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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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12・朝の鍛錬1

「さすがにさみーな」


 外に出た途端冷たい空気に震えあがって、エルは思わず体を縮こまらせた。

 それなりの大所帯になった黒の剣傭兵団だが、まだ陽が昇りきっていないこの時間はさすがに静かだ。ましてや今は冬であるから、いくら向上心の高い団員揃いであってもこんな早くからおきて来る人間なんて限られる。

 エルもいつもならここまで早い時間に起きて鍛錬なんてしたりはしないが、今日は少し早く目が覚めたから思い切って出て来ただけだった。


 実を言うと、セイネリアに契約を持ち掛けてからというものエルは肩の荷が下りたような安堵感を感じていた。一人で悩んでいたのを人に話して、もう自分で調べなくていいのだと思ったらかなりほっとした、というか気が抜けたのだ。

 だから相変わらず仕事は忙しくても、なんというか心労的なものがなくなった分、楽になった。忙しいときはサボっていた朝の鍛錬を、最近はきっちりやっていたりするのもその辺りの気分の変化が大きい。


 勿論契約すると決まるまでは多少やきもきする事もあったが、エルとしては最終的には契約せざる得ない事になるという確信があったからそこまで苛ついていたりはしてなかった。なにせ例の事件を引き起こした貴族というのが、セイネリアが言っていたようにわざわざ契約までするほどの相手ではない……なんて可能性はほぼないと分かっていたからだ。ただ疑問なのはセイネリアもそれくらい分かっていたと思うのに、何故こうして保留にしたのかだ。慎重に、念のため……というのも分からなくはないが、そこはなんだか妙に彼の決断としては違和感があった。


――ったく、契約したからって別に大きく変わる訳でもねぇだろよ。


 そう、契約したからといってもエルのやる事は変わらない。ただ契約というカタチにしようと思ったのはけじめみたいなものだ。ヤバイ頼み事を受けてもらうための代価として、立場を完全に彼の下にする。今と仕事は変わらないが、心情面と覚悟が変わる……それだけの話だ。


「ま、早起き自体は気持ちいーけどよ」


 誰もいないのでその場で軽く体をほぐしていたエルは、体があったまってきたところで深呼吸をした。森ではないこんな街中でも耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえて、いわゆる『すがすがしい気分』という奴になれるというものだ。


 ただ、そうして訓練場まで歩きだそうとしたエルは、そこで別の人影を見つけて、その姿をまじまじと見てから眉を寄せた。


――遠いから分かりにくいけど……ありゃ、だれだ?


 遠目でもやたら姿勢がいいのが分かるから、騎士の称号持ちあたりか……と考えて、真っ先に頭に浮かんだのがリオだったからエルは思い切り顔を顰めた。だがそこで急に思い出した。


――そうか、セイネリアの騎士団時代の知り合いってのが来てるんだっけ。


 だからその人物が帰るまでは実際の契約をするのは待ってくれ、とエルは昨日カリンに言われた訳である。その場で腕を組んでうーんと一唸りするくらい悩んでから、エルはその人物の方に行ってみる事にした。そっちは訓練場ではなく一応一般団員は立ち入り禁止になってる区画だったが、エルの立場なら見つかっても誰に咎められる事もない。というか基本幹部連中しかいけない区画へ客人が行くのはマズイんじゃないか、本当は何か探りに来たのか――なんてエルにしては深読みをしたりもしたのだが、ついていった先に立っていた人間を見て、その可能性はないと判断した。


――なんだ。しかしまたあいつがこんな早く起きてるのも珍しいんじゃね。


 向かった先にはセイネリアが立っていた。何か機嫌よさそうに挨拶を交わしているから偶然会ったという訳でもなさそうだ。あらかじめ前日から約束していたのかもしれない。


――随分仲がいいこって。


 騎士団の時に仲良くなってつるんでいたのだろうか。セイネリアを訪ねてわざわここまでくるというだけでも驚くべき事だし、セイネリアも団に泊めてやるのを許可したのだから相当に仲が良かったのだろう。騎士団時の相棒のような関係だったのかもしれない。

 セイネリアから騎士団時代の話を聞いた事もあるが、騎士団上層部の腐りぶりやら、どんな仕事をしたとか、どんな制度があったとかの話ばかりで、騎士団で会った人間の話は聞いた事がなかった。なんというかエルのイメージとしては、セイネリアならどこへ行ってもあの偉そうな態度で怖がられてる感じがあったから、そんな彼に付き合える程の人間はそうそういないだろうと思っていた。

 実力は確かで頼りにはなるし信頼を勝ち取るのは上手いからなんだかんだと人を従わせてはしまうが、彼に個人的に付き合えるような人間は珍しい筈だ。自分が彼と付き合ってきていろいろあった事を考えれば、そうそうこんなのに付き合えるような人間なんていねーだろ、というところだったのだが。


――そういやあいつは毎回、英雄視されるようなすごい人間からはやたらと気に入られてたな。


 セイネリアと話している騎士を見れば、いかにも強そうだし誠実そうだし……あれは相当にできた人間なんだろうなとエルは思う。

 ただまぁ、そうして遠くからとはいっても見ていれば当然気づかれる訳で。


「エル、いるなら出てくればいいだろ」


 セイネリアにそう声を掛けられて、思わず、だよなー、と呟く。こんなところでこそこそ見ていて彼に気づかれない筈はなかった。


次回もこのままエル視点で続きます。

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