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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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16・そういうもの

 分かっていた事だが、とセイネリアは去って行くエルを見て考えた。

 エルはよく団員達とセイネリアの試合の判定役をやっているが、彼自身がセイネリアに相手をしたいと申し出てくる事はなかった。騎士団に入る前は鍛錬時間が合ったりすれば、試合までいかなくても軽い打ち合い程度はよくしていた。それさえも言い出さなくなったのは、団員達との試合を見ている段階で彼が勝負にならないと判断したからだとは分かっていた。だから別に、それを確認した程度だ。失望したという事もない……その筈だ。


「彼とは仲がいいのかな?」


 ステバンがそう聞いてきたから、セイネリアはゆっくり顔をそちらに向けた。


「いや、そういう聞き方はないか。そうだな……彼とは長い付き合いの、君にとって友達、なのかな?」

「何故そう思う?」


 友達、という言葉が気に障ってそう聞き返せば、真面目な男は苦笑と共に答えた。


「そうだな……去って行く彼に対して君が何かいいたそうだったから、かな。君は基本的に他人に興味がないだろ。相手から聞かれたり、たのまれたりはすればちゃんと話は聞くし場合によっては動いてくれるが、君からは他人に何も期待してない。だから去っていく人間は引き止めないし、その時点で君の意識の中にいなくなる。……でも今、去って行った彼には、何か話したそうに見ていたじゃないか」


 他人から見てそう言われる程、顔に出ていたというのは自分でも呆れるところだ。この男が気遣いの人間だから分かったというのもあるのだろうが、自分はそんなにエルに対して何か言いたかったのかと考える。


「あいつとは……冒険者として仕事を始めて間もなく組むようになったから、割合長い付き合いだ」


 とりあえず彼が何を聞きたいかを分かっていながらそれだけ返してみれば、真面目な男は気に障った様子もなく笑って言った。


「君とそれだけ長くやってこれたのなら、随分優秀だったんだろ」


 そこでセイネリアは軽く息をついて、首だけでなく体ごとステバンの方を向いた。


「あいつは人付き合いが上手いんだ、昔からパーティではメンバー間の潤滑剤みたいな役目を果たしていた。この組織も、あいつが下の連中を上手くまとめて、俺と彼らの間に立ってくれているからうまく回っている。俺は恐れさせて従わせる事しか出来ないが、あいつは人に合わせて一番不満の出なさそうなやり方で言う事をきかせられる」


 我ながらよくしゃべると思ったが、セイネリアがエルの事を高く評価しているのは確かで、彼の事を他人に話すのなら基本はほめるばかりになる。


「随分高く評価してるんだな」


 当然、ステバンはそう言ってくるが、セイネリアとしてはエルを褒めるのには理由があった。


「あいつは俺とは性格が違いすぎるだろ。だからこそあいつの優秀な部分は俺にはないところばかりで、俺が気づけない事をあいつは気づける。人間、自分にないものを持っている人間に対しては素直に認められるものだろう?」

「確かに、そうだな」


 ステバンはそれにはははっと声を上げて笑った。彼にも心当たりがあるのだろう。

 けれどすぐに顔から笑みを消すと、セイネリアの目を真っすぐ見て言ってくる。


「でも思ってるだけじゃなく、今、彼にもそれを言ってみるべきだと思うんだ」


 その言葉にセイネリアは軽く眉を曲げた。エルに対して、どうして役立っているか、信頼しているか等、冗談めかす事は多いが言っているつもりだったし、エル自身自覚している筈だった。なにせ彼は元々、自らそういう役目が出来ると言って組もうと提案してきたのだから。

 ただ、セイネリアがそう思っているのを察したように、ステバンは苦笑した。


「彼、落ち込んでいたじゃないか」

「あいつも言っていた通り、俺に負けるのは最初から分かり切っていた事だろ」


 セイネリアは更に眉を寄せた。ステバンは肩を竦めて、それでも目はじっとこちらと合わせたまま言ってくる。


「……うん、ただの君の部下だったら、それで君の事をすごいなと思って終わりだろうけどね。けど、長く一緒にいた仲間なら落ち込むさ。アッテラの神官様なんだ、彼だって腕に自信はあるだろうに、あそこまで相手にならないとすごい悔しいんじゃないか。それこそ、仲間として付き合いが長いからこそだ」


 確かに……エルなら、負けると分かっていても悔しがるのは分かる。だからこそふてくされたように言い捨てて去っていったのだと、そこまではセイネリアも分かっていた。


「多分だと思うけど、君と彼は前はここまでの差はなかったんじゃないか? だったら余計だ。置いて行かれたような気にもなるし、その差を作ってしまった自分も許せない、ってそう思っているんじゃないかな」


 長く付き合っているからこそ、というのはセイネリアの頭のなかにはなかった。だから素直に聞き返す。


「そういうものか」

「そういうものさ」


 ステバンはそれには目を細めて笑ってみせた。


「君は相手の考えを読むのが得意だし、察しがいい人間だけど、君自身が感じない感情は理解出来ないんだろ? 彼も何かいいたい事がありそうだし、一度彼とは本音で話し合ったほうがいいんじゃないかな」


 確かに一度エルから本音を聞くべきかと、そう思ったから呟くように、そうだな、と返す。

 どちらにしろ契約前には、彼の真意を聞いておいた方がいい。


「彼は部下でもただの仕事仲間だけでもなく、友人、なんだろ?」


 ただ続けて彼が言ったその言葉には、口元が皮肉に歪むのを止められなかったが。


セイネリアがやたら偉そうなので忘れがちですが、ステバンはセイネリアより年上です。

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