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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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42・騎士の名1

 アルワナの最高司祭の姿は直前まで見ていただけあってはっきりはしていたが、それと同時に微妙に違和感も感じた。古い記憶にしかないものの姿はあやふやだったりぼやけていたがそれでも不自然には見えなかったのに、彼にははっきり見えても何か違う感じがある。自分の夢の中なのだから鮮明さは自分の記憶に準拠しているのだろうが、何かおかしいと思ってセイネリアは聞いてみた。


「あんたの姿は顔まではっきり分かるが、何か違和感も感じるな」


 最高司祭は肩を竦めてから、にこりと唇の端を上げる。


「基本的に意志がある者は本人がイメージする姿で見える筈ですが、見る側がその人物を知っていれば普通はそちらのイメージで見ようとします」

「なら違和感の正体は、あんたが思っている自分の姿と俺が見ている実際の姿が違うという事か」

「そうです。ただ普通は自分の姿をはっきり記憶している事はないので貴方のイメージの方で見える筈なのですが、私の場合は弟がいるので……」


 確かに、自分の顔をはっきり覚えている人間なんてものは少ない。だが彼の場合は同じ顔の兄弟がいるからその顔を自分の顔とする確かなイメージがあったという事だろう。


「つまり、あんたがイメージしている自分の顔は弟の顔で、俺が実際見ているあんたの顔とは微妙な違いがあって違和感を覚えるという事か」

「えぇつまり、貴方は私と弟の顔の見分けがつくという事ですね」


 確かに言われれば、最高司祭の顔というより弟の司祭長の方の顔と言われた方が納得できる。成程違和感の正体はそれかとセイネリアは思った。


「ですがこれから貴方が会う筈の者は、そもそも貴方が顔を知らないのですから本人がイメージした通りの姿で現れる筈です。ですからどれくらいはっきり見えるかで本人の意識がどれくらい確かなのかを判断できます」

「成程な」


 と言ってから、セイネリアは僅かに笑みを浮かべて彼に聞いた。


「つまり、騎士の名前は分かったんだな?」


 司祭長もそれに意味ありげな笑みを浮かべる。

 ただし、そこですぐに騎士の名を告げてはこない。彼は一旦こちらから視線を外して辺りを見回した。


「何者かが、見ていますね」

「あぁ」


 彼が気づいたのはギネルセラか、騎士か、それとも両方か。


「悪意が貴方の意識に入ろうとしています。ただその間に入っている何者かがいるのと、貴方自身の意志が強いから中まで入ってこられないようですね」


 そこまで分かったのなら、彼は騎士の状態が魔法使いに伝わっている予想と違っている事が理解出来たのだろう。意味ありげにこちらの様子を伺うような目で見てきて、言った。


「『騎士』はちゃんと本来果たすべきだった役目をしているのですね」


 だからつまり、騎士は剣に入った後、ギネルセラの意識に飲まれて役目を果たせなかったのではなく、騎士の意志で役目を果たさなかったのではないかと、彼は視線で聞いてきた。


「そこは本人に聞いてみればいいんじゃないか?」


 セイネリアがそう答えれば、最高司祭はまたにこりと神官らしい穏やかな笑みを浮かべ、それ以上聞く事なくあっさりと返してきた。


「そうですね」


 そうしてセイネリアの方に歩いてくる。周りの風景は一応アガネルを殺した森の中だが、自分の意識が別にいっていたせいか酷くぼやけている。そんな中で唯一ハッキリした姿をした相手は自分の目の前にくると口に手を当てて背伸びをしてきた。意図が分かったセイネリアは軽く屈んでやったが、夢の中の会話で耳打ちの意味があるのかは疑問だ。


「騎士の名前は――ラーディア」


 聞いた途端、辺りの森が消えた。

 急に闇の中に放り出されたような感じだが、本当に闇の中にいる訳ではなかった。なにせ、目の前の最高司祭の姿は見えるのだ。別に光っている訳ではないのにその姿が違和感なくハッキリ見えるのだから、単に周囲の景色が無くなっただけの状態なのだろう。


――これが騎士のせいなら、姿を見せるなり、話しかけてくるなりある筈だが。


 だから感覚を探ってみる。先ほど気づいた異物に意識を向ければ、一つは遠くなって、もう一つをすぐ傍に感じる。


「いるんだろ? 出てこないのか?」


 言うと同時に、一人の騎士が姿を現した。

 ただし、死んだ時の、老いと病で一人で動ける状態ではないほど弱った老人の姿はそこにはなかった。一目で特別な品と分かる立派な甲冑を着た壮年の騎士――おそらくは彼が一番強かった時の姿で騎士ラーディアは立っていた。


「無様だな、姿だけでもかつての力が漲っていた頃の自分でいたかったのか」


 すると騎士はすまなそうに眉を寄せてから、唇を皮肉げに歪めた。


「そういうな、自分でも老いた姿は見たくなかったから覚えていないんだ」


 口調がはっきりしているだけではなく、ちゃんと彼自身の感情と意志が伝わってきてセイネリアもまた口角を上げる。


「なら自分が何をしたのかは覚えてるのか?」


 それには明らかに苦し気な顔をして、騎士は苦々し気に答えた。


「あぁ――覚えている。お前は何を聞きたい?」


とりあえずは騎士との会話が次回も続きます。

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