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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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21.これでいい

 エルがセイネリアの執務室に入ると、部屋の主である男は書類を眺めて仕事中だった。

 いつもならそこで、おう、とか、仕事中悪ィな、なんて気楽に声を掛けていたところだが、今日はやってきた用件が用件だけにエルはまずここでなんて声を掛ければいいのか迷った。とはいえ、考えることが苦手なエルとしてはそんなすぐ上手い言葉が思いつく訳もなく。


「マスター、契約書を持ってきた」


 出た言葉はその程度だ。それでも彼なら分かってくれるだろう。

 言うと同時に、セイネリアが顔を上げてこちらを見た。


「内容はそれで問題ないか?」

「あぁ、サインしてきた」

「分かった、受け取ろう」


 セイネリアが座ったまま手を出したから、エルはその手に契約書を渡した。彼は受け取ってすぐそれを確認してから、机においてこちらを見た。その間、彼の顔は無表情で大抵の場合そうだが何を考えているか分からない。


「なら、これで契約は成立だ」


 その言葉に正直ふぅ、と息が漏れる。ここからはもう、彼と自分は主と下僕の関係だ。


「とりあえず、契約をしたからと言ってお前の仕事が変わる事はない。俺に対する態度も変えなくていい。勿論、完全な主従関係になったからと言って俺の命令に何でも無条件で従えとは言わない。今まで通り疑問や反対意見は遠慮なく言っていいし、どうしても嫌ならば拒否しても構わない。最終的に命じた事が実現できるなら基本的にはお前の裁量で動いていい。ただ金まわりの待遇はかなり変わる、それは契約書の通りだ」


 おいおいそれで絶対的な主従関係とは随分甘いんじゃないか、と言いたくはなるような条件だが、彼がエルに対して何を求めているかは分かっている。セイネリアはエルと彼との違う部分を評価している。違う見方、違う意見を期待している。そして彼は部下を『その人間が望む環境で仕事をさせれば最大限に役立つ』という方針で扱う。勿論、その理論が当てはまらないような人間はハナから使わないで切り捨てる前提だが、そんな彼だからこその条件だ。エルが主として彼に命を預ける事を決められた理由でもある。


「問題ねぇよ、カリンやクリムゾンと同じになるって事なんだろ?」

「そういう事だ。勿論、イレギュラーな仕事を頼む場合は別途報酬をやる」

「随分気前のいいご主人様だ」

「褒美があったほうがやる気になるだろ」

「まぁそりゃな」


 やれる事は今までと変わらないとはいえ、セイネリア個人の部下というカタチになるので今後金は全部彼から賃金として払われる事になる。エルとしては契約上衣食住が保障されているならただ働きでもいいくらいの覚悟があったが、そういうところでこの男はケチったりはしない。


「他になにか、待遇について聞いておきたい事はあるか?」


 説明が全部終わってそう聞いてきたから、エルは丁寧に彼に向かって礼をした。


「いや、今ンとこない。それじゃ、これから改めてよろしくお願いします、マスター」


 セイネリアは暫く黙ってこちらを見て、それから表情を変えずに口を開く。


「例の事件の件はひきつづきこちらで調べている。ただし、相手が相手だ、確定出来るだけの証拠を集めるのも、行動を起こすための準備にもかなり手間が掛かる。なのでお前の望みを叶えるまではそれなりに時間がかかるものだと思ってくれ」

「あぁ、そりゃ仕方ないさ、分かってる」


 こちらで数年掛けてお手上げな事が分かった程度であるから、最初から時間がかかるだろうことは分かっていた。だから今更そんな事をわざわざ言われると、こいつってこういう部分は妙に律儀だよな、なんてちょっと笑える。


「契約をしたからには必ずお前の望みは叶えてやる」


 けれど真っすぐこちらを見てきっぱり言われた言葉の強さは、なんだかすごい心強くて。今まで調べて調べて諦めて悩んでいたモノが、まだ実現していないのにやっと実現できるのだと実感してしまった。不覚にも目頭が熱くなってきてエルは下を向いた。


「分かってるよ、お前は約束は必ず守るからな。時間がかかンのも分かってる、なにせ普通なら手を出せる筈もねぇ相手だ、どんだけ掛かってもお前ならやってくれるって信じてる」


――あぁ、俺ァ本当にこいつの事とんでもなく信頼してたンだなぁ。


 彼が叶える、と言い切っただけでもう叶った気がしてしまうくらい。

 思い出せば、どんなに無茶な状況でも彼がいればどうにかなると思えた。どんなにヤバイ状況でも彼が来れば助かったと思えた。今までの仕事でそういう事は何度もあって、結局自分は彼を頼ってばかりだったなと思う。


 だから、これでいい。


 相応しい立場になっただけだ、と考えて、エルはその場で膝をついた。


エルの契約の件はこれで終わり。次回からは暫くセイネリアの話。

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