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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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32・条件2

 セイネリアはそれに、不快げに眉を寄せた。ケサランも更に表情を険しくする。


「勿論、お前がそれをすんなり受け入れるとは思っていない。だがもしお前がずっと騎士の名を覚えていた場合、騎士の意識が常にお前の中に存在するようになる可能性が高い。今は騎士の意識が薄いからこそお前は気にせず過ごしていられるが、騎士が自分を思い出せば常にお前は自分の中の騎士の意志を感じる事になる」


 確かにそれはセイネリアの望む事ではない。だがだからといって、自分の記憶を操作されるというのに簡単に了承を返せる訳もない。


「……それでもお前が首を縦に振るとは思っていない。だから……お前の記憶操作は俺がやるという条件でどうだ? 俺を信用してくれないか?」


 セイネリアはケサランの顔をじっと見た。それで気づいた。


「もしかして、俺の騎士に関する記憶を消したほうがいいというのは、あんたの提案か?」

「……そうだ」


 ならば分かる。魔法ギルドなら、セイネリアの中に騎士の意識が常にあるからと言って問題視するものではない筈だ。むしろそのままの方が魔法ギルド側にとっては都合がいいと言える。


「……分かった、あんたが俺の記憶操作をするというのなら受け入れよう」


 明らかに魔法使いは安堵の顔をした。


「そうか」

「あんたを信用してやる。勿論、他の連中がやろうとしたら拒否するがな」

「あぁ、それでいい」


 セイネリアには基本魔法は効かない。つまりセイネリア側が受け入れない限り、強制での記憶消去は出来ないという事だ。だからケサランが直接行う、という約束は守らざる得ない。

 そしてケサランなら、少なくともセイネリアにとって悪いようにしないだろうと信じられる。とはいえ、そうであるなら腑に落ちない点があるのも確かだった。


「ただ……忘れる事が前提なら、俺にとってはそもそも騎士から話を聞こうとする必要がなくなるんだが」


 ケサランが魔法ギルドの利益を最優先する他の魔法使い達と同じような人間ならこんな事は聞く必要はない。魔法ギルドが一方的に情報を欲しいからこちらに協力しろ、というだけの話になるからだ。

 だが騎士の名の話をする時のケサランの様子からすれば、それはセイネリアのためだと思えた。


「何があったのかは、後でこちらから伝える。そこも俺の言葉を信用してもらうしかないが」

「成程」


 この様子からすると、今回の件はおそらくケサランが責任を取るという形でギルド側に了承させている可能性が高い。そうなれば当然、確認しておきたい事がある。


「何故あんたは、そこまでして騎士の意識を取り戻したいんだ?」


 そうすれば魔法使いはこちらを暫くじっと見て、それからいいにくそうに呟いた。


「……このところのお前を、見ていられない」


 正直、その言葉の意味をセイネリアは理解しかねた。それが分かったのか、魔法使いはすぐ言葉を続けた。


「現在のお前の置かれた状況が普通ならあり得ない、お前にとっては最悪と言える状況だというのは分かってる。そのせいでお前が迷って、自分に自信がなくなっているのが見ていられない」


――それはそうだ、なにせ今の俺は自分でも自分が何になったのか分からないんだ。


 剣の力によって強制的に他人の強さを与えられて、人間じゃなくされて、自分がどうなったのか正確に把握できない状況で自信も何もない。自分で自分の体が他人のもののようにさえ感じるくらいだ。


「だから……そこをはっきりさせればお前が決断しやすいと思ったんだ。今のお前に迷いがあるのは自分の状況がはっきり分かっていないせいもあるんだろ? 状況が確定すれば、どんな悪い状況であってもお前は迷うよりこれからどうするかだけを考えるようになるだろ」


 必死な顔の魔法使いの言葉が真実だと分かるからこそ笑いたくなる。何故彼はここまで自分のために動こうとするのか。


「あんたは何で、そこまで俺の世話を焼きたがるんだ?」


 聞いてみれば、ケサランは思い切り顔を顰めた後に下を向いて大きく溜息をついた。


「俺は長く生きていろんな人間を見てきたが……お前みたいな人間は初めてで……早い話、お前を見ているのが楽しかったんだ」


 最初は呟きのような小さな声で、だがそこから顔を上げてこちらを見てくる。


「自分に自信があって自分の判断と力だけで進んでいく、失敗してもそれを糧にしてより先を見る。何があっても自分の力を信じて目の前の道を切り開いていこうとするお前の強さというか……その感情を感じるのは気分が良かったんだ。だからお前が……今みたいに、濁っていくのを見るのが嫌なんだよ」


 本当にどこまで人が好いのか。というよりも、人の真実だけを見れる彼だからこその考え方なのか。


「本心か?」

「お前はなっ、こんな事を嘘でいうかっ」


 いつものように茶化してみれば、ケサランはいつもと同じく怒って見せる。

 この魔法使いが本気で自分を心配しているのは間違いない。この様子だと、こちらが思っている以上にケサランは今回、魔法ギルドとの交渉で無茶をしている可能性がある。


「騎士から真相を聞けたとして、何も変わらないかもしれない」

「だが分かった事で変われる可能性はある」

「真相が分かっても、俺の体は元に戻らないだろう」

「それでも、前までのお前なら少しでも可能性があればとりあえず動いてみただろう。どうせ無駄だなんて考え方はお前らしくない」

「俺らしくない、か」

「そうだ、ぐだぐだ考えるよりまず行動するのがお前だった筈だ」


――まったく、どいつもこいつも好き勝手に言ってくれる。


 それでも、今の魔法使いの言葉は悪くはなかった。

 黒の剣を手に入れてからずっと腹に溜まる重い感覚を消せなくても、それをどうにかするために動くべきだ。まったく糸口が見えないからこそ、とにかく少しでも何かありそうなら試してみるべきだろう。少なくとも、現状をはっきりさせるのはケサランの言う通り必要だ。


「確かに、考えるだけでは何も解決しないな」


 言って、セイネリアは魔法使いに笑って見せた。


ケサランは隠せない素の感情が感じ取れるので……最近のセイネリアに会う度にどうにかしたくて仕方なかったかと。

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