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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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8・現在

――そこまで大きい期待をしていた訳じゃない。


 倒れたまま動かないステバンを見て、セイネリアは考えた。

 期待外れだった、とまでは思っていない。ただ本気で鍛えて強くなった彼だからこそ気づいてしまった。これ以上どうやっても勝てるどころかこちらに一撃さえ当てる事は出来ないと。


「すまない……少し一人にしてもらっていいだろうか」


 暫くして、どうにか呼吸が整ってきた様子の彼がそう言ってきたからセイネリアは彼に背を向けた。


「部屋は用意しておく。好きなだけそうしていてもいいが、気が済んだら俺の部屋前にいる見張りに声を掛けろ」

「……ありがとう」


 言って彼は目の上に腕を置いた。

 真面目で謙虚な男だが、相当の努力をしているからこそ自分の能力にプライドがある。だからこそ、決してあきらめず完全に動けなくなる最後の最後まで足掻く男だという事をセイネリアは知っている。その彼が立ち上がる事を止めて自ら負けを認めたのだ、同じ負けでも競技会の時のような気分でいられる訳がない。


 建物の方へ向かえば、途中でクリムゾンが待っていて黙って後ろについた。


「クリムゾン、カリンを部屋に呼んできてくれるか」


 言えば、静かに頭を下げて、彼はすぐにその場を離れる。いつでもついてきているのもあってこうして彼にカリンやエルを呼ぶよう頼む事は多い。どんな些細な仕事でも、セイネリアの命令なら彼が文句をいう事はない。逆を言えばセイネリアが言わない限り彼は人のいう事をきかないから、他の人間と組ませられないのがなかなかに使い難いのだが。


 クリムゾンが離れて行けば、傍に人間はいなくなる。団員達は自分を見つけても近づいてこようとはしないから、逃げ場のない建物内ならともかく、リオがいなくなった今では、外でセイネリアに話しかけてくるのはカリンやエル、クリムゾン等の団を作る前からの連中くらいだ。


――別に、失望までしてはいない。


 腕に自信のある者が団に入ってセイネリアに手合わせを申し込んでくる事はよくあるが、彼らは一度でもやれば二度と言ってくる事はなくなる。ウチに入ってくるくらいだから実力はある者なのは確かで、だからこそ彼らもセイネリアに勝てない事がすぐに分かる。けれど彼らはそれで自分に膝を折って終わりだ。あとはセイネリアを主と認めて、従うだけの人間となる。


 そこからすれば、ステバンの反応はかなりマシだ。


 彼は負けを認めたものの、そう認めてしまった自分が許せなかった、悔しかった。諦めて負けを認めたのに、それを認める自分に憤る――簡単に膝を折る連中と比べればムカつかない。まだ、彼には望みがある。


 建物に入れば、廊下ですれ違った団員達は皆緊張して端に寄り、頭を下げる。それに片手を上げて前を歩いていく。へたに声を掛けると団員が怖がる、とエルから言われているから、用事がある時でなければあまりセイネリアから団員に声を掛ける事はない。


――腕のいい者ばかりを選んだ筈なのにこの体たらくか。


 黒の剣傭兵団がこの短期間で大傭兵団の一つとして認められたのは、勿論セイネリアの存在が大きいが、実際の仕事で団員達が皆優秀だったという評価があるからでもある。冒険者の間でも、この傭兵団は大傭兵団としては団員数は多くないが全員が優秀で、いわゆる量より質重視だと言われている。実際そのつもりで人を集めているのだから予定通りではある。

 ただ質とは言っても、今のところまだあまり面白い人間は集まっていない。団の立ち上げ時のメンバー以外だとサーフェスとあとはエデンスくらいか。2人とも結局は冒険者時代に会った人間であるから団の募集で入った人間というと違うが。


 この国に山程いる冒険者達の中、一人二人くらいは黒の剣の中にいる騎士の『最強』を否定するような人間がいてもいいではないか。今のセイネリアでさえ負けるかもしれないと思う程の戦士がいてもいいではないかと思っても――今のところそんな人物は現れない。


 ただの団員としてではなく、望みと引き換えの絶対契約なんてのを考えたのも、それだけの覚悟がある者ならと思ったというのもある。少なくとも今のところ契約した者は、普通に募集してきた者達より面白い人間ではあると言えるだろう。


 黒の剣を手に入れて自分が化け物になったと知った日から、すっかり腑抜けてしまっているという自覚はある。それでも投げ出して終わりにするのが許せないから足掻いているつもりだが、出口も目標も何もなく歩く状態というのは思った以上に自分を腐らせていくものだと、セイネリアは自分自身に思っていた。


次回はこの後のカリンとの会話。

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