52・エルの決断2
この話でこの章は終わりです。
どうみても決心が固まったという顔をしているエルからして、今の発言は相当に考えた末の結論なのだろう。だから彼が考えを覆すとは思えなかった。けれどもセイネリアは彼に言っていた。
「立場としては現在でも部下だろ」
言われたエルはニカっと笑う。ただし、眉を寄せて。
「まぁな、でも今の俺達は……まぁ、ちっと微妙な関係でもあっからな」
「どう微妙だ?」
「お前はもとからちゃんと部下の話を聞く奴だし、一方的に押し付けるようなやり方はしない。かといって甘い雰囲気なんか全然ないからお前をなめる奴なんかいねーし、なんつーか上に立つ人間としちゃすげーと尊敬してる」
「何が言いたい」
「そうだな……お前は理不尽な命令はしねぇし、部下には基本公平だけどさ。……俺にはちぃっとばかり気ィ使ってないか?」
今度はセイネリアが眉を寄せる。エルは困ったように頭を掻いた。
「そりゃさ、俺の事情を尊重してくれんのは嬉しいし、一応ここじゃただの下っ端じゃねぇから地位的に優遇されて当然っちゃ当然なのかもしんねーけどさ。なんてーかさ、お前他の人間に比べて俺の事やけに心配してくれてるってゆーか、気遣って手を回しすぎてるっていうか、うーん……まぁ尊重し過ぎじゃねって事だ」
つまり彼が言いたい事は、セイネリアがエルを特別扱いしているという事だろう。ただセイネリアからすれば、それには当然の理由がある。
「心配、というより、団にとってお前が欠けると困るからだ。大事がないように手を回していて当然だろ」
エルは困ったように視線をさ迷わせながら返してくる。
「んー……そりゃまーそうなんだろうけど……なんてーかな、この間の見張りの件だってそうだけど、俺に人付けンのは構わないんだよ。お前の立場的には一方的にそうするぞって言って俺につければいいだけの話だろ? まず何でこっそりつけたんだよ」
「お前的には嫌だろ」
「まぁそりゃな。でもこっそりつけたほうがもっと俺がムカつくと思わなかったのか?」
「思ったが、お前に不自由をさせたくなかった。誰か付いてるとなったらお前だってやりたい事が出来ないだろ」
「……だから見張り役には、わざと俺とは距離をとって極力俺のプライベートな部分は見聞きしないように言ってあったのか」
「そうだ。あくまでお前に何かあった時のためにつけただけだからな、お前の行動をチェックする必要はない」
そこでエルは額を押さえると、ふぅーとわざと見せつけるかのように長いため息を吐いた。
「うん、やっぱ、お前は俺に気ィつかいすぎてる。しかもお前お得意の先読みで対処するからおかしくなってンだよ。そもそも俺は例の契約をしてなくても団じゃお前の部下だ、お前がここのトップなんだから、俺の機嫌をうかがう必要はねぇだろ」
「機嫌を伺う?」
それは意外な言葉だったから、セイネリアは聞き返す。
「そーだよ、今のお前の説明だと、俺が嫌だろ、とか、俺が不自由だ、とか、俺が不満に思うような事がないように気を使いすぎだ。そらー当然嫌な事はないにこしたことはねぇけどさ、俺の立場として必要な事なら多少の不便は仕方ないと思ってる。人間地位ってモンが上がるごとに不自由が増えてくるモンだからな、俺の身を守るために人をつける、って言われたら文句言わねぇよ」
それで初めてセイネリアも気がついた。確かに、自分はエルに対して彼が機嫌を損ねるような事はないように考えすぎていたかもしれない。
「お前って基本、飴とムチっていうかさ、優遇する分面倒な仕事おしつけたり、相手の意見を聞いた上で自分の意志通りになるようにしたりって駆け引きは上手いじゃねぇか。俺以外にだったら、お前がそうした方がいいと思ったら相手がどう思おうがまず実行して、その後に状況に応じてフォローするだろ。俺にヘンな気遣いするなんてお前らしくねぇ」
言われれば全てがエルの言う通りだと思える。エル以外……例えば彼と立場的に近いカリンに対してだったなら、見張りをつけるならまず彼女に直接言って命令としてつけると思う。エルと違ってカリンが嫌がる事はないと分かっているのもあるが、確かに気を使いすぎているとは言える。
「そこはまー、俺とお前はずっと仕事仲間って事でやってきててさ、団の立場じゃ部下って事になってもその前の関係が続いてるせいってのはあるかなって思ってるんだよ。ただ今後団が大きくなってきたりすっと、それはあんま良くねぇと思うんだ」
「……だから、契約して完全な部下になる、というのか?」
セイネリアがそう聞けば、彼は真剣な目でこちらを見て言う。
「それもあるけど……本当に、俺はお前に頼みたい望みがあるんだ。俺じゃ力不足で、お前でもリスクがあるような内容だ。だから、それに見合った代価として俺が出せるのは、俺自身くらいしかねぇんだよ」
エルの決心は揺るがない。だからセイネリアは、彼に言った。
「分かった。望みを言ってみろ」
この章はここで終わり。一応次の章が最終章です。