41・かつての
夢の中の出来事というものは整合性が取れていなくて当たり前だ。
分かってはいても、ここまで展開が飛びすぎると呆れるしかない。
今、セイネリアの手は女の首を絞めていた。
誘われて腕を組まされたと思ったら次の瞬間にはこの場面なのだから、随分と雑なつぎはぎ具合だと思うしかない。もっとも、かといって飛ばさずそのまま同じ場面を全部再現してもらいたくもないが。
首を絞めた感触はある。女がこと切れて動かなくなったことも実感出来る。それでも特に何か感じるものでもない。女の体がどす黒く染まっていって、干からびて、ぼろぼろに崩れていっても、悲しくも恐ろしくもなかった。
ただ粉になって消えていく女の姿を見ていれば、また急に場面が変わって今度は剣を握っていた。その手に感じる暖かい血の感触と倒れ掛かってくる老人の姿を見れば、今度はナスロウ卿を殺した時の場面だというのが分かった。
「……すまんな、お前相手にそこまでの余裕がなかった……これは本当だ」
そうしてまた、その時のセリフを聞かされる。血の匂いがする。老騎士の荒い息遣いが分かる。それから彼が最後に自嘲をこめて笑ったその微かな振動が腕に伝わってくる。
ただやはり幸いというべきかその後のやりとりを全て見せられる事はなく、老騎士の体もまた、黒くぼろぼろになって腕から崩れ落ちて行く。最後に一言だけを残して。
「なぁ、やっぱり……俺の息子には、なって……くれ、ないのか?」
――確かに、あそこであんたの息子になっていたら、俺は今とずっと違うモノになっていただろうよ。
そうは思うが後悔している訳ではない。逆に、どちらを選んでも後悔しただろうという気もしている。確実に言えるのは、あの時彼の申し出を受けておけばよかった、とは思っていないという事だ。
そして当然、ここまでくれば、次に何がくるかなんてわかっている。
「随分偉くなったモンじゃねぇか、坊主……いや、セイネリア」
顔を上げれば、そこにはアガネルが立っていた。
彼の事はまだつい最近の事であるからか、その姿はやけにはっきりしている。大柄な男は斧を構えて腰を落とすと、こちらを睨んで叫んだ。
「だけどなっ、お前しか恨めなかったんだよっ」
そうしてこちらに向かってくる男に対して、セイネリアは何もしなかった。思い切り後ろへ斧を引いてから全力でこちらに向けられたその刃をセイネリアはただじっと見つめていた。風圧を感じてその刃が目の前に迫ってもただ見ていた。
勿論事実通り、その刃はセイネリアの体を斬る事はなかった。
斧の刃と共にアガネルの体はこちらの体をすり抜けていき、セイネリアが後ろを振り返れば彼は既に地面に倒れていた。あの時と同じ傷を負って、血溜まりの中森の番人だった師は倒れていた。
「ンだよ……らしくねぇな、しけた面しやがって」
ただその言葉にはあの時と違う笑みがセイネリアの唇に浮かんだ。
あの時は自分の現状の救われなさに笑うしかなかったのだが、今はその時の自分の愚かさに笑う。なにせ本当にあの時の自分は『しけた面』だったのだろうから。今もたいして変わらないが……それでも、同じ場面が2度目だからこそ冷静に見られた。
やがて、アガネルの体も黒くなって崩れていく。
「ありがとよ」
彼の最後の言葉には、自嘲というより、あまりの皮肉具合に鼻で笑うしかなかったが。
ただここまでくれば、これがただの夢だなんて思う訳がない。何者かが意図して見せている夢……犯人は十中八九黒の剣の中にいるどちらかだろう。何かしようとしている事を察してこちらに働きかけてきているのか、それとも術によって眠らされたその状況が向こうにとって入ってきやすいのか。
だからセイネリアは、自分以外の何者かの意志が感じられないかと感覚を探ってみる。騎士でもギネルセラでも、彼らはおそらく自分と違う感情を持っている、それが分かれば向こうの意図が分かるかもしれない。
そうして、僅かに自分の中にある異物を見つけたところで――もっとはっきりした完全なる異物がやってきて、セイネリアは自分の中を探すのを諦めてそれを受け入れる事にした。
「お待たせいたしました」
受け入れた途端目の前に現れたのは、アルワナの最高司祭だった。
騎士との話は、次回から。