25・師1
娼館を出たばかりのセイネリアは、初めてみた本当に強いと思った人物の弟子になった。彼は森の番人で、樵であり、狩人でもあった。その時はまだただの壊れたガキでしかなかったセイネリアは、彼の元で少なくとも『ただの』と言われないくらいの身体能力を身に着けた。今の自分があるのは彼がいたからだといえるくらいの恩人であり、師である――それが、アガネルだ。
――もっとも、向こうからすれば俺は恩を仇で返した憎むべきガキだろうが。
「随分偉くなったモンじゃねぇか、坊主……いや、セイネリア」
右手に斧、左手に大き目の盾を持って、アガネルはゆっくりと歩いてくる。
毛皮の上から防具を付けた大柄な男の姿は、いかにも蛮族にいそうないでたちにも見える。
冒険者時代のアガネルについて、セイネリアは人から聞いた話でしかしらない。彼は強い男ではあったが、彼の戦いはちょっとデカい森の獣とやってるのくらいしか見た事がなかった。だから当然、冒険者時代の仕事装備の彼を見た事もないし、彼が人と戦う姿も見た事はない。けれども分かる、今の彼の姿が冒険者時代の完全装備で、戦うためにここへ来ているという事が。
「そうだな、今なら出世払いにしていた借りはいくらでも返してやれるぞ」
セイネリアがそう答えれば、アガネルは豪快にそれを笑い飛ばした、昔のように。
「ははは、いらねぇよ、ンなの最初から期待してねぇっていったろ」
ただし、彼の目は笑っていない。こちらを見る目は憎い仇を見る目だ。
「まぁ、お前ならとんでもない化け物になるだろうってのは分かってたさ」
「あんたのおかげだ、感謝してる」
「当然だ、本当にお前はずっと生意気で小憎らしいガキだったぜ」
アガネルはわざとゆっくり、まるで大型の獣に近づくように慎重にこちらに近づいてくる。会話自体は軽口なのに、その目はじっとこちらを見据えたままだ。
「鍛錬にはどこまでも真面目だったが、命知らずで、イカレたガキだったな」
「あぁ、あんたには何度もロクな死に方をしないと言われていた」
「今のお前を見て確信してるぞ、やっぱりお前はロクな死に方をしねぇ」
それどころか、そもそも死ねなくなるなんて事態になってるとこの男が知ったらなんと思うだろうか、とセイネリアは考える。
「……だろうな」
吐き捨てるように言えば、ククっとアガネルが喉を鳴らしてから、また声を張り上げた。
「なら覚えてるか? お前の目指す先にゃぁ破滅があるだけで、いくら強くなっても更に上を目指す限り幸せなんて見つけられないってそう言ったのを。……で、今のお前は望んだモノが掴めたのか?」
――確かに、あんたの言う通りだったさ。
セイネリアの唇に自嘲が浮かぶ。アガネルは慎重にこちらに近づいてくる。そうして、10歩程の距離まできて、彼の足が止まった。
セイネリアは腰の剣を抜いた。
「リレッタは?」
聞けば、低い声が予想通りの答えを返す。
「死んだよ」
その言葉に驚きはない。
こうして戦うつもりで彼が来たなら、彼女が死んだのだろうというのはすぐ予想出来た。なにせ娘が生きているのであれば、この男は何があっても傍にいて彼女を守っている筈であるから。
「あれから……大分落ち着いてはきてたんだがな……俺が目を話してる間に、勝手にどこかへ行ったと思ったら……崖から落ちてな」
アガネルは持っていた斧をぶん、と一度、横へ払うように持ち上げた。
「わかってンだよ、逆恨みってことはな。あン時のお前はあの子を助けるつもりだったし、当然あの子が死んだ直接の原因だってお前にゃ関係ない」
言いながら、彼は構えて腰を落とす。こちらを強い目で睨んでくる。
「だけどなっ、お前しか恨めなかったんだよっ」
その声と共に、彼の足が踏み込んでくる。肩の筋肉が盛り上がって斧刃が彼の体の後ろに消える。そうしてセイネリアの目前まで来ると、後ろ一杯まで引き絞られていた斧が放たれた矢のような勢いで向かってくる。
「ぉおおおおおおっ」
少年漫画のような次回へ続く……ですね。