47・笑顔
――あいつが、あんな風に笑うとはねぇ。
と、つい少し前の事を思い出して、エルは溜息をついた。
ちなみにここは自分の部屋で、エルは現在、椅子の背もたれに片腕をひっかけた状態でよりかかり、両足とも机の上に置いているというかなり行儀の悪い恰好だ。いや別に今この恰好を見られたからといって誰かに注意される事はないが。
――望みってのは……やっぱ彼女の事だったんだろうな。
今日の昼前、セイネリアが団員を集めてサーフェスの紹介をした。当然事前にセイネリアから言われて、訓練場に皆を集めておいたのはエルだ。だから別に驚く事はないし、さて皆の反応をみてやるかなんて思っていたのだが……多分、サーフェスを紹介されて、あの中で一番驚いていたのはエルかもしれない。まぁ、他の連中もそりゃ魔法使い様が仲間になりますーなんて言われたんだから驚いていたのは確かだが。
まるで憑き物が落ちたよう、とでもいうように、満面ともいえる笑顔で挨拶したサーフェスの顔にエルは驚いた。というかどん引いた。あまりにもエルの知っている彼の表情と違っていたので。ただ彼の笑顔が隣にいる助手のホーリーのせいだと分かってからは一応は納得した。
サーフェスの話だと彼女は大きい病気をしたせいで喋る事が出来ないそうで、だからリパ神官ではあっても神殿魔法は使えないそうだ。……多分、彼女の病気?は実は相当深刻な状況で、セイネリアが金と魔力と他にもなにか必要なものを用意したりして彼女をあそこまで回復させてやった――と、そんなところだろう。
サーフェスがあれだけ金にこだわっていたのも彼女のためだと思えば、正直あの変わりようも分かるとは思うが……なにせエルのイメージだとサーフェスと言えば基本は毒舌家で、彼の満面の笑顔は大抵嫌味を言う時の顔という認識だ。だから、本当に裏もなく楽しそうに笑う彼というのにはなんか寒気さえ感じたくらいの違和感があった。
ただそれも、彼がずっとそのために働いていたその願いが叶ったからと言われれば理解できはする。
「望み、か……」
足で机を押せば、椅子が傾いて天井が見える。
その天井を見て、エルは考えた。
「俺も、そろそろ決め時かね」
「他に何か、必要なモノはありますか?」
カリンが尋ねれば、目の前のリパ神官の女性はにこりと笑って首を横に振った。彼女の名はホーリー、この団ではサーフェスの助手という立場で、彼の恋人という事らしい。
そして彼女は人間ではない。……いや、彼女の体は人間ではない、というべきか。サーフェスが作った植物擬体に、死んだ彼女の魂が入った状態だという。
サーフェスが来てから10日が経った日、カリンはセイネリアからこの団の医者となる魔法使いの部屋に呼ばれた。そこには魔法使い自身とセイネリアは当然として、目の前のこの女神官が立っていた。
『その方が、後から来ると言っていた助手の方、ですか?』
彼の幼馴染で、おそらくは恋人の。それは前に聞いていたから別に驚きはしなかった。視線を彼女に向ければ会釈を返される。ただそこで紹介のために口を開いたのは彼女自身ではなく、隣にいた魔法使いサーフェスだった。
『彼女の名はホーリー。ただ彼女には秘密があって、貴女だけには話しておいた方がいいと思ったんだ』
そこでカリンは彼女の体が作り物で、話せない事や、リパ神官であっても術が使えない事、まだ体に慣れない内は動きがぎこちない事があるかもしれない等を伝えられた。彼女の事情は団員達には秘密であるが、女性として全ての事情を知って相談に乗れる相手がいた方がいいだろうという事でカリンにだけは打ち明ける事にしたのだという。
ただそれを聞いて、セイネリアが少し前にしてきた話の理由が分かった。『死んだものを生き返らせたいと思ったことがあるか』などと、それを望んだ事がないだろう男が聞いてきたのだから少し違和感があったのだが、サーフェスが彼女を生き返らせたいと主に願ったのだとしたら話が繋がる。
「他にも何か、必要なものや聞きたい事があれば何でも言ってくださいね」
彼女は話せないが、身振り手振りで大体は分かるし、細かい内容なら筆談という手もある。
それに彼女はまたにこりと笑った。瞳の動きはまだ慣れないからといって今は目隠しをしているが、どれだけよく見てもカリンには彼女は本物の人間に見える。植物擬肢といえば腕や足一本作るのにも相当手間が掛かると聞いているから、人間一人分の体をこれだけの完成度で作るなんて一体どれくらいの手間が掛かっているのだろう。
ただ、それが愛しい人間の体だったのなら、魔法使いがどんな手間も惜しまず最大限の力を注いだのは間違いない。
彼女と初めて会った時、横にいたサーフェスは本当に幸せそうな顔をしていた。だからそれを思い出してふと、カリンは聞いてみたくなった。
「貴女は今、幸せですか?」
彼女はにこりと微笑んで、そうして頷いた。
次回はサーフェスとセイネリアの会話、かな。