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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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1・契約

ここから最終章です。

 黒の剣傭兵団、セイネリアの執務室は本館の2階にある。この階に部屋があるのは幹部連中だけで、あとは武器庫や会議用の部屋等一般団員が普通は使わない部屋しかない。唯一関係あるのはサーフェスの治療室くらいだが、それはこの部屋からはかなり離れた階段の近くであるから、基本この部屋は外や下の喧噪からすれば静かである。


 日の暮れかけた自分の執務室で、セイネリアは浅く椅子に座って足を机に上げ、腕を組んで目を閉じていた。

 エルがセイネリアと契約してまで叶えたい望みは、彼の弟を殺す事件を起こした者に復讐をする事。

 セイネリアはあえてエルのプライベート関連は調べないようにしていたから、彼に弟がいて、真面目で騎士を目指しているという話以上の事は知らなかった。死んだという話も当然聞いていなかったから、それで初めて知ったくらいだ。


 事件自体は貴族間ではよくある謀略の類で、ただその事件を仕組んだ貴族が相当地位の高い人間であるから調べるだけでもリスクが大きいという話だった。一応カリンに事件について調べて貰って、記録として残っている部分については既に報告を受けている。確かにお貴族様が企てそうな事件だと思うと同時に、やっている事の規模からして相当の大物が絡んでいると思った。

 だがセイネリアは、エルの願いを聞いた後に彼にこう、言っていた。


『お前の望みは分かった。だが契約をするかはまだ保留にしておく。一度こちらで調べて、契約が必要な程の内容かどうか確認してからだ』


 その場で彼の願いを了承する事も、契約をする事も、セイネリアは避けた。というか、出来ればセイネリアはエルと契約をしたくはなかった。その理由はおそらく……彼をただ従うだけの『部下』にはしたくなかったのだとセイネリアは理解している。


 もしも『友』と呼べる存在が自分にいるなら、エルが一番それに近いだろうと思っていた。


 だからもし、エルが契約なんて持ち出さないで弟の件を打ち明けてくれたなら、少なくとも調べるところまでは見返りなしでやっていた。復讐に関しても手を貸すのは構わない、相手がどれだけ上の貴族であっても、『貸し』で動いてやっただろうと思う。

 だが、契約に対しての願いとなれば、受けてしまえば完全に部下と主の関係になるしかなくなる。そう考えたらセイネリアは、契約の了承をその場で決断できなかった。


 別にエルが完全に部下となったとしても、セイネリアが許せば彼はちゃんと意見を言ってくれるだろう。カリンは完全にセイネリアの部下だが、意見を言うし、自分の判断で動く事が出来る。だからエルも、今までと大きな違いはない筈だった。

 団内での関係としては、別に大きく変わるものでもないし、勿論仕事のやり方が変わる訳でもない。エルはもとから団内の裏事情を知っている人間であるから、新たに秘密を知らせる訳でもない。

 考えれば考える程、彼と契約しても変わる事はない筈だった。


 だがセイネリアは、ここで彼と契約してしまえば後悔する気がして仕方なかった。


「調べて……おけば良かったのか?」


 エルの行動を注意して見張らせていたなら、そしてセイネリアが騎士団にいた間の彼の行動を調べていたなら、彼の弟の件は分かっていた筈だった。それでさっさとこちらで事件を調べて、復讐をするなら手を貸すぞと話をもっていったなら――現在の関係のまま、彼の願いを叶えてやれたのかと思う。


――いや、だめだな。


 大きすぎる貸しは彼の重荷になる。結局こちらが動けば動くだけ、エルはセイネリアから立場的に下がってしまう。おそらくは……現状となんら変わりない。まともな善人というのは、大きすぎる借りを重荷に思う。返せないで借りっぱなしの状況は、自らをうしろめたさで追い詰める。

 復讐の対象が思った程の相手でなかったのなら、まだ契約までの必要はないと言えたところだが……それもないだろうとセイネリアは思う。

 結局、今のセイネリアには、彼の望みをかなえるためには契約をするという選択肢しかないと結論づけるしかなかった。


 だが、それを決断する事にこんなに迷うのはなぜなのか。

 確実に、後悔すると思うのはなぜなのか。

 それは言葉には出来ないが、それでも気分が妙に冷えていくのは分かった。


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