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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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38・生き方

 全ての準備が出来た後、正式に魔法ギルドから今回の件についてセイネリアに連絡があった。

 準備は全て向こう任せだからこちらは従うだけではあるが、少し意外だったのは実施する場所がこの間行ったアルワナ大神殿だった事だった。樹海の時から考えれば記憶操作は魔法ギルドの本拠地がある魔法都市クストノームで行う筈で、そうしないのはラスハルカが現在いるから――という単純な理由以外の何かがあると思われた。


 そうして当日、セイネリアは朝から南の森の奥、前回ケサランと待ち合わせたのと同じ場所へと向かっていた。

 ただ今回は一人ではなくクリムゾンを連れていた。とは言っても彼を大神殿まで連れていくつもりはなく、単に自分が行った後馬を連れ帰ってもらうためだ。いつも通り出かけようとしたらついて来たので、今回は転送で出かける事を告げて待ち合わせ場所までで良ければついてきてもいいと言ったらこうして付いてきたという訳だ。

 本当に数時間で終わるのなら馬を放しておいてもいいのだが、今回は何があるか分からないところがあった。この男は自分の命令であるなら、どんな些細な雑用だろうと喜んでやる。ただの荷物持ちより、来なくていい、と言われる方が余程嫌そうな顔をするから馬を頼むことにしたのだ。


「ここまででいい。あとは頼む」


 目印の切り株に座っている魔法使いを確認してセイネリアが馬から降りれば、赤い髪の男も一度馬から降りた。


「帰りはどうされるのですか?」

「歩く」

「迎えに参ります」

「何時になるか分からんからいいぞ」

「なら、待っていてもいいでしょうか?」


 ここでそう返してくるとは思わなかったが、この男がこんな事を冗談で言わないというのは分かっている。


「好きにしろ」


 どうせ彼なら自分の身くらい守れるし、手持ちの食料がなくても自力で確保するだろう。本気で何か問題があれば意地を張って逃げないなんて事もないし、文字通り好きにすればいい。

 クリムゾンをその場に残し、セイネリアはケサランの方へ向かう。魔法使いは切り株から立ち上がって待っていたが、その顔は顰められていて不機嫌そうだった。


「なんだ、直接持ってきたのか?」


 何を、とは聞かない。黒の剣の事だろう。


「まぁな。まずかったか?」

「転送が狂ったらどうする気だ?」


 基本的に魔法が効かないセイネリアに対して魔法を使うには、セイネリアが意図して相手の魔力を受けようとしなくてはならない。つまりただでさえ魔法を効かせるのにひと手間掛かるのに、魔力の塊である黒の剣そのものがあればどうなるか分からないというところだろう。


「分かった、少し待ってろ」


 セイネリアは腰から剣を鞘ごと抜いて、先ほどと同じ場所で待っている赤い髪の部下の元へ向かった。


「向こうについたらすぐ呼ぶが、少しの間持ってろ」


 言えば、少し気味が悪いくらいに嬉しそうな顔をして、クリムゾンはその剣を捧げ持つように受け取った。どうせほんの少しの間だからその辺に剣を置いて行っても良かったのだが、丁度剣の持ち役が出来る男が傍にいるなら持たせた方が彼自身喜ぶだろうと思っただけだ。


――こいつもひたすら強くなるために生きて来たんだったな。


 誰にも頼らず、一人でただ強くなるためにどんな手段を使っても生きて来た男は、初めて自分が勝てないと認めた相手に膝を折った。以後この男は、主と認めた相手のために働く事が喜びとなった訳だ――と、どこか陶酔した目で自分を見る男をセイネリアは冷めた目で見つめる。

 この男と自分は、途中まではよく似ていたのかもしれない。

 誰よりも強くなることだけを目指して自分を鍛えてきた、強くあることだけが生きがいだった。ただおそらく大きく違ったのは、周りにいた人間と環境、そしてこの男が自分よりも感情が壊れていなかったところだろう。

 周りの人間や環境は運としかいいようがないから、自分は運が良かったのだろうと思う。

 そして感情に関しては、壊れていたからこそ黒の剣を持てたとも言える。だが人間らしい欲や負の感情があったせいで黒の剣の主となれなかったクリムゾンが今、こうして幸せそうに自分を見てくるのに対し、力を手に入れた代わりに全てを失ったような気持ちしかない自分は何だろうとセイネリアは思う。


 もしくは自分も、彼のように膝を折りたくなるような相手を見つけたらそんな顔を出来るのだろうか――自分が誰かに自ら仕えようと思うことなどあり得ないとしか思えないが、それでもそれも一つの可能性なのかもしれない。


 セイネリアは笑みを浮かべる赤い男に背を向けると、魔法使いの方へ再び向かった。


すみません、ここでちょっとだけクリムゾンの話を入れる事にしました。

次回こそ実際の記憶を戻す話になります。

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