9・決断
冬の日没は早い。
とはいえまだ空の色が目に見えて変わる程ではなく、それでも少し夕方が近づいている外の風景を見たところで、セイネリアの執務室にカリンがやってきた。
「部屋の準備は出来たのか?」
「はい、いつ帰ってこられても大丈夫です」
ステバンはあの後、暫くしてから言われた通りこの部屋の見張りのところへやってきて、荷物を取りに昨夜泊めてもらった家に一度戻ると告げてきた。あの真面目な男の事だから、荷物がなくても一度こちらに泊まる事を告げに行くとは思っていたのでカリンには最初から彼が戻ってくるまでに部屋の準備をするように言っておいた。それで準備が出来たから報告に来たという訳だ。
「空き部屋はあったんだろ?」
「はい、空いている2人部屋がありましたので、そちらを掃除して片方のベッドの準備をしました。ラダーが大きい荷物を全部運んでくれたので助かりました」
空き部屋はあるが大抵は物置になっているため、急だと準備が難しいかもしれないと言われていた。だから最悪、大部屋の空きベッドでも仕方がないと言ってあった。とはいえカリンなら団の者達を使ってどうにかはするだろうと思っていた。
「ステバンが戻ってきたら案内してやるよう、門の見張りに言っておけ。あと、夕飯は俺と一緒に取る予定だが、そっちの部屋で一人で食べるというかもしれない。一応どちらになってもいいように準備しておいてくれ」
「はい、わかりました」
彼がどこまで吹っ切れたか、それによってはこちらの顔を暫く見たくないと言うかもしれない。
「……ステバンは、元気がなさそうに見えたか?」
部屋前の見張りには、ステバンが来たらカリンを呼ぶように言っておいた。だから彼が一度出ていくと言いに来た時、カリンにも会っていった筈だった。
「いえ、そうは見えませんでした。真面目な方ですから、他の人間に心配をかけまいとふるまっていたのかもしれませんが」
「そうだな」
それでも、カリンから無理をしているようだったという言葉が出なかった時点で、それなりにふっきれはしたのだろうとセイネリアは思う。ステバンは確かに人に気を遣わせまいとふるまうような男だが、完全に気にしていないという演技が出来る程器用な男でもない。
「……あと、エルの事なのですが」
そこでいかにも言い辛そうな顔で彼女が言ってきた。話の内容はそれだけで分かるが。
「例の調査について多少何か分かったのかというのと……契約が必要かどうかだけでも分かっていないのか、と」
エルとしては問題の事件に関する調査自体を急いでいる訳ではないだろう。だが、こうして契約が必要かどうか分からない中途半端な状態で待たされるのは止めて欲しいと思っている……当然だ。
「ボーセリングの犬を使わず、一般冒険者も使わず、あの規模の悪事を実行できる貴族となれば限られるな。どれもが全員、普通に敵に回したらいくつ命があっても足りない連中だ」
「そうですね」
実際にそんな事が出来る人間なんて、貴族でも5本の指で足りる程しかいない。となればあとは事件を調査するより犯人候補をそれぞれ調べて行った方がいい。それこそただの平民冒険者なら命がいくつあっても足りない命がけの調査になるだろうが、セイネリアなら配下に調査専用の連中と情報屋のネットワークがある。勿論、自分の命を気にする必要がない段階で、最悪セイネリア自身が出ればどうにでもなるというのが一番の強みではあるが。
「契約をしなければ、あいつ自身が納得いかないだろうな」
「……そうですね」
ここまで来て迷うのも随分とらしくない。我ながらそう思いつつ自分を馬鹿にしているのに、やはり迷いが残るのだから困ったものだ。それでも、決めなくてはならないのは分かっている。
「エルには契約すると言っておけ。それと、現状分かっているところまでは調査結果も教えていい。ただ……正式な契約については、ステバンがいる間は待ってほしいと言っておいてくれ」
カリンは即答せず、じっとこちらを見て来た。
けれどこちらが唇を歪ませれば、目をそらすように頭を下げる。
「分かりました、そう、伝えておきます」
そうして彼女は部屋を出ていった。
ステバンが帰ってきて部屋に通したという連絡がきたのは、そこから少しした後の事だった。
次回はステバンとの会話、予定。