4・訪問3
セイネリアが他人から恐れられるくらいの強さを身に着けたあとと限定すれば、ステバンは一対一でセイネリアが相手をした中で、おそらくは一番苦戦した相手だ。そして一番、勝つためにセイネリアでさえ予想しえなかった手を使ってきた相手でもある。更に言うなら彼は毎回、試合をするたび確実に強くなっていた。
だから、少し期待したくなったのだ。
黒の剣を手に入れて騎士の技術を身に着けた自分でも、あれから更に強くなったステバンならば簡単に勝つ事は難しいのではないかと。かつてのように、彼との試合なら熱を感じられるのではないかと。
勿論、安易に多くを期待していない。ただ少しでも、戦う事への熱や楽しみを感じられればと思った程度だ。
それでも躊躇したのは、またいつもと同じ結果であるかもしれないという可能性が浮かんだから。なんの面白味もなくただ勝って、自分も相手もバカバカしくなって戦う事をやめる。互いに失望するしかない結果が待っているのではないかというそれに対する迷いがあった。そして困った事に、その可能性が一番高い。
「君が騎士団を去ってから、俺はいろいろやってみた。単純に体を鍛えるだけではなく、いろいろな武器を使ってみたり、騎士団の外に出て冒険者達の話を聞いてみたりもした。君の強さはその圧倒的な筋力と体力が大きいが、いろいろな経験をした上でいろいろな視点からものを見れる事でもあると思った。だから俺も、今まで知らなかったものをいろいろ知ろうとしたんだ。多少は……遊ぶ事も覚えた」
「そうか……」
そう得意げに話す彼は、体をみただけでも前と厚みが違っている。腕や足も確実に前よりも太い。別に前も細かった訳ではなかったが体の大きい方ではなく、ソーライなどからすれば小さく見えた。
「確かに、随分と期待できそうだ。いいガタイになったな」
「だろう?」
得意げに言う彼の笑みと自信に満ちた顔は変わらない。彼の自信は彼の流した血と汗に基づいている。セイネリアに対して必ず勝てると言えなくても負けるとは思っていない、それだけの自信を支える鍛錬を積んできている者の顔だ。
そんな顔をする者と戦う事は、セイネリアの空虚な心にも熱をくれた……そう、かつてなら。
黒の剣を手にいれて以降、セイネリアの心に前はあったその手の熱や、一時的にではあっても得られていた満足感は感じられなくなってしまった。
予定通り傭兵団を作り、それが軌道にのって予想以上に上手くっても、噂を恐れて貴族たちでさえこちらに対して下手に出るようになっても――今は何も感情で感じるものがない。いや正確にいえば何も感じない訳じゃない、苛立ちだけしか感じないだけだ。
それでもそれを言い訳にして全てを放棄する気はないから続けてきたが……かつて欲した自分が生きる意味と実感は、今では更に遠くなって何のためにこうしているのかも分からなくなっていた。
それでも多分、自分が全てを放棄しないのはそんな自分が許せないから。自分のプライドにかけて全てを諦めて放棄する愚か者にはなれないから……そうだと思っていた。
だが、今はそれだけでない事も分かっている。
「装備はそれでいいのか?」
見ただけで試合をする気満々な彼の恰好からして聞くまでもない事だが、それでも聞けば彼は嬉しそうに瞳を輝かせる。
「あぁ、あとは頭だけだ、君はその鎧か?」
「あぁ、こちらもあとは頭だけだ」
強い者と戦いたい、更に強くなりたいと、それだけを純真に期待する彼の瞳が――羨ましくて。少し前ならその気持ちが分かった筈なのに今は分からない、戦闘前の高揚感さえその感覚が思い出せない。
「そうか、今回は完全な装備の君と戦えるんだな」
「そうだな」
ステバンが楽しそうにすればするほど、セイネリアの中では期待よりも嫌な予感の方が強くなっていき、気分が冷えていく。僅かの期待は残っていたが、それでも既に試合をすると決めた事に対する後悔の方が大きくなっている。
彼の笑みが失望に変わるのを見たくなかった。
次回はここから少し経ってステバン視点。