りを見せた後に返してくる。


「それは……多分、俺が後悔していた……からだ」


 言った途端、騎士の目が見開かれ、そこから涙が溢れてくる。つい先ほどまでとは別人のように、ガタガタと体を震わせ、涙を流して、騎士は頭を抱えて呟きだす。


「俺が、王を、裏切った、から……皆、死んだ。俺が……愚かな望みに飛びついたから……国が滅んで……皆、死んだ。俺が……守ってきたものは全て、消えた……俺のせいで……」


 震える声でそう呟く姿は狂人のようで、これ以上は話にならなそうに見えた。

 騎士は滅んだ国を見て自分がした選択を後悔した。そうして、罪の意識に耐えられなくなって剣の中で自分を保てなくなった……というか、自ら何も分からないようになりたいと願ったのかもしれない。おそらく、それでも縋るように選択した望みが叶う事を夢みて、その時がきたらこうしようと思っていた事は剣の力によって実現された――まぁ、そんなところで大きく間違ってはいないだろう。


「くだらない。あんたが俺に過去を見せたのはただの弁明か。あんたがその選択をしたのも仕方ないとそう思わせて、選んだ人間に軽蔑されないための」


 馬鹿馬鹿しい――そうとしか思えなかった。かつてこの男にどれだけの名声や功績があったとしても、最後で自ら全てをぶち壊して最低の人間に堕ちたのが事実だ。それでもまだ、自分のエゴだと分かっていて尚、望みを叶えようとするだけの執念に縋るだけの意志があればマシだったのに、元が善人だったこの男にはそれも出来なかった。結局、罪の意識に耐えられずに後悔の末、自我をなくして全てから逃げた。


 そして、こんな下らない男のせいで、自分は全ての望みを潰されたのだと思えば――それはもう、怒りを通り越して馬鹿馬鹿しいと嘲笑うしかない。そうでもしないと、自分が惨め過ぎて耐えられそうになかった。


「……多分、その男の願いだけではなかったと思いますよ」


 そこで、ここまでただセイネリアの後ろで傍観者をしていただけの最高司祭の声がそう言ってきた。どういう事だと思ってセイネリアが彼を見ると、死者の魂をみるのに慣れているアルワナの神官は腕を広げて目を閉じていた。


会話が思ったより長くなりました。いつもの事ではありますが、文章量のわりに進みが遅くてすみません。

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