6・試合2
どちらが声を掛けるでもなく正面に向き合い、適度な距離を取る。
改めて真正面から見る男の威圧感に体が震える。だがこれはおびえているのではない、ぎゅっと拳を握りしめて震えを止め、ステバンはゆっくりと構えた。それに合わせるように、正面の黒い騎士も剣を持ち上げる。
互いに片足を僅かに引いて、ざ、と鳴ったその音を合図として同時に大きく踏み出した。
銀の刃と刃が目の前でぶつかる。重い感触にステバンは歯を噛み締める。精一杯押してから弾いてその反動で剣を引き、そのまま大きく一歩距離を取った。幸いな事に相手も引いてくれていて、構えをとりながらステバンは体全体で大きく息をついた。
――やはり、力勝負は無理だな。
今のは互いに相手の力を見るために刃をぶつけただけだ。力負けは覚悟していたから別に動揺はしていないが、あのまま引かなければ体ごとふっとばされていたと思う。こちらは今ので手に少ししびれが来たのに、相手は平然としている。剣を弾いた反動さえないとはどれだけ余裕があるんだか。
彼に勝つなら技術か速さで上回るしかないとは思っていたが、それも少し上回った程度ではどうにもならない程、力と体力の差がある。今度こそ体力切れを起こさない為に鍛えては来たが、体格からしてもそちらは彼の方が上だと思うしかない。
――しかし、仕掛けようがないな。
剣を弾いた後のセイネリアは構えを取っていなかった。剣先を下におろし、体に力を入れていないように見える。こちらからこいという事なのだろうが、どう仕掛けて行っても頭の中では勝てる図が見えなくてステバンの口が自然とゆがむ。いわゆる、勝てる気がしなさすぎて笑うしかないという状態だ。
だが、勝てないと思えるからこそ勝ちたいと思う。勝てると分かっている相手に勝ったところで何も面白くはない。
「はぁっ」
腹から声を吐いて大きく踏み込む。勿論、こちらの剣が届く前に彼は反応して剣先が動いている。このままでは防がれるのは目に見えていた。
だから、狙いは彼の体の外、わずかに外れる場所。当然ながら剣は空を貫くが彼の剣にも当たらない。ステバンはすぐに防御用に剣を体の前に戻しながら彼の胴を蹴る。ただ向こうもすぐに気づいて体を引く。
それでも、足には手ごたえが返った。ただ浅いのは仕方なく、彼を一歩引かせるのがやっとでよろめかせる事は出来なかった。それでもこれで攻勢に回れるのは大きい。そのままステバンは踏み込むと、次の一撃を彼に振り下ろす。剣は受けられる、そこは仕方ない。だが力を込めたのにあまりにも完全に止められて、ステバンは心の中で毒づく。
――まったく、相変わらず岩でも叩いてるようだ。
力の差は分かっていたが、それでもこちらの剣の勢いを完全に殺された。相手の剣はまったく動かなくて押せもしない。そう判断してすぐステバンは剣を引く、そうしてすぐに切り返して角度を変え、振りぬく。それも完全に止められたのが分かった時点でまた剣を引き、切り返す。だがそれを何度繰り返そうとも相手の剣はまったく押せない、彼の足を後ろに下げることも出来ない。
そして……ステバンは、次の剣を繰り出そうとしてそれを止め、大きくまた後ろへ飛んだ。その直後、ステバンがいた位置をセイネリアの足が薙いで行く。
――危なかったな。
受けたセイネリアの剣が僅かだが下がったから嫌な予感がした。こちらを誘い込むため、わざと彼が自ら剣を引いたのだろう。
ステバンが距離を取ったのを見て、相変わらずセイネリアは剣を下におろしてみせる。馬鹿にしているのではないのだろうが、誘っているのか、それともわざと余裕を見せているのか。
構えながらまたそこで息を整えて、ステバンは気が付いた。
前に彼と対峙した時より、明らかに消耗が激しい。
まだ始めたばかりで、打ち合いだってそこまで多くしたわけでもないのに、なぜかやけに消耗している自分に気が付く。対してセイネリアの方はまったく消耗など見えない。いくらなんでも前はここまでの差はなかった筈だ。
――緊張、しているのか?
既に鎧の下では汗が噴き出していて、それが疲労のためだけでない事をステバンは自覚していた。
改めて相手を見れば、力を抜いて立っているその姿に圧を感じる。マントのせいで以前より大きく見えるだけだと思っていたが、精神に掛かっている負荷はそれだけではないとステバンは思う。
ただそれでも、心はまだ負けていない。
見れば見る程勝ち目がなくても、それでもまだ戦いたいと思える。
試合シーンはもう一話くらいかな。その後のやり取りを入れてさらにもう一話ある……かも。