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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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19・最後の酒3

「ばぁっか、でもお前、もし俺がいなきゃいないでどうにでも出来たろ? 俺がいたほうが楽ってくらいの話だ」

「俺ではただ単に力で従わせる事しか出来ない」

「それでもお前くらいの力がありゃそれで困らないだろうよ」

「お前は自分の能力を――」


 言いかければ、エルが机を叩いて怒鳴る。


「あぁもうっ……たく、お前はすげぇ奴で、俺がいなくても別にどうにか出来る――それを分かってたけど、俺はお前を支えてやれてる、相棒だって思いこもうとしてきたんだよっ。その状態で、弟の事を完全にお前頼りにしたら……もう、無理だろ。ただでさえ差ァ見せつけられて、お前はやっぱり別格なんだっておもっちまってるんだしさぁ」


 言っている間に彼の声はどんどん弱くなっていく。最後の方はまるで泣いているような声で、セイネリアはへたに言葉を挟めなかった。


「そンでも……自分だけじゃ弟の仇を追い詰める事は無理で、お前に頼むしかねぇのかって思ってたらさぁ……お前が契約として相手の願いを叶えるなんて事始めて……俺がお前のただの『部下』になれば、全部丸く収まるって……楽になれるって……思った、ん、だよ……」

「そうか」


 つまりエルは契約して完全にセイネリアの下という立場になる事で、心置きなくセイネリアに頼み事が出来る上に、対等でいようと気負わなくてよくなったという事か。


「それに……最初から、いつか……きっと、お前が偉くなって……俺はお前に頭を下げる部下の一人になるって……思ってた。だから、今がそン時だと思ったのも……ある」

「……そうか」


 セイネリアはグラスに残っている酒を飲みほした。酔えない体でも、一気に強い酒を入れば一瞬だけなら酔いに近い感覚は味わえる。見れば、最後の方はもう薄目をやっと開けている状態だったエルの目は完全に閉じていて頭がゆっくり上下に揺れていた。エルは酒に弱い訳ではないがそもそも酔えないセイネリアに合わせていたらこうなって当然だ。だからこれは予定通りだが……自分の方は少々消化不良部分が残ってしまったのは仕方ない。


――それでも、対等でいようとしてくれ、と言えばお前は諦めなかったのか?


 ただそれをエルが了承したなら、彼にとっては精神的にとんでもない負担がかかっただろう事は間違いない。だからもし今彼が目を覚ましても、セイネリアがその言葉を言う事はない。こちらももう、結論は出ている。


「……分かった、それでお前が楽になれるなら、な」


 どうせセイネリアは何からも逃げられない。最強の呪いも、不老不死の呪いも、逃れる手段は今のところ何もない。エルがもし最後まで対等でいようとしてくれたとしても、彼は必ず自分よりずっと早く死ぬ。こちらの気分をちょっと軽くするだけのために、彼がこれから一生苦しんでまで藻掻く意味はない。






「あっつつっ……てぇ、たたたた」


 起きた途端、視界がなんか回ってるわ頭が痛いわと最悪な事態に陥ったエルは、体を起こしかけてからすぐ諦めてそのままベッドに沈んだ。記憶をたどればすぐセイネリアと飲んでいた状況が思い出せたが、していた話は最後までは覚えていない。ただ流れ的に、酔って自分が本音をぶちまけただろうことは容易に想像出来た。


――ま、いい機会だったからな。


 何を言ったかは覚えていなくても、言っただろうことは予想出来る。セイネリアは失望するかもしれないが、それで契約をない事にしたり、こちらを追い出すような人間じゃない。

 ベッドの上で2度程寝返りを打ってみて、水が欲しくて思い切って起き上がる。だが起き上がった途端にふらついて何かを蹴って大きい音を出してしまった。

 そのせいか、ようやく水にありつけてほっとしていたら部屋がノックされた。


「失礼します」

「おう」


 入ってきたデカイ図体の男はラダーだ。


「マスターから伝言を預かってます。起きたらこの契約書にサインしてもってこい、だそうです」

「おー」


 と反射的に返事をしてから、ふらふらとドアの前にいるラダーのところへ行く。ただそれを受けとる時に、ふと思いついてきいてみた。


「あー……そういや、お前が部屋に運んでくれたのか?」

「いえ、マスターですよ」

「お、おぅ……」


 これからご主人様になる彼に運んでもらったと思うとちょっと気まずいが、まぁまだ契約前だからいいのか、なんて思う。


「俺が運びましょうかと言ったんですが、最後だからいいと言われました。俺は靴と上着を脱がせて言付けを預かっただけです」

「そっか……」


――最後だから、か。


 自分で決めたから後悔も迷いも今更ないが、それでもほっとしたのと同じくらい、なんだか寂しいような悔しいような気持ちもある。だがどちらにしろ、くる時が来たという事に違いはない。いつかは決断しなければならなかった事だ。


「ありがとな、サインしたら持ってく。マスターにもそう言っといてくれ」

「はい。あと酔いが残っていてきついなら、ドクターのところへ行って薬を貰っておけとも言われてます」

「あははは……ってて、っとにあいつは何でもお見通しだな。わぁった、そっちは今すぐ行った方がいいな」


 飲み過ぎたせいか食欲もないし、朝食は抜いてしまおう。ラダーが去るのを見送って、首と腕を回して軽く体をほぐしてから、エルも部屋を出ていく事にした。


次回はセイネリア側の話。

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