3・訪問2
――久しぶり過ぎる名前だ。
ステバンの名を聞いたセイネリアは、少し驚いて、だがすぐに知らせにきた部下に彼を連れてくるよう指示を出した。ほどなくして現れた彼は流石にサーコートは着ていないながらも騎士団の鎖帷子に追加装備までつけた恰好で、その上からマントを羽織って多少隠しているがいかにもすぐ戦えるといういでたちだった。それだけでここへ来た意図が分かりやすすぎた。
彼は妙に緊張した面持ちで部屋の中まで入ってきたが、連れて来た部下達が部屋から出ると大きく息をついて肩の力を抜いた。そこから背筋を伸ばして、大真面目な顔で頭を下げた。
「突然の訪問になってしまって本当にすまない、伝言は入れてはいたんだが昨日だったので連絡しなかったも同然だ、それでも受け入れてくれた事に礼を言う」
「こちらこそすまんな、今日はまだ伝言を受け取っていなかった」
ステバンは顔を手で覆った。
「だろうな、本当にすまない。当初の予定では実家から帰ってきて仕事に復帰する前、春先頃にくるつもりだったんだ。だが帰るための馬車が3日遅れる事になって、ならいっそ先に顔だけでも見て行こうと思って……いや、君の都合が悪かったらすぐ去るつもりだ、本来なら会うのを断られても仕方がないんだから」
相変わらずの生真面目さに、セイネリアの口角が緩く上がる。
「この時期は俺も遠出はしてないからな、団としても忙しくはないし構わない。なんなら馬車が出るまでここに泊まっていってもいいぞ。その事情じゃ宿に苦労してるんじゃないか?」
言えば素直に彼は嬉しそうに聞き返してきた。
「いいのか?」
「あぁ、空き部屋がまだある、使っていいぞ」
「ありがたい、実は宿には困ってたんだ」
「この時期の首都の宿は空いてない上に空いているところは何処も高いしな。長期契約していないと探すのも一苦労だ」
「本当にな……」
冒険者たちと違って兵舎住まいの彼は、長期契約の定宿というのを持っていない。この時期長期で仕事に出かける者はほとんどいないから、首都の宿はどこも埋まっている。だから予定外に首都で足止めを食らったとなれば宿には困っているだろうと予想がついた。
「昨日はどうしたんだ?」
「首都住まいの者の家に泊めて貰った。ただ向こうのご家族がとてもいろいろよくしてくれすぎて……正直居づらいんだ、宿が取れればそちらに移動しようと思ってたんだが」
ステバンといえば現在の騎士団の英雄扱いである。おそらく息子からよく聞かされているであろうそんな人間がが家にきたら、家族がはしゃいで世話を焼き過ぎたのだろう。
「分かった、部屋の準備をさせておく、飯は俺と一緒でいいのか?」
「あぁ構わない。いろいろ話したいこともあるしな。それに……」
そこまで言って、ステバンは言いにくそうに口を閉じた。それでもすぐにじっとこちらを見て言葉を続ける。
「……もしよければ、どこかで時間が作れたら、軽く剣の相手を頼めるだろうか」
その返事をセイネリアは一瞬、迷った。さすがに表情には出なかったと思うが、それを了承するかどうか考えた。
ステバンがわざわざ自分を訪ねてきたのであるから、本人の恰好を見てなくても、目的は試合をしたいというのはその名を聞いた時から分かっていた。だから彼を通した時点でその場合どうするかも考えてはあったのだが。
「……分かった、食事前に軽くで良ければ」
だがステバンはそれに即反応を返さなかった。一瞬真顔で止まった彼は、ワンテンポ遅れてから苦笑して言った。
「ありがとう。だがもし、都合が悪いのであればいいんだ。無理は言わない」
「いや、問題ない」
どうやら迷いが彼に分かるくらいには表に出てしまっていたらしい。彼を通した時点で手合わせをするつもりがあったのに、実際の返事に躊躇した自分に苦笑する。
この続きでここでの会話はあと1話。