43・彼女の体2
「そしてここからが重要なんだけど……植物擬肢の技術で人間一人の体を作るって事はね、所詮、見た目を似せただけの偽物、ただの人形を作るだけの事なんだ」
「どういう意味だ?」
サーフェスはそこでこちらを向いて顔を見てくる。その目はどこは虚ろで、こちらを見ていても実際は見ていない様子だった。
「言葉のままさ、あくまでこれはただの人間そっくりにつくった人形であって、この体に人間としての機能はない――と、いっても分かりにくいよね。ならまずは植物擬肢の理論について簡単に教えようか」
虚ろな目のまま、彼は口元に苦笑を浮かべて、それから事務的な口調で話し出した。
「植物擬肢というのは、まずいろいろな植物を作り変えたり組み合わせたりして、人間の手とか足とかそっくりの形のものを作るんだ。そうして体に取り付ける訳なんだけど、物理的に体にくっつけた後にね、その人間の魔力を擬肢につなげるんだ」
「つまり、擬肢を動かすのにその人間の魔力を使うのか?」
「そういう事。勿論魔力が伝わって動かせるように作ってあるけど……実際ちゃんと使い物になるまでは大変でね、まぁ余程保持魔力が低い人間でもな限りは慣れればどうにかなるよ、手足指を動かすっていうのは誰でもイメージしやすいからね」
その言い方でセイネリアは気が付いた。
「つまり、本人がイメージ出来ない事は出来ない、という事か?」
「うん、単純に言えばそうだね。だから口を動かす事はイメージ出来るから可能だけど音を出す原理はイメージ出来ないから声は出せない。内臓なんてないから勿論食べられないし、人間らしい生理現象もない」
「そうなると目や耳もただの飾りか」
「そう、形だけはあるけどその機能はない。ただ魂が直で知覚出来るから多分どうにかなるんじゃないかな、彼女は魔力が高かったしね。魔剣もそうだけど、本人の魔力が高い程自我を保ちやすいし、入れ物を動かしやすい。僕も彼女の魔力が低かったらこの方法で生き返らせるのは諦めてたよ」
そこまで聞けばセイネリアも、彼女の復活が成功したとしてどのような状態になるのかが想像出来た。つまるところ見た目だけをマネて作った人形が、彼女の魔力で動くようになるだけなのだ。サーフェスがここへ来た時、『彼女には不自由なところがある』と言っていたのはそれがあるから予め言っておいたという訳だろう。
――そんな状態で生き返りたいと本人が思うのか?
普通に考えればそう思ってしまうのは当然ではある。貴族共にその状態でも生き返りたいかと聞けば即答で肯定は返せないだろう。とはいえサーフェスがそれを考えなかったとは思えない。だから当然セイネリアが思っただろうことをすぐ理解して、頭のいい魔法使いはうっすらと唇に笑みを纏った。
「分かってるよ、彼女に対して僕はかなりひどい事をしようとしている。どうしても彼女に生き返ってほしい、傍にいて欲しいというのは完全に僕のエゴだ。けれど彼女は許してくれた、僕の傍にいてくれると言ってくれたんだ」
彼の瞳は完全に狂人のそれだ。けれど、正気でもある。これは彼が正常に行動出来るまま、根本の部分のどこかが壊れてしまっているからだろう。……まさしく、自分のように。
ただ大きく違うのは、彼には執着するものがあって自分にはないという事だ。
壊れた自分は目標も望みも全て無くなってしまったが、彼はなくしたモノを取り返すという目的がある。彼女という存在に対する執着がある。
正直、セイネリアにとっては彼の持っている『執着』が羨ましかった。
強く望むものがある、願うものがある、その事自体が羨ましかった。
彼の望みが叶った時、彼が満たされるのか、幸せといえるのか、その顛末を見たいと思った。ただおそらく、彼が彼女を大切に思っているのなら――。
「お前の望みが叶った時、お前は後悔するかもしれない」
言えば彼はこちらを睨んできた。
「分かってるよ。きっと後悔はするだろうね。彼女を動く人形にするんだ、自分のエゴの醜さにのたうち回るかもしれない。……それでも僕は彼女が必要なんだ。彼女が死んでからずっと、そのためだけに生きて来たんだ。彼女がいないままなら、僕は生きている意味がない」
この男にとっては、生きているために彼女が必要だという事なのだろう。どれだけ苦しんでも、彼女が傍にいない事の方がこの男にとっては耐えられない事なのだ。
金を稼ぐ事にこだわっていたのも彼女の体を作るためであるから……少なくとも年単位でこの男はずっとそれだけを考えて生きてきた。たとえそれが叶ったとしてもそのままの彼女が帰ってくる訳ではなく、ヘタをすれば現状よりももっと苦しむ事が予想出来ていても、この男はその望みだけに執着して、そのためだけに生きてきた。
正直なところ、そこまでの覚悟と執着で望みをかなえようとした人間をセイネリアは他に知らない。死んで蘇生が出来ない状態の人間を生き返らせるなんてあり得ない事を、それでも諦めず実現させようとしたこの男の執念にセイネリアは……多分、感動ともいえる感覚を感じていた。
セイネリアは彼の顔を真っすぐ見て口を開く。
「……明日は必ず成功するだろうよ」
自分が心からそれを願うから。
不老不死なんて馬鹿な願いを叶えて余りある剣の力が自分に流れているなら、おそらくセイネリアが強く願えば願う程術の成功は確実に近づく筈だった。だから成功する、それは間違いないと思えた。
唐突な言葉は彼にとっては意外だったのか、魔法使いの青年は先ほどまで狂気に濁っていた紫の瞳を大きく開いて、そこから暫くセイネリアの顔を見ていた。だがその後、唐突に笑いだして、そうしてこちらに言ってきた。
「不思議だね、あんたが言うと本当に成功する気がするよ」
そんな訳で植物擬肢と彼女の体の原理の説明&サーフェスの狂気っぷりのお話でした。
サーフェスはいわゆるマッドサイエン〇ィスト的キャラです。