50・ギルドの決定
薄暗い店内は近くにいないと相手の顔が見難く、他の部屋の声は耳を澄ましても聞こえなかった。他の客とは顔を会わせなくてすむこの酒場は、確かに密談をするのには都合がいい。実際上の連中に教えたら使っている者もいるようだし、貴族や大商人達に割合繁盛しているらしい――等と考えながら、魔法使いケサランはセイネリアの配下にある、この酒場で彼を待っていた。
注文は好きにしていいとは言われたから酒の一杯くらいは頼んだが、別に大酒飲みではないし、そもそも彼と話すのに酔う訳にはいかない。だから頼んだ酒をちびちびと飲みながら待っていたのだが、ほどなくしてやってきた黒い男の姿を見てケサランはほっとした。
「珍しいな、お前が遅れるなんて」
「あぁ、すまなかったな。事務局によってきたら思った以上に伝言が入っていて、受け取るのに時間がかかった」
「そうか、まぁそこまで待った訳じゃないから構わんがな」
「どうせ俺のおごりだ、遅れた分飲み食いしてくれても良かったぞ」
「別にそんな腹も減ってないし、お前と話すのに酔ってられるか」
会えばまず軽口を言い合うのはいつもの事だ。それでまだ彼がその程度の余裕があるというのを確認する意味もあるのだが、今日は最近にしては彼の持つ空気が少し軽い気もした。
「とりあえず、まずはギルドの決定を報告しとく。魔法使いサーフェスは禁忌を犯したとしてギルドからは追放。魔法使いになる時に授けたもろもろの権利ははく奪。勿論、転送ポイントは使えない。ただし罰則はそれだけだ。少なくともお前の部下としてお前のところにいる限りは拘束等はしないし好きにしていい。ただし、定期的にお前の件について報告義務がある……ていう奴だが……」
「予定通りだな」
あっさりそう答えた黒い男を見て、ケサランは溜息をついた。
実は数日前に、ケサランはセイネリアに呼び出されてサーフェスが植物擬肢の技術で一人の人間を作り上げ、それに魂を入れたという話を聞かされたのだ。同時に、今言った条件でギルド側と交渉してくれと頼まれた。
「ギルド側としてはお前の傍に監視役を置ける、というメリットは大きい。禁忌といっても今回のは他に影響を及ぼすようなモノでもないし、むしろ処分の保留中という弱みがある分、サーフェスはギルドを裏切り難いとも考えられる。それならギルドとしちゃその条件を喜んで飲むだろうな」
「そういう事だ」
確かに最初に交渉内容を聞いた段階で、それはすんなり通るとは思ったが、それにしても……とケサランは思ったものだ。
「しかしな、自分を監視出来る人間を置くという交渉をお前がやるのはどうなんだ」
セイネリア自身にとっては自分に監視がつくなんて話は面白くない筈で、しかも彼は魔法使いを基本嫌っている。
「俺からの話なら、ギルドの上の連中がすぐ動くだろ」
「それは……そうだろうが」
この男がここまでしたというならつまり……と頭を押さえながらケサランは尋ねる。
「そんなに、サーフェスというのを気に入ったのか?」
セイネリアはわずかに笑った。
「あぁ、気に入った」
「お前、魔法使い嫌いだったんじゃなかったか?」
「俺は好き嫌いで相手の話を判断しないぞ」
「それは分かってるが……ともかく、お前がそこまでしてやるなら相当気に入ったんだろうなと思っただけだ」
すると目の前の男は自嘲に唇を歪め、やけに静かな声で聞いてきた。
「奴という人間に感心というか……羨ましいと思ったからな」
それは流石に意外過ぎて、ケサランはすぐに何かを言い返せなかった。だから唇が動いたのはたっぷり2回くらいは深呼吸が出来そうな間の後で、それでも聞いた言葉が信じられない思いで言ったのだ。
「お前が……羨ましいって?」
「そうだ、悪いか?」
いつも通り偉そうにそう返してきた彼に、何故だかケサランの口角が上がる。
「いや……いいとは思うぞ」
羨む、なんて事を自覚出来るのは、彼がまだ普通の人間らしい感覚を持っているという証拠でもある。それが、ケサランは嬉しかった。
だがそこで、セイネリアが唐突に聞いてくる。
「そういえば、魔法ギルドの記憶操作について、もう一つ聞きたいことがある」
ケサランは驚いてまた固まった。
「は?」
「記憶操作で消去した記憶をよみがえらせる事は可能か?」
勿論、それに即答は返せない。ケサランは彼をみて、発言の意図を考える。
「よみがえらせてくれ、という話はしていない。ただ、記憶操作をした当人である魔法ギルドなら、消した記憶をよみがえらせることも可能なのか、という話だ」
こういう時のこの男の表情が読めるとは思えないが、ケサランは考えた末に答えた。
「可能、ではある」
「そうか」
セイネリアが返したのはそれだけで、それ以上その件についての話はしてこなかった
次回はエルとの話予定。