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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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28・師4

 娘を亡くして、生きる意味を失ったアガネルは、セイネリアに殺されるためにやってきた。勿論、セイネリアを恨んでいたのも真実だろう。ただその恨みは、不当なものだと彼には分かっていた。それでも消化しきれない恨みをぶつけて晴らすため、戦士としての矜持のため、そしておそらくは自分が育てた人間の今の力を見たくて、セイネリアと戦った末の死を彼は望んだ。最後に負ける相手としてセイネリアを選んだのだ。

 それを分かっていたから、セイネリアは彼が全力を出し切った上で死ねるようにした。それがかつての恩返しとして自分がすべき事だと思った。

 そう、すべて分かっていて行動しその通りの結果になっただけなのに、こうしていざ死にゆこうとする彼を見ていたら……なぜか、なんとも言えない憤りの感情がふつふつと湧き上がってくるのをセイネリアは感じていた。


「何故、笑う」


 聞けば、昔より皺の増えた顔をくしゃっとさらに皺だらけにして彼は笑う。


「そらぁよぉ……てめぇの事は許しゃぁしねぇが……そンでも、お前、俺の息子みたいなモンだろよ。息子がこんな立派になって……強く、なってりゃ……そら嬉しい、だろ」


 望み通りの死を迎えようとする男の顔は晴れ晴れしく、満足気だった。

 セイネリアが何も言わずただ見ていれば、彼は弱弱しく右手を伸ばしてきた。おそらく、セイネリアの頭に向かって伸ばされた手は、届かず落ちてセイネリアの腕を掴むだけで終わった。


「ンだよ……らしくねぇな、しけた面しやがって」

「そんな顔をしてるか?」

「あぁ、らしくねぇ……お前はいつでも、不遜で、物騒で……生意気で……諦めねぇ奴だった、ろ」


 アガネルは笑っている。望む死を得られて彼は満足している。

 だがセイネリアとしては、死にゆく彼の顔が嬉しそうであればある程、行き場のない憤り、怒りばかりが湧いてくる。


 多分、自分は妬ましいのだろう。


 死ぬ事も、満たされる事も出来ない自分が惨めで、そのどちらも今手に入れた彼が羨ましい。それだけではなく、満足気なその顔はナスロウ卿の最後の顔とも重なって……セイネリアは思う、どいつもこいつも勝手に満足して死んでいく。全部自分に押し付けて、勝手に期待して、勝手に満足して死んでいく。


「ふざけるな……」


 漏れた呟きは、だがもう彼には聞こえなかったらしい。


「ありがとよ」


 それを最後の言葉として、満面の笑みを浮かべたままアガネルは死んだ。


 ナスロウ卿と同じく、失望の中、だが望み通りの死に満足して彼は逝った。セイネリアを、自分を殺す相手として選んだところも同じだ。そういえばアディアイネの約束も結局彼らと同じようなモノだ、まだ実行していないだけで望みはナスロウ卿やアガネルと大した差はない、きっと殺してやった時に彼も満足げに死ぬだろうと予想出来る。

 しかもそこで、母の死に顔も満足げだったと、そんな事までセイネリアは思い出した。忘れていた筈なのになぜか唐突に思い出して、それにも無性に腹が立った。自分が誰かも分からなかったくせに、あの女は笑って死んで行ったのだと。


 あぁ本当に、皆勝手に死んでいく。満足する死を迎えるために、俺に殺させようとする。


 我知らず、くくっと喉から引きつるような笑い声が鳴る。

 ムカついて仕方ないのに、楽しい訳ではないのに、笑う事しか出来ない。

 ただ、馬鹿馬鹿しい。

 何も満たされないまま死ねないだろう自分自身にも、そんな自分が満たされるために死にたがってる者を殺しているのも、まったく、なんて皮肉で馬鹿馬鹿しい。


「はは……」


――俺は何のために生きてるんだ。


 最後にはおそらく怒りしかなくて……だがそこで、急に体と意識の感覚がおかしくなってくる。笑っている自分の声がやけに遠くに聞こえて、握りしめている拳の感触がない。なんだか遠いところから自分をみているような感覚と、熱に浮かされたようなぼうっとした気分、分厚い何かに押しつぶされているような感触。ただ自分の笑い声だけが遠くに響いて、意識が大きな何かに吸い込まれて行きそうなところで――自分以外の声が聞こえた。


「ボスっ、ボスっ」


 カリンか――と思ったと同時に、後ろから彼女が抱き着いてきた。途端、自分を包んでいた分厚い何かが膨れ上がって外へ出て行こうとしたから、セイネリアは自分の意識を引き寄せた。とにかく自分を何かから取り戻すために自分自身を呼んだ。


 そこで、感覚が戻った。


 拳を握っている感触がある、自分の呼吸の音が聞こえる。

 背中ではカリンが抱き着いていて、彼女の嗚咽が聞こえる。


「カリン……泣いて、いるのか?」


 聞けば彼女は、抱き着いたまま、嗚咽と共に答えた。


「はい」

「何故、お前が泣いている」

「ボスが泣けないから、私が変わりに泣いているのです。……貴方は、泣きたい時に笑いますから」

「そうか……」


すみません、長くなりすぎたのでこんなところで切ってしまう事に。

アガネルについての話はここまでですが、このシーンはあと1話あります。

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