2・訪問1
首都セニエティの中で、大規模な傭兵団の拠点は許可された場所にしか作れない。そこはいわゆる貧民街と呼ばれる西の下区と一般民がいる地区との間で、場所柄治安は当然良くない。一応表に出られない者達の巣窟になっている西の下区よりは危険度は下がるが、それとは別に大手傭兵団の連中が絡んでくる可能性があるため、自分で自分の身を守れる自信がない人間なら決して一人で行くべきではない場所だと言われている。
とはいえ逆を言えば、自分の身を守れる程度に腕に自信がある人間なら普通に使う道ではある。なにせ当の傭兵団の連中はこの道を使っているのだから。
多少絡まれた程度なら上手く逃げる自信はあるし、戦いになったとしても下っ端相手ならそうそう遅れをとるつもりはないが――考えながら、ステバン・クロー・ズィードは大手傭兵団が並ぶ地区へと足を踏み入れた。
彼の向かっている場所は黒の傭兵団、そして目的はその団の長であるセイネリア・クロッセスと会う事。出来るならば騎士団時代の約束通り、今の自分と今の彼で剣を合わせたくてやってきたのだ。
冬になれば、予備隊のように隊丸ごと入れ替えまではしないからそこまで長くはないが、守備隊も隊の中での交代制で冬期休暇がある。彼が傭兵団を立ち上げたと聞いたから暫くは忙しそうだと思って遠慮していたが、そろそろ軌道に乗ったようだと思って訪ねる事にしたのだ。
ステバンはあれから騎士団内ばかりで外の事情に疎い事を反省して、休日は街に出て冒険者間の噂話を聞いてくるようになった。仕事はしなくても冒険者事務局へ行き、そこにいる連中を観察したり、どんな仕事が募集されているのか等を見るのもかなり有益だった。
そんな事をしていれば嫌でもセイネリアと彼の傭兵団の噂は耳に入ってくる訳で、聞くたびにとんでもないエピソードがついて恐れられる彼の噂を聞くのは楽しかった。その度に、彼とまた剣を合わせたいと思って鍛錬に力が入った。
――これは、随分と立派だな。
目的地についたステバンは、門から見える建物を見て正直ちょっと引いた。彼の傭兵団は貴族がらみの仕事を多く請け負っているからかなり儲かっているらしいとは聞いていたが、それにしても彼の若さでこんなものを建てるとは。――実はセイネリアの指示で正面門とそこから見える周囲は、来る者を威圧するように重々しい雰囲気に作られていたせいもあるのだが、勿論そんな事をステバンが知る筈はない。
「すまない、私はステバン・クロー・ズィードという者だが、この団の長であるセイネリア・クロッセス殿に私が来た事を伝えて貰えないだろうか?」
門のところにいた見張りの二人は顔を見合わせる。
ちなみに今回、行く事を伝言で知らせはしたのだがそれが昨日なので見ていられていない可能性が高い。というのも実は実家に帰る馬車が現地の雪のせいで出発が3日遅れる事になったため、それならと思い切って来てしまったという事情があるからだ。ただ彼が傭兵団を立ち上げたと聞いた時に送った伝言へはいつでも来てくれという返事を貰っているため、居るのなら会ってくれるとは思う、のだが。
「外出中なら出直すが」
二人で見つめ合ったままなかなか返事をしてくれないためそう言えば、彼らもハッとしたようにこちらを向いた。
「あ、いや、すみません、今すぐ伝えに行きます」
慌てて二人の内一人が建物の方へ走っていく。ステバンとしては自分は何かへんな事をしたのかと思うところだが、その理由は門に残っていたもう一人が教えてくれた。
「本当にすみません、一人でやってきてマスター名指しで直接取り次いでほしいって人はそうそう……いないので」
「成程」
様子からすれば、どうやら部下にも相当恐れられているらしい。
ただイキナリそんなやりとりがありはしたものの、建物内へ行った一人が帰ってきたあとは気が抜ける程すんなりと中に通されてセイネリアと会える事となった。
ここから数話は彼の話。