20・夢
彼は、孤独だった。
魔法が使えるのが当たり前の世界で、魔法が全く使えず生まれながらの欠陥品と呼ばれた彼は、親からも疎まれ、周りから馬鹿にされ、いつも一人だった。だがいつか必ず自分を認めさせてやる、魔法などなくても上に立てるのだと思い知らせてやる――そう思ってひたすら肉体を鍛える事で彼は生きて来た。
――これはまた、夢か。
最近ギネルセラも、騎士の夢も見ていなかったから忘れかけていたが、この感覚が騎士の人生を夢で見ていた時と一緒だとセイネリアは気づいた。だから夢だと自覚しながらその夢を第三者視点で見ているのだが……何故か今回は、ほぼ同時に、もう一つの人物が重なって別の物語が展開され始めた。
彼も、孤独だった。
誰よりも強大な力を持っているのにその力が大きすぎて普段使いが出来ず、結果として日常生活で魔法が使えず皆から馬鹿にされる。溢れる程の力をモノに込めて魔力の低い者に使ってもらう事しか役に立てないと、自分よりずっと力のない者に言われる屈辱。こんな事は間違っている、誰よりも魔力がある自分こそが魔法で認められるべきだ。魔力ある者こそが認められる世界にするため、彼はひたすら研究と調査に没頭して生きて来た。
――確かに、貴様らは逆の立場なのに、同じ生き方をしてきたんだろうよ。
ひたすら鍛える騎士の姿、ひたすら研究に没頭する魔法使いギネルセラの姿、共に目には狂気さえある。嘲笑われ、蔑まれ、誰にも理解される事なく、ただ執念で生きて来た騎士と魔法使い。さすがに以前の夢のようにその一生を見せられはしなかったが、おそらく彼らの心に強く残っている場面だけが飛び飛びに現れては消えていく。
けれど2人の前に、同時に同じ男が現れて微笑みかける。若き日の彼らの王だ。
――本当に、どこからどこまでもあんたたちは似ていた訳だ。
どちらも自分を認めさせてやるという執念だけで生きてきて、彼らの王によって初めて認めてもらえた。やがてギネルセラが黒の剣を完成させ、魔力なき者は魔法が使えない世界となり、3人は大陸統一に向け動き出す。毎日議論し合って作戦を練り、戦いが始まれば騎士が先頭に立って敵軍を蹴散らす。そうして最後の戦いでギネルセラが黒の剣をもって全てをなぎ倒し、勝利を収め、王は大陸を統べる王座に座った。
……だが、そこから騎士とギネルセラの道は少しづつずれていく。
ギネルセラは大魔法使いと呼ばれ、彼が作る魔法道具を欲しがる者達からもてはやされた。一方騎士は皆から敬われ、彼が訓練して育てた彼を慕う部下達に囲まれていた。ギネルセラの下にも宮廷魔法使い達はいたが、彼らはギネルセラの命令を聞きはしても別に慕っていた訳ではなかった。魔力に対する恐れと、あとは魔法道具が欲しい連中と同じ下心付きのおべっかをいうだけの人形だ。
それでもまだ、いつも通り王と騎士の3人で今後の話をしていた時は問題なかった。
だがいつからか、王はギネルセラに疑いの目を向けてくるようになり、国政に関する相談に呼ばなくなった。騎士の事は相変わらず頼って相談しているのに、ギネルセラの言葉は聞かなくなった。
時が経つにつれ、王がギネルセラに向ける目は冷たく疑いに濁ってくる。ただ騎士はギネルセラに対する態度を変えなかった。王が疑いの言葉を出す度に否定していた。
『もし裏切れば私が魔法より早く斬ります』
ギネルセラをかばう度に冗談めかして言う騎士の言葉が、王を疑うだけで踏みとどまらせていた。そしてまた、王に不信感をもつギネルセラに対しても騎士は、お前が裏切る筈はないと分かっているからと言い続けてきた。
だから、騎士が倒れて、誰も王を止められなくなった時にぎりぎり保たれていた3人の関係は破綻した。
騎士は自分がもう王の傍にいられなくなった段階で、王が何かしらの手を使ってギネルセラを追い詰めるだろうことを予想出来ていた。
そこで湧き上がる後悔の念。叫んで胸を掻きむしる程のひたすら悔いる感情が流れ込んでくる。
――つまりあんたは、それを分かっていて放置した事を、後悔しているのか。
この夢を誰が見せているのかセイネリアには分からなかったが、この後悔の感情からすれば、おそらく騎士の意志なのだろう。
――それで、俺に何を伝えたい?
そう疑問を投げかけても答えは返ってこない。ただひたすら騎士の後悔の思いだけが自分の中に流れ込んでくる。前に見た騎士の過去からすれば、自分の体が日に日に使えなくなっていく恐怖と悔しさ、そしてみじめさで、騎士は王やギネルセラの事まで考えている余裕はなかったように思えた。少なくとも病床にある騎士の記憶の中では、王やギネルセラを心配したり後悔している感情はなかった。自分の衰え行く体に対しての思い、自分自身の事しか考えていなかった。
だからこそ、ギネルセラが裏切ったという王の言葉を疑っていても王の言葉が正しいと思い込もうとした。騎士はどこまでも自分の願い優先で決断した。そう、剣の中に入った時も、自分の騎士としての能力を認めたものに渡したいという自分自身の願いを取って最後は王をも裏切ったのだ。
――あんた自身の選択だ、後悔なぞいくらしたところで時間は戻らない。
そこで、目が覚めた。
久しぶりの夢の話。