31・条件1
気づけば、後悔の中にいた。
暗闇の中、目を瞑って何も見ないフリをしている男は、自分の選択が正しかったのかを何度も考え、そして後悔した――それをいつもの夢と違うとセイネリアが感じたのは、周囲が暗闇でただ騎士の感情だけを感じていたからだった。
――後悔なぞしても、時間が戻る訳でもない。
だからするだけ無駄だとかつてのセイネリアは考えていた。後悔なんてする暇があったら、現状を自分の望む方向にどうやって動かせばいいか考えた方がいいと。けれど今のセイネリアは、後悔する予感がして判断を先延ばしにするなんて無様なマネをしたという自覚がある。
後悔というのは、するのが無駄だと分かっていてもするものなのだろう。
何かを選ぶ事は、何かを切り捨てる事でもある。今までのセイネリアが後悔をせずに済んでいたのは、単に切り捨てたモノになんの未練も情もなかったからだ。
暗闇の中、騎士は嘆く。
彼の選択によって王は狂い、王の臣下も、国民も、そして国自体も消えた。消えて初めて、騎士は自分を慕ってくれていた部下達の死を嘆いた。病んで衰えた自分にとっては眩しすぎて、羨ましくて、妬ましくて、もう見舞いにこなくていいと切り捨てた彼らに詫びた。自分の事を勇者としてほめたたえてくれた、大切だった筈の、守ると決めた筈の、大勢の国民達に詫びた。ただただ自分自身の望みのために、罪なき人々が死ぬ選択を選んだ自分の醜さにのたうち回った。欲に塗れた王を醜いと思ったくせに、自分も同じくらい醜いではないかと叫んだ。
彼の嘆きと後悔だけをただ見ているうちにセイネリアの目は覚めた。
彼の後悔の理由は理解出来たし、彼の嘆きもそうだろうとは思ったが、彼の感情にセイネリアが共感するものはなかった。
ただもしこちらから声が届くのなら、騎士には言っておきたいことがあった。
騎士は自分の選択によって国を滅ぼしたのを後悔していたが、もし選択が違っていたとしても多少の時間的誤差程度で結局国は滅ぶしかなかったのだと。
それを言うためだけにも、騎士の意志と話す意味はあるかと思った。
それから2日後、セイネリアの元へケサランから連絡があった。
とりあえず話したいという事だったので、前回と同じ場所で待ち合わせをした。ただ今回は誰もついてくるなと言って一人で出て来たのはいうまでもない。
「今日は一人だな」
会ってまず魔法使いはそう聞いてきたから、セイネリアは肩を竦めてそれを肯定してやった。前回のあの後、ケサランは本当ならいろいろ言いたい事や聞きたい事があったのだろうが、カリンがいたから何も言わずに帰ったのだと分かっていた。カリンに全部を話せと言ってはいても実際に告げるのはあくまでセイネリアの意志任せるというスタンスを取るあたり、さすがにこの魔法使いは分かっている。魔法ギルドが彼の能力を有益だと判断するのは間違っていない。
「あぁ、今日は秘密の話もありだぞ」
そう返せばケサランは不快げに眉を寄せる。
「……まだ、彼女には何も話してないのか?」
暗に前回何も話せなかったのはお前がまだ話してないからだとそう言いたそうな口調で聞いてきたから、セイネリアはあっさりと、話したぞ、と答えた。当然、ケサランは驚いて口を開いたが、彼が言うより早く続きを話す。
「ただし不老不死だという話だけだ。遅かれ早かれ傍にいればいずれバレるからな」
「そうか……」
どこかほっとしたような様子に見えるのは、魔法使いの秘密に関する部分を話していないからか。
「だからその点についてだけはあいつがいても話していいが、今回のはどちらにしても聞かせられない話だろ」
「……まぁな」
なにせギネルセラの名前を出さずにはいられないから当然そうなる。とりあえずこれ以上余計な話をする気はなかったので、セイネリアは本題に入る事にした。
「それで、ギルドの方と話はついたのか?」
そこでまた、ケサランは苦い顔をする。
「ギルド側にはいくつかの条件つきで許可は取れた」
「条件とはなんだ?」
「まず、一時的に全部の記憶を戻すが、こちらが必要な情報を手に入れたら王の記憶は消させてもらう」
ギルド側としては王の記憶は流石に部外者に知られては困ると判断したのだろう。そこは分かるが、少し疑問も残る。
「他の記憶は残っていいのか?」
「お前が言っていた通り、その神官の立場上、黙らせておくのは難しい事ではないと判断したようだ」
「なるほど」
魔法ギルドはアルワナ神殿の上と繋がっている。となれば、アルワナ神殿に直で所属している神官なら、命令も監視もしやすいと考えたのだろう。
「そして二つ目の条件だが、お前の記憶も……事が終わったらその部分に関してだけ消させてもらう」
次回もこのままケサランとの打ち合わせ。