41・彼女
セイネリアとの契約が決まってすぐ、サーフェスは傭兵団へやってきた。
荷物はかなり多い上に慎重に運ばないとならないものが多かったから、セイネリアはアリエラに事前に協力を要請しておいた。というのも彼女はかつて師であるメルーが作っていたようなどこからでも取り出せる異空間の倉庫を作れるようにしているところだと前に言っていて、連絡を取って確認したら今なら出来ると返ってきたからだ。
「今回は本当に助かったよ、ついでにこの空間ってそのまま残しておく事って出来ないの? そうしたら別にここから運び出さなくて良くなるよね」
「あのね、この手の倉庫は術者の魔力と結びついてないと存在を維持できないの。冒険者の荷袋だって、所有者が死んだら暫くして消えるでしょ。となると開けるための鍵を私ももってないといけないんだけど、そうすると私も好きに開けられる状態になるわよ、それでいいの? それにもし私が死んだら中身ごと空間が消えるけど?」
それにはあからさまにがっかりした顔をしたサーフェスを見て、アリエラは得意げに腕を組んだ。
「そういう事だから、さっさと運び出して」
そうして彼女は部屋に待機していたこちらに向かって、偉そうにそう言ってくる。
「へいへい」
面倒そうにそう返事をしながら、エルがアリエラの方へ歩いていく。それにクスリと笑みを浮かべてカリンが続く。魔法なんてものと縁がなかったようなラダーは恐る恐るといった様子で近づいていき、それからセイネリアもそちらに向かう。そうすれば当然、後ろに控えていたクリムゾンも来る。
「マスターも……運ばれるのですか?」
そう聞いてきたのはラダーだ。
「俺が一番力があって一度に多く運べるのに遊んでいる理由はないだろ」
「あ……いえ、そうではなく」
「そもそも使える人数が限られてるからな、俺が動かないと夜中までかかるぞ」
それでラダーも口を閉じた。
植物系魔法使いというのはいろいろな植物を集めているからとにかく荷物が多いものらしい。特にサーフェスの場合は擬肢作りをしているから、試作品が大量にあってそれを運ぶのがかなりの仕事となる。アリエラが先にこの倉庫を作って鍵を彼に渡しておいたから、倉庫に入れるまでは数日がかりでサーフェスが自分でやったが、こちらに出す分はそんなに悠長に数日掛かりでやってもらう訳にはいかない。かといってサーフェスの立場的に団の人間を総動員する訳にもいかず、使える人間は限られている。これでセイネリアが偉そうに指示だけしているなんてやれる訳がなかった。
「重いのは俺が運ぶ、ただし慎重に運んでほしいのがあれば先に言っておけ」
「あー……じゃ、とりあえずあんたはそっちの木箱類を頼んでもらっていいかな。基本は向こうの部屋の奥に積み上げておいてくれればいいんだけど、上に魔法陣が描かれてる箱達は慎重にね、それでそれらは同じ場所にまとめて置いておいてくれる?」
「分かった」
セイネリアはそちらに向かったが、そこで付いてくると思っていた男が突っ立っていたから声を掛ける。
「クリムゾン、お前もこっちだ」
だが彼はサーフェスを見たまま動かない。その理由にセイネリアが思い至ったとほぼ同時に赤い髪の男が声を出した。
「この方はお前の主だ、呼び方に気をつけろ」
サーフェスもクリムゾンの様子からすぐわかったようで、肩を竦めつつも素直に返した。
「あー……はいはい、それじゃマスターよろしくお願いします」
暇な時ならともかく、この状況では大人しく言う通りにした方がいいと彼も思ったのだろう。一応はそれで納得したらしいクリムゾンは、くるりと踵を返してこちらに向かってくる。
サーフェスがこの団で医者役をするのなら、少なくとも部屋は2つ必要になる。一つは病人を見るための部屋で、もう一つは倉庫兼寝室だ。しかも彼の目的が成功すれば、ここは2人で住む事になる。だから部屋も広めのところを割り当てはしたのだが、彼の荷物は予想以上に多かった。
「とりあえず荷物は一旦、こっちの部屋に全部置いてもらおうかな」
「そうすると寝る場所がなくなるぞ」
「向こうの部屋にもベッドあるじゃない」
「あれは病人用にと思ったんだが」
「整理が終わるまでは僕が使っててもいいよね、どうせすぐにベッドが必要な程の重病人なんて来ないだろうし」
「好きにしろ」
そんな話をしていたら、エルもやってきた。
「ってか、こっちが寝室じゃねぇのかよ、ベッド2つあるからこっちがお前の仕事部屋だと思ったぜ」
「あぁ、それは、あとで助手が来るからね」
「助手ゥ? 弟子でも取ってたのか?」
サーフェスはそれにちょっと照れ臭そうに笑う。エルは気づいていないが、その目の奥には狂気があった。
「幼馴染で僕の一番大切な人さ。彼女はずっと僕の仕事を手伝っていてくれてたんだ」
「へー……そら羨ましいことで」
エルはわざと顔を顰めてみせたが、すぐに笑う。おかしいとは思っていないのだろう。
「今頼み事をしてあって遠くに行ってもらってるところだから今回ここにいないけど、来たらちゃんと紹介するよ」
この場でサーフェスが言う『彼女』の事情を知っているのはセイネリアとサーフェスしかいない。それ以外の者で、現状それを疑っている者はいない。
「ただ彼女、ちょっと不自由なところがあって人前に出たがらないから、団の人たちとの付き合いはあまり出来ないと思ってくれるかな」
「そうなのか? いやまぁ、どうせ一緒に仕事行く訳じゃねぇし、無理にこっちに合わせて出てこいとかはいわねーよ」
「うん、ごめんね」
最初このやりとりは、彼女が極力他の団員と会わなくて済むためのものだろうとセイネリアは思っていた。だがその後にセイネリアはサーフェスからその理由を聞いて、成功したとしても彼女が『不自由』である事は仕方ないと理解する事になる。
次回は数日後、サーフェスとセイネリアの2人だけで話すシーン。