36・アルワナ最高神官2
三十月神教の成り立ちを知った時から、神殿の上の者は魔法ギルドと繋がっているというのはセイネリアも予想していた。ただそうであるならサーフェスが禁忌を犯すのに黙って協力したのはおかしい、禁忌だと気づいた途端に断る筈だとそれが疑問だった。
「そうですね、一番の理由は成功するかどうかみてみたかったからでしょうか」
冗談にして理由を煙に巻くつもりかと、セイネリアは眉を寄せた。機嫌を損ねたと思ったのか、神官はすぐに続きを話す。
「その、魔法ギルドとしては禁忌と言っても……直接的に人に危害を加えたり、騒ぎにならない事ならそこまで厳しく取り締まっている訳ではないのですよ。それに禁忌を犯した事でギルド側はその魔法使いを捕まえて管理下に置く大義名分が手に入りますからね、なので禁忌であっても有用な術であればあえて成功するまで見逃す事もあります」
「成程な……いかにも魔法使いらしい考え方だ」
有用な術であるならわざと成功するまで放っておいて、成功したら魔法ギルドのためにしか使えないようにギルド内に拘束するという訳だ。確かに今回のサーフェスの犯した禁忌はそれに値するものだろう。
「しかも今回は、それで俺の監視役も手に入るんだからな」
「はい、それに魔法ギルドは貴方に貸しを作りたくて仕方がないですからね。なにしろ貴方は、どれだけ嫌っていても借りはきちんと返してくださいますから」
セイネリアが彼らの側についてくれないから、何かあった時に協力してもらうため奴らはこちらに貸しを作りたいと思っている。魔法ギルドがセイネリアの頼みを優先してくれるのはそのためだ。勿論、それを分かっていてセイネリアも向こうを利用しているというのもあるからそこにいちいち文句をつけるつもりはないが。
「我がアルワナ神殿としても、今回は貴方に貸しを作れてとても幸運だと思っています。……あぁ、勿論反魂術の方は貸しだと思っていません。あれはちゃんとその場で代価を払って頂いていますし、貴方に魔力を借りる場合の確認も出来ましたので」
悪びれもせずにそれを穏やかな口調のままいうあたり、さすがに神殿のトップだけある人物だ。最高司祭になるには政治力が必要……と本人が言っただけあって、駆け引き慣れもしているのだろう。へたに情に訴えかけてくる事がなく割り切って取引が出来る相手なら付き合ってもいい。
「ところで、アルワナ神殿――あんた達はこの国では一番の情報網を持っているだろ。それは何のためか聞いてもいいか? またあんた達が持つ情報を売ってもらう事は可能か?」
いきなりの事であるからか神官は少し驚いて黙ったが、やがて笑みを浮かべたまま穏やかな声で答えた。
「ご自身が情報屋を持っているからこその質問ですね。貴方は情報の大切さをよく分かっていらっしゃいます。ではまず何のためかという質問ですが、そうですね……あまり詳しくは話せませんが、この国を守るためではあります。神殿というよりも魔法を使う者にとってこの国が強国として平和に続いていく事はなにより重要なのです」
そこでセイネリアは考える――トップが魔法ギルドと繋がっているなら、各神殿が魔法ギルドから何かしらの役割を持たされていると思っていいのか、と。
「……つまり、アルワナだけでなく他の神殿も、魔法使い達のために何かしらの役目を割り当てられているのか?」
「流石に察しがいいですね、基本的にはその通りです。ただ魔法ギルドのためというよりも基本はこの国のためです。この国が魔法使い達に居場所を与えてくれる限り、この国の平和と反映のために我々は協力を惜しみません」
――この国の平和が魔法使い共の平和に直結するからな、ただの綺麗ごとではないからそこは信用出来るが……。嘘は言わないが隠している事はあるだろう。
三十月神教が魔法使い達が作った宗教なら、ただ単に一般人にも魔法を使えるようにするだけが存在意義という訳ではなく、その神殿の持つ特色に合わせて何等かの役割を持たせるのは確かに当たり前だとも言える。
「裏があるにしても、魔法使い共がこの国がこのままで存在し続ける事を願って、そのために動いている事は疑っていない」
「それなら良かったです。そこを貴方に疑われるとこちらの話を聞いていただけなくなるので」
「ただ勿論、魔法ギルドの連中が一枚岩で魔法使いが全員ギルドの決定にしたがっているとは思っていない。ギルドの決まりを守らず騒ぎにならない程度で好き勝手やっている連中は思ったよりもいるようだしな」
それを嫌味と受け取ったのか、穏やかな笑みを崩さなかった神官の顔が苦笑となる。ただセイネリアもそんな嫌味をネチネチと続ける気はないので、さっさと話を変えてやる。
「で、情報を売れるかどうかは?」
「その情報によりけり、でしょうか。売れる時もありますが、内容によっては出来ないモノもあります。ただ嘘の情報を流す事はありません。出来ないモノは断るか、言えない部分を抜いた情報をお伝えします。……それで良ければ、貴方からの取引は歓迎します」
「ま……そんなところだろうな」
これは予想通りだ。ただ『基本的には出来ない』といわれる可能性もあると思っていたから、モノによっては頼めるというのならこちらとしては新しい情報元を確保したとも言える。
「俺を騙すなら、俺はあんた達を信用しないし以後は何も協力しない。俺があんた達と付き合うメリットがあると思う限りは、俺もあんた達に出来るだけは協力する」
アルワナのトップにいる男は、そこでまたにこりと笑う。
「貴方は鏡のような人物ですね」
「信用出来る者には信用を返し、クズにはクズに見合った付き合い方をしているだけの事だ」
「それで貴方の周りに信用出来る人間ばかりが集まるなら、貴方はそれだけ信用出来る人間だという事ですよ」
やたらと笑ってみてくる神官の空気を不快に感じて、セイネリアは言う。
「俺を善人のように言うのはやめろ」
「何故です?」
「人殺しは悪人と相場が決まってる。あんたなら、俺を恨む死者が見えているんじゃないか?」
神官の顔から笑みが消えた。ただ神官はそれを肯定も否定もしなかった。
最高司祭との会話はここまで。