33・アルワナ大神殿1
アルワナの総本山である大神殿は、首都より北の山脈地帯にあるらしい。勿論普通に行くのはかなり困難な場所であるから、建物自体は大きくても神官は少なく、人の出入りも少ないという。
「……確かに、この間のところの方がまだ人がいたな」
誰もいない神殿の中を進みながらセイネリアは思う。ここへは勿論、ケサランに転送で飛ばしてもらってやってきた。帰りも彼が迎えにくる事になっている。なにせここへ来たのは魔法ギルドから出された条件のせいであるから、送り迎えは当然ではある。
魔法ギルドがラスハルカの記憶を蘇らせるために出した条件だが、他にも場所やら時間やらの細かい条件と、最後に一つ少し厄介な頼みともいえる条件があった。
『で、最後の条件なんだが……実は当のアルワナ神官本人が記憶を戻す事を拒否してるらしくてな』
『ラスハルカが?』
『なんでも、自分が忘れた方がいいと判断したのなら、忘れたままの方がいい――とか言っていたそうだ。だから、本人の説得はお前にやってもらいたい』
だからセイネリアはラスハルカに会うために、彼が現在いるというアルワナの大神殿に来る事になった。
セイネリアにとって、彼が拒否するのは想定外の事である。ラスハルカは自分が記憶操作されている事を知ってその記憶について探っていた。前回会った時、彼は南部方面から帰ってきたところだと言っていたが、おそらくは樹海周辺の死者達にあの仕事の事を聞きに行ったのだろうと思っていた。
――もしくは、そこで記憶を取り戻さない方がいいと判断する何かを知ったか。
中途半端に忘れた事に関して知っているせいで、それが『知らない方がいい事』だと判断したのかもしれない。
とにかく、本人が拒否しているのなら実行出来ない。彼を説得するのに魔法ギルドが行っても無駄というより意味がないから、説得役はセイネリアに回ってくるのは仕方ない。
――しかし、こんなに人がいなくて大丈夫なのかここは。
建物は立派だが中に入ってから誰にも会わないのには、さすがにセイネリアも不審に思う。ただ入口から真っすぐ進んでいけば、通路にそって並んだ大きな柱の一つから人影が現れた――ラスハルカだ。
セイネリアが足を止めると、彼の方からこちらに向かって歩いてくる。
「本当に貴方本人がここまでいらしたんですね」
「説得役に魔法使い共が来ても仕方がないからな」
「そうですね」
相変わらず優男という表現の似合う男は5歩程度の距離まで近づいてくると足を止めた。
「しかしいくら人がそうそう来ないといっても不用心すぎないか?」
そう言ってみればラスハルカはクスリと笑う。
「ご心配には及びませんよ。ここに何者かがくればすぐわかりますので」
「死者が教えてでもくれるのか?」
「そういう事です。更に言うと、手順を踏まずに無断で入ってくると普通は眠ってしまうんです」
「成程。俺でなければ眠っていたのか」
「そうです、貴方でなければ」
その言葉を聞いてから、セイネリアは少しの間無言で彼を見て、それから聞いた。
「お前は失くした記憶について、どこまで知っている?」
彼がそれに口を開かなかったので、セイネリアは更に言葉を重ねた。
「死者達から聞いて、記憶にない自分の行動についてある程度は知っているんだろ? でなければ俺に魔法が効かない事も、俺が協力すれば反魂術の成功率が上がる事も分からない筈だ」
前の時もだが、ラスハルカは当たり前のようにセイネリアが強大な魔力を持っている事を分かっている上で会話をしている。黒の剣の事についてどこまで分かっているかは分からないが、セイネリアが神殿の上層部からも特別視される程の存在である事も分かっていると思われた。
「……そうですね、貴方が凄い剣の主となった事は知っています。そのせいで貴方がとてつもない魔力を持っている事も、魔法使い達や神殿の上の方から特別視されている事も分かっています」
そこは彼の言動から確定していた事であるから別段新しい情報ではない。
「なら、その剣についてはどこまで分かっている?」
いくら魔法使い達が馬鹿でも死者が見ているかもしれない状態でベラベラ秘密を話す事はないだろうから、問題となるのはおそらく樹海で旅をして剣を手に入れた辺りだろう。
「樹海の中の廃城で手に入れた、という事と、その剣は破滅を運ぶ恐ろしいモノである、という事くらいです。ただでさえ死者達は貴方に近寄ろうとしなかったのに、剣を手に入れてからの貴方には恐怖で近づけない状態ですね」
ラスハルカが嘘をついているとは思えない。それに彼が話を聞けるような死者があの城の中にまでは入れなかったとすれば、彼が知っているのがその程度になるのは納得できるところだ。
つまり彼は剣に関して、魔法使い達の秘密に当たる部分までは知らないという事だ。
次回はまだこのシーンの続き。