48・魔法使いの昔話1
セイネリアがサーフェスの部屋を訪れれば、魔法使いは部屋の片づけの真っ最中だった。それでも彼はセイネリアの姿を見ると、わざとらしく丁寧に頭を下げて見せた。
「これはこれはマスター、わざわざご足労頂いて申し訳ありません」
「心にもない事を言わなくてもいいぞ、ドクター」
そう返せば彼はははっと笑って、片づけ途中のテーブルとイスを引っ張ってきて座る。そうすれば彼とはテーブルを挟んだむかいにホーリーが椅子を持ってきた。セイネリアがそちらに座れば、やけに浮かれた声で魔法使いは話を続けた。
「彼女、大分普通に動けるようになったでしょ。体を動かす感覚を掴むために動きたいって言って、彼女から部屋の準備をしようって提案されたんだ」
「確かに、かなり『普通』になったな」
反魂術が成功した直後の彼女の動きはかなりぎこちなかった。暫くはサーフェスに掴まりながらでないと歩くこともできなかったし、一人で歩けるようになっても最初は操り人形のような不自然さがあった。
大分自然に動けるようになってきたのを見て皆に紹介したのだが、今はもっと動きが自然になってきているとは思う。
「準備というからには、そろそろ仕事を始められると思っていいか?」
部屋に入った時は単に荷物の片づけをしているのかと思ったが、周囲を見てみれば確かに準備だったというのが分かる。棚や籠には薬草や小瓶が並び、乾燥した薬草類が吊るされて……いかにも魔法使いの部屋らしくなっていた。
「そうだね、2,3日中には……ってところかな。でも病人が出たんならもう連れてきてくれて構わないよ」
「随分やる気だな」
「そりゃね……やっと、僕らの夢が叶ったんだし」
『僕の』ではなく『僕らの』と言ったところでセイネリアは片眉を上げる。それに気づいたサーフェスが幸せそうに笑うと目を閉じて言う。
「僕が魔法使いになれたら治療院を開いて、彼女に助手をしてもらって一緒に暮らそうって。それが、僕と彼女の夢だったんだ」
成程、だから妙にやる気になっているわけか――そうセイネリアは思ったが、彼女がいるようになってから明らかにサーフェスは妙にテンションが高いというか、常に笑っていてやたらやる気があるようには見える。……不自然なくらいに。
「……彼女は、お前の助手になるためにリパ神官になったのか?」
聞けば、魔法使いの顔から笑みが消える。それから暫く真顔で黙って、唐突にまた笑みをつくると棚に瓶を並べていたホーリーに声を掛けた。
「ごめん、ホーリー、ちょっと向こうの部屋の整理をしていてくれるかな。マスターと込み入った話があるんだ」
リパ神官の彼女はそれに頷くとすぐ隣の部屋に行く。それを見届けてからサーフェスは下を向くと、全身から力を抜くような長いため息を吐いた。
「……そうだよ、彼女はそう言ってた」
そうしてぼそりとそうつぶやいたと思うと、下を向いたまま彼は話を続ける。
「村で……僕は見ての通り変わり者だったから、昔から同年代の連中とは気が合わずいつも一人だった。それである日……体が弱くて家に一人でいる事が多かったホーリーと友達になった。彼女の体をどうにかしたくて薬草の勉強をして……それで薬草摘みしていた時に偶然、魔法使いに声を掛けられて弟子にならないかっていわれたんだ」
セイネリアがそこで何も反応せず黙っていたせいか、サーフェスはこちらの顔を見てくると苦笑して聞いてきた。
「僕の事情、聞きたいんじゃない?」
「俺はどちらでもいいぞ」
そうすれば彼は肩を竦めたが、背もたれに寄りかかるとまた下を向いた。
「話したい気分なんだ、あんたには知っておいて貰っていいかなって」
「好きにしろ」
「そうだね、なら――」
サーフェスはまた話しはじめた。
ここからはサーフェスの昔話。彼女が死んだ事情のお話です。