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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十九章:傭兵団の章三
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46・アルワナ神殿にて3

 サーフェスはまだ彼女を抱きしめて泣いていた。嗚咽の声は大分小さくなっていたが、それでもまだ続いていた。それを眺めながら、セイネリアは昨夜、サーフェスの部屋から帰った後、カリンと話した事を思い出していた。


『死んで蘇生も叶わなかった者を生き返らせたいと思った事があるか?』


 カリンは最初、それに即答で、いえ、と返した。もとは暗殺者として育てられた彼女にとって死は身近だった筈だ。だから答えも予想通りだった。だが彼女は、それから少し考えて真剣な声で言ってきた。


『ですが、願う気持ちはわかります』


 それはセイネリアにとっては意外な言葉ではあった。カリンは暗殺者として死というものが軽い世界で生きてきていた。だから死んだ者に執着するとは思えなかったのだ。


『もしボスが亡くなったのなら、生き返らせる方法があれば私はどんな事でもするでしょう。ボスがいなければ、今の私に生きている意味がありません』


 だがそれで理解した。今の彼女は自分の存在に執着があるのだと。彼女が自分に向ける感情が何であるのかなんて事はどうせ理解できないから考えないが、今の彼女にとっては自分がいる事が必要なのだと、そう思っているという事は分かった。


 部屋の中、サーフェスの嗚咽の声はまだ続いていた。


 それは、今まで溜まっていた彼の感情を吐き出しているものなのか、最初に比べかなり小さくなってはいたが、時折咳き込み、詰まらせながら、それでも彼はただ声をあげる。何事も理論的に考えて頭のいい筈の魔法使いが、言葉を忘れたかのように声を吐き出す事しか出来ない。そうして彼女はその彼をただ抱きしめて、なだめるように背中を叩く。もし彼女の声が聞こえていたなら、子守歌でも歌っていそうな、そんな光景だった。

 そこで、同じくただ彼らを見ていた神官がこちらを振り向いた。


「暫く、2人だけにして差し上げた方がいいでしょう」


 そう言ってからセイネリアに目で合図をして歩きだしたので、セイネリアは彼についていく事にした。どうせサーフェスは感情を吐き出し終えるまではあのままだろう。

 反魂術用だというこの部屋の出入り口は一つしかない。神官は出口傍に掛けてあったランプを一つ手に取ってそこから出ると、廊下に出てすぐ傍にあった小部屋入った。そこは真っ暗ではあったが、神官がランプ台にランプを置けば部屋全体が明るく照らされた。


「あんたは、どこまで知ってる人間だ?」


 セイネリアは聞いてみる。神官は特に動揺した様子もなく、椅子を引いて座った。セイネリアもテーブルを挟んでその向かいにある椅子に座った。


「どこまで、というと、何をです?」

「そうだな、例えば彼女の体に違和感がなかったか?」


 灰色の布で目元を隠したままの神官は口元だけをわずかに吊り上げる。


「それはお答えしないほうが双方共にいいと思いますが」


 その返事はつまり、あれが本物の彼女の体でないという事は分かっている、という事だ。


「死者から話を聞けるだけあって、あんた達には全てお見通しというところか?」


 今度はそう言ってみれば、神官は口に手を当てて少し考えた素振りを見せた。


「そうですね……死者と話が出来る能力を持つアルワナ神官には、基本的に隠し事はできません。死者はどこにでもいます、彼らが見て聞いた事を我々は知る事ができるのですから。ただ勿論、例外はあります」

「例外?」

「はい、一つはあくまで死者が見て聞いたモノですから、外部から見聞きしただけでは分からないモノ……その人間がどう思っていたか等は分かりません。もう一つの例外は、死者が近寄らないような場所で起こった事ですね、それも分かりません」


 言って神官は意味ありげに唇を歪める。その意味を察してセイネリアは聞き返した。


「例えば、俺の事とか?」

「えぇ、貴方の傍に死者は近づきませんから……確かに貴方の事は分かり難いですね。貴方のように死者が近づかない人や場所の事は分かり難いですし、わざと死者を寄り付かなくさせる術などもありますから、全てお見通しとまではいきません」


 死者を寄り付かせない術……そういうのは魔法ギルドの連中が使ってそうだ。三十月神教の神殿魔法は、もともと魔法使い達が作った彼らの魔法と同じものであるのだから彼らが対策をしていない筈はない。

 とはいえそれも完全ではないのだと思われる。どう見てもこの神官は、多少なりとも魔法使いの秘密を知っているように見えた。


「俺がどういう立場の人間か、あんたは分かっているんじゃないか?」


 聞いてみれば、神官は肩を竦めてみせた。


「おそらく、貴方が思っているほど私は知っていませんよ。貴方から魔力がいくらでも貰えるというのは最高司祭様から言われた事です。それ以上は詮索するなと言われています」

「そうか……」


 この神官の言葉を鵜呑みにするかは置いておいて、各神殿のトップは魔法使い達と繋がっている筈だから、それなら納得できる事ではある。とはいえこの神官も、ある程度は事情を知っている、少なくとも何かしらセイネリアが普通の人間とは違う状態、というのは分かっていると思われた。

 流石に高位の神官だけあって、目の前の男は落ち着き払っていてその様子から探るのは難しい。ただ少なくともこちらに対して好意的であるのは確かであるから、ここはこのまま流しておいた方がいいだろう。

 そうしてセイネリアが口元を歪めたところで、反魂術用の部屋の方から足音が聞こえてきた。勿論、2人分の。


「落ち着かれましたか?」


 こちらの部屋の前に姿を現したサーフェスにそう声を掛けたのは神官だ。

 サーフェスは隣にいる『彼女』の体を支えながら歩いていたらしく、こちらを見ると微笑んだ。


「はい、もう大丈夫です」


 あの魔法使いがこんな顔をするのかと思うくらいに、その時の彼の笑みには曇りなく……幸せそう、という言葉通りの顔に見えた。


反魂術の話はここまで。次回は軽くエルの話。

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