14・朝の鍛錬3
「盾が重すぎたんじゃないか?」
倒れたステバンに向けてセイネリアが言えば、言われた方は肩を竦める。
「そうでないと君の力ではすぐ壊されるだろ」
「だが重すぎてバランスを崩すと立て直せない」
「その前の受けてる段階で結構足と腕に来ていたから、そのせいもある」
立ち上がったステバンが盾のダメージ具合を見ている。思わずエルはそれに声を出してしまった。
「その盾ンな重いのか?」
完全鉄製ではないが、確かに鉄の補強面積が大きい。
人の好さそうな男は、そこで盾をこちらに向けて持ち上げた。
「持ってみるかい?」
そう言われたら行くしかない。エルはステバンの方へ歩いていって長棒を肩に立てかけると盾を受け取った。確かに重い。
「うわ、この重さを持ってあれだけ動き回れるのはすげぇな」
鉄の補強部分だけではなく、使われている木もかなり硬くて厚みがある。だから当然重い。これを持ってさっきの立ち回りをしていたというなら、相当の腕力だと思う。それには素直に感心していたのだが、そこで唐突にセイネリアが言ってきた。
「折角だ、お前もやるか?」
「え?」
エルは黒い男の顔をまじまじと見てしまった。どうやら冗談ではないらしい。
「……てぇ、お前と俺でって事か?」
「そうだ」
ステバンとやってみるかというならまだ分かるのだが、セイネリア相手なんて勝負にならない事くらいやる前から分かっている。
「いやお前とやってもどーせすぐ終わるし」
「最近やってないだろ」
「見てるだけで分かンぜ、化け物め」
と、ここまではいつも通りの茶化したやりとりだった。
「お前が膝を折る男の強さを一度くらい実際に体験しておけ」
その声がぞっとするくらい冷たかったから、エルは逸らした顔を急いで彼の方へ向けなおした。そうして、彼の昏い琥珀の瞳に見据えられてごくりと喉を鳴らす。
「……分かった、一本だけなら付き合う」
「体は十分ほぐれたろ? お前の準備が出来たらすぐ始めるぞ」
――どういうつもりだ? 勝敗以前にいい勝負にさえならねーことくらい分かってンだろうに。
エルは得物の長棒をくるりと回して地面に立てると、首を左右に動かしてから肩を一度回す。それからセイネリアから距離を取っておもむろに構えれば、ただ突っ立ったままのセイネリアがこちらを見ずに言ってくる。
「どこから掛かってきてもいいぞ、勿論術ありでいい」
とは言われてもよ――と思って、エルは顔を顰める。
彼の体勢だけみれば一見隙だらけに見えるのだが、実際の隙なんてどこにもない。とりあえず相手を見ながら2段階の強化を掛けて準備だけはするが、すぐに仕掛けるのはやはり悩む。とはいえ悩んでその場にとどまっていれば、セイネリアの方が動きだす。
黒い塊ともいうべき男は、動いたと思った時にはもう彼の間合いまで詰めていた。
――ヤベェっ。
急いで下がると共に前を棒で払う。リーチの長いこちらの優位点を生かせない速さってなんだよと、心の声で悪態を付く。ただセイネリアも今のはただの脅しのようで、エルが飛びのいた後はそのまままた突っ立ってこちらを見るだけだった。さっさとこい、というところだろう。今のでハッキリしたが、こちらから攻めないとまったく何も出来ないで終わるのは確実だ。
「せあっ」
気合を入れてわざと棒を後ろに引いて相手に向かう。そうして相手の間合いに入る前ぎりぎりで足を止めて棒を伸ばす。それは避けられるが、そのまま棒を横に回す。普通ならこれを避けるのは無理で剣で止めるところだが……手ごたえはない。つまり、完全に見切られてよけられた。
仕方なく棒を自分の前へ戻して回そうとするが、そこへセイネリアは自分のマントを当てて来た。
「うえっ、ちょっ」
棒にマントの布が絡まってすぐに戻ってこない。と思ったら引っ張られて、危うく手から離しそうになった。どうにか棒を前に伸ばして絡まりを取ったが、それだけの隙があれば黒い人影はもう目の前にいる。
――速っ、過ぎンだろーがっ。
思った時には腹をけられて地面に転がっていた。
このシーンは後1話。