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星石伝説  作者: 此花ひらく
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4. 巣立ち

 その声は若い男の人特有の、さっぱりとした声でした。

 そして青年は細面に金色の髪と、灰色の瞳を持っていました。すらりとした体にはイギリス紳士の青年が着るようなスラックスとベストを着て、腰には先ほど化け物を倒したレイピアと麻布を巻いた木の棒をぶら下げていました。

 どう見ても日本人とは思えないような青年から発される流暢な日本語が、ひどくチグハグな印象でした。


 灯里はその姿に目を白黒させていましたが、美海は大喜びでその青年にお礼を言いました。


「ありがとうございます! 助かりましたっ。命の恩人です!」

「いや、いいんだよ。それにしても君達、女の子だけでよくゴラムと立ち向かおうとしたものだね。大したものだ」


 これには少女たちは大変驚きました。あんな化け物、誰も見たことがない思っていたのに、この青年はよく知っているような口ぶりだったのですから。

 まりがおずおずと確かめるように聞きました。


「ゴラムってあの化け物のことですか?」

「ああ。そうだよ。普通は丸腰で戦う相手じゃない。次会ったときは戦おうなんてしないですぐ逃げるんだね」

「え? もう死んでるんじゃないですか?」

「ああ、こいつはね。だがこの町に入り込んで来たのが一匹だけとは限らない」


 この化け物が他に何匹もいる。それはつい先ほどまでこの化け物と死ぬ思いで戦っていた彼女たちには絶望的な響きを持っていました。

 そんな美海たちを見て、青年は安心させるように笑いました。


「ははは。大丈夫。全部(わたくし)が退治しよう! そのために来たんだしね」

「そうなんですか!? ありがとうございます!」


 美海とまりは、ボロボロになって動くことができない灯里の分もなんども繰り返し感謝の意を述べました。


「それで、お兄さんのお名前はなんていうんですか? 私は宇佐野美海。こっちが川原まりで、この子は星野灯里って言います!」

「うん。わたくしの名はスパイク・ベアホーネット。スパイクと呼んでくれればいい。ところで、灯里さん? 君はなかなかに無茶をしたね。大丈夫かい?」


 スパイクはそう言って灯里に手を差し延べました。

 灯里はまりとスパイクの手を借りてゆっくりと起き上がりました。

 うつ伏せの状態でなんども踏みつけられたので、顔が傷だらけで、身体中いたるところに血が出ていました。鼻は潰れて血が出ていました。


「まあ、ひどい! ああ、早く病院に連れて行ってあげないと!」


 まりはそう言いましたが、三人のスマートフォンはとうの昔に壊れ、救急車を呼ぶことはできませんでした。そもそも救急車を呼べたとして、すぐに来てもらえるような状況でもなく、この廃墟となった街の中に病院が未だ残っているかどうかも疑わしいところでした。

 まりと美海がどうしたものかと狼狽えていると、青年が穏やかな声で言いました。


「その石の力を使えばいい。癒しの光の加護を得られるだろう」


 これには三人の少女たちはギョっとしてしまいました。つい先ほど現れた青年がどうしてこの石のことを知っているのでしょう。そして、この青年は灯里たちよりも石について詳しい様子でした。

 まりは平静を装って青年に聞きました。

 

「なんのことでしょうか?」

「灯里さんが持っている石だよ。あれだけ必死になって守ってたんだ。特別な石であることはわかってるんだろう? その石の力を使えばこの程度の怪我ならすぐに直すことができるはずだ」


 灯里は美海の体に寄りかかりながら、か細い声で聞きました。


「あなたはこの石について、お詳しいんですか? もしそうなら、私たちに教えてください」

「いや、残念だけど。わたくしは君たちにはこれ以上何も教えられないな。それよりはまず、君はその体を癒すといい」

「どうすればいいんですか?」

「わからない。とにかく思いつくようにやってみるしかないだろうね」


 灯里は石を探していた時のことを思い出して、その時と同じように、祈るように腕を組みました。ただし、今回は両の手の中に青い石を握って。

 自分の心の中の雑念を押しのけて、自分の手の中にある石に願いました。自分の体を癒してください。そして、この痛みから解き放ってください。そう、強く望みました。

 

 すると周囲を照らしていた不思議な明かりが徐々に灯里の手の中に集まって行きました。それと同時に、灯里の指の隙間から眩い輝きがこぼれ出て、灯里を包み込みました。


ーー暖かい。 


 それは赤ちゃんがお母さんに抱かれている時のような、とても安らいで落ち着く温もりでした。その温もりがゆっくりと灯里の体を癒していきました。

 そして、石の輝きがゆっくりと弱くなり、最後には、光は消えてしまいました。その頃には灯里はすっかり傷もなくなって元どおりになっていまいた。


「治った! すっごーい! ……でも、真っ暗になっちゃったね」


 灯里はぴょんぴょんと跳ねて喜んでから、辺りを見回しました。

 すでに日は沈みきり、二つの(・・・)月と星々の明かりだけが瓦礫の町を静かに照らしていました。

 どうしよう。と、灯里が困った顔をしていると、美海が呆れて言いました。


「そんなの、また石を光らせればいいじゃん」


 すると灯里が首を振りました。


「そうだけど! ……けど、この石疲れてるみたいなの」

「へえ。そんなのわかるんだ!」

「なんとなくだけど、そんな気がするの」

「言うこと聞いてくれないって感じ?」

「ううん。……多分お願いしたら光ってくれると思うんだけど、それじゃあ何だかかわいそう」


 美海は首を傾げました。


「石がかわいそうって?」

「うん」

「……そう」


 美海は納得していないようでしたが、それ以上追求しませんでした。

 そんな二人を黙って見ていたスパイクがくすりと笑って言いました。


「それでいいよ。その石の力は無闇に使わないほうがいい。それにわたくしがすこしばかりの灯りを提供できるよ」


 そう言うとスパイクは腰に下げていた木の棒を引き抜き、布に油を撒きました。そして何か石のようなものを鳴らして火をつけました。そこで少女たちはやっとそれが松明だと気付きました。

 スパイクは松明を瓦礫で挟んで固定し、その隣に腰掛けました。


「こんなものでも1時間程度はつ。その間に話を済ませておこうか」

「話、ですか?」


 少女たちは顔を見合わせました。

 スパイクは少女たちにも座るように促して、静かな声で聞きました。


「君たちはわたくしと会う前からその石が特別なものだと知っていた。そうだね? じゃあ、どこでその石のことを知ったか教えてくれないかな?」

「それが……」

「それはダメです!」


 まりが美海の開きかけた口を押さえてピシャリと言いました。


「あなたは先ほど、私たちにはもう何も教えないと仰りました。それなら私たちもあなたには何もお話しすることはありません」

「……ふむ。それもそうだね。それならその話はいいよ。では次の質問。その石を譲ってくれないか?」


 すると三人はとっさに身構えました。まりと美海は灯里をかばうように前に出て、灯里はぎゅっと石を握りました。

 その様子を彼はじっと見つめ、頷きました。


「よくわかったよ。ありがとう。今の話もなしだ。今度こそ本当の質問だ。あてはあるのかい?」

「えっと……?」


 少女たちは団子のようにかたまりながら、鼻が擦れ合うほどの距離で互いに顔を見合わせました。そして、どう答えていいものやら、そもそも答えるべきなのかどうか、と頭をぐるぐると回してしまいました。

 そんな灯里たちの様子を面白がるように見て、スパイクは言いました。


「もし、君たちがその石について知りたいのなら、この町をずっと西に行ったところに大きな森がある。なぜ森なんて、とは聞かないでくれよ。とにかくあるんだ。そこに行ってみるといい。ただし、夜が明けてからだ。夜の森は危ないからね。そしてそこで長老の木を見つけなさい。他よりもずっとずっと大きな木だ。君たちの知りたいことのいくらかはその木が知っているよ。それじゃあそろそろわたくしは仕事に戻ろう。ではさらばだ。可愛らしい友人たちよ!」


 そう言うと、彼は松明を置いて立ち去りました。取り残された少女たちは松明を持って慌てて彼のあとを追いました。しかし、松明は暗がりの中をさほど遠くまで照らしてはくれず、スパイクのあとを追うことはできませんでした。

 そして彼女たちは彼を追うのを諦めました。


「結局あの人、何者だったんだろう?」


 美海がつぶやくように言って、灯里もまりもわからないと首を振りました。美海は首を傾げました。そして助けてもらったのに、大してお礼も言えなかったことも残念に思いました。

 しばらくして、まりが灯里に聞きました。


「どうする? 森、……行ってみる?」

「うーん。あの人、結局いい人だったのかなぁ。助けてくれたし、いい人だと思いたいんだけど。……信用していいのかはわかんないよね」

「でも私、行くべきたと思うわ。他にどうすればいいか、わからないんですもの」


 それには灯里も美海も同意して頷きました。

 まりは続けて、掠れて消え入りそうな声で言いました。


「でも、その前にお家、確認しておきたいわ」


 自分たちの家。それがどうなっているのか。おそらく他の建物と同じく跡形もなく潰れてしまっているだろう家。それでも彼女たちは確認しておきたいと思いました。そうしないともう2度と見られない気がしていました。

 しばらくして、美海が声をはずませて言いました。


「そうだね。見に行こう! ここからだったら灯里のうちが近いし、灯里のうちから順番にあたしたちの家、見て回ろう。それが終わったら、西の森へ行こう!」


 灯里もまりも頷きました。そして、彼女たちは松明を持って歩き出しました。

 瓦礫の山になってしまった町は、夜になると、もうどこもかしこも見分けがつきませんでした。


 それでも自分たちの記憶と照らし合わせ、痕跡を探し、灯里の家に、家であったところにたどり着きました。

 そこにはすでに家はなく、他と同じように瓦礫の山が積まれていました。


「ママ。パパ。帰ってきてたのかな。ううん。私が家を出た時には誰もいなかった。……でも会社は? あの時、外にいたのかな? 今どこにいるのかな?」


 抑えていた気持ちがどっと押し寄せてきて、灯里の目からはとめどなく、涙が溢れてきました。隣で美海たちも同じように泣いていました。

 灯里の足はいつのまにか、自分の家だった瓦礫の山を登っていました。瓦礫の中にキラリと光るものが見えたのです。それが何か確かめようと、おぼつかない足取りでゆっくりとその光を目指しました。


「写真。去年旅行で撮った……」


 それは2回の両親の寝室に飾ってあった家族写真でした。そこには山を背景に灯里とその両親が笑顔で写っていました。灯里はそれを服の内ポケットの中に大事にしまいました。


「行こう。もう私は大丈夫だから!」


 灯里は涙を拭って二人の親友に言いました。彼女たちは黙って頷きました。

 それから、彼女たちは順番に家を回りました。

 もしかしたら、瓦礫の下に家族が埋もれてるかもしれない。そう思わないように、それでも恐怖と悲しみに突き動かされて、彼女たちの目には涙が流れていました。

 誰も石の力で元通りにしようとは言いませんでした。下に誰か埋まっているのか確認しようとか、家族が今どこにいるのか確認しようとか。そういった言葉が喉の奥まで上がってきても、発されることはありませんでした。


 それはもしかしたら灯里が最初にそうしなかったからかもしれません。

 灯里が自分の家と家族のために石の力を使っていれば、きっと彼女の友人たちも迷うことなく、その石の力を使ってなんとかして欲しいと灯里に言ったでしょう。そうなれば、灯里はもちろん彼女たちのために石を使ったに違いありません。しかし、そうはなりませんでした。


 あるいはスパイクから無闇に石を使うなと言われたからかもしれませんが、灯里の胸の内にあったのは、おそらく西の森へ歩き始めれば、もうこの町には帰っては来れないだろうという強い予感でした。

 美海もまりも同じように感じていました。生きているにしろ、そうでないにしろ、自分たちは家族に別れを告げなければならないのだと疑いませんでした。もちろん、自分たちの家族の、そしてここにはいない友人たちとその家族の無事を祈りながら、彼女たちは町を出る決意をしました。

 

 灯里たちは瓦礫の下に、拾ってきた毛布を三人で一緒に入れるようにくっついて夜を明かしました。

 疲れと不安が空腹を彼女たちの空腹を忘れさせて、深い眠りへと誘いました。

 夜が明け、濁った空が徐々に明るくなってきました。一番最後に起きた灯里が明るくなった町を見渡すと、幾らかの人たちが灯里たちと同じように外で夜を明かしていることに気づきました。その多くが元気なく、時間を感じていないかのように呆然としていました。その中に時折、元気よく周囲の人々を励ます姿があって、人々の優しい心まで失われてしまったわけではないのだと、灯里はホッとしました。


 起き上がって頭が冴えてくると、彼女たちはこれからのことについて、身近な問題を話し合いました。


「ところでさ。ご飯とか、どうする? お風呂とか、着替えとか、さ?」


 美海が遠慮がちに聞いて、灯里とまりが顔を見合わせました。そして灯里が言いました。


「ご飯は森で現地調達!」

「じゃ、じゃあお風呂は?」


 これにはまりが答えました。


「川を探して、そこで汗を流しましょ。服もそのとき一緒に洗えばいいわ」

「……川って、誰かに見られちゃうかもしれないじゃんっ?」

「服を脱ぐ前に注意しなきゃね!」

「……まじかぁ」


 美海はがっくりと肩を落としました。自分は割と男子とも仲が良くて、外で遊ぶことも多い方だけど、こんなワイルドライフを送ることになるとは。それに自分よりも普段はずっとおとなしい方のまりが、平然とこんなことを言うなんて。驚きと困惑で美海は気が遠くなりそうでした。

 灯里は苦笑いで、まりは真顔で美海の葛藤する様子を眺めました。そしてまりが腕を組み、灯里と美海の体を上から下までさっと目を通してから言いました。


「でも確かに、森へ行くですもの。準備は絶対必要よね? 何よりこの靴で森を歩くのはちょっと……」


 三人は自分たちの靴を見比べました。ローファー、ヒールにパンプス。どれも長距離を歩くのに向いているとは言えませんでした。実際、昨日歩いただけで三人の足はすでにかなりの悲鳴をあげていて、無理して歩いてもそんなに長くは持ちそうにありませんでした。

 そうだ、とまりは手を叩きました。


「私のうちの隣、靴屋さんだし、掘り起こしてみる?」

「火事場泥棒……。あたしたち、世界を救う正義の味方じゃなかったの〜っ」


 灯里はうーん。とうなって考えるふりをしました。でも靴を用意しなければならないことは明らかでした。


「行ってみるだけ、行ってみようか」

 

 


 彼女たちは靴屋があった、まりの家の隣まで歩きました。そして、そこで一人の中年男性に会いました。その人は瓦礫の山となった靴屋の店主でした。

 彼は少女たち、とりわけまりを見て大いに喜んで言いました。


「まりちゃんじゃないか! よかった。……本当によかった! よく無事だったね。君のご両親がすごく心配していたよ。……昨日、夜暗くなった頃にご両親がここに戻ってこられてね。さとしくんも元気だったよ。丘の上の高台に行くって言ってたから、すぐにでも会いに行くといい!」

「無事だったんだっ! みんなっ、お母さんも、お父さんも、聡も!」


それは予期していなかった突然の吉報でした。あまりの嬉しさに、まりは喜びの涙をこぼしました。噛みしめるように何度も何度も「無事だった。生きてる!」と繰り返しました。

そしてあとの二人に勢いこんで言いました。


「早く高台に行きましょ! 二人の家族もきっとそこで待ってるわ!」

「う、うん!」


 美海も顔を明るくして、頷きました。

 ただ、灯里はまりを祝福するように微笑みながら、悲しそうに言いました。


「そうだね。まりちゃんも美海ちゃんも早く高台に行かなくちゃ!」

「え?」


 まりと美海は驚いて灯里を振り返りました。

 彼女たちに灯里はきっぱりと言いました。


「ごめんね。私は行かない。行って、もしママとパパにあったら気持ちが揺らいじゃうと思うから」


 灯里はいつのまにか、自分に与えられた世界を守るという使命を強く誇りに思うようになっていました。そして、絶対にやり遂げたいと、この優しい友人たちのためにも、家族のためにもやり抜きたいと思い始めていました。

 それでも、自分が弱い人間で、すぐそばに親がいれば甘えてしまう。迷えば怖くなって逃げ出してしまうのだとわかっていました。


「昨日。もう私のお別れは済ませたから。私は森に行くよ。……だから、お願い。もし高台に行って私のママとパパに会ったら私は大丈夫だよって伝えて」

「そんなっ!」


 まりと美海は悲鳴のような声をあげました。

 灯里をたった一人で森に行かせるなんて、彼女たちには絶対にできないことでした。まりと美海はそれから何度も考え直すように言いましたが、灯里は聞き入れませんでした。

 普段はのんびりしていて、特別何かに秀でている訳でもない自分が、二人の親友と比べても賢くもなければ運動が得意でもない自分が、石に選ばれた理由。灯里にはそれが何かはわかりませんでした。だからこそ、自分だけはその使命を忘れてはいけない。その使命に忠実でありたいと感じていました。


「私は甘えん坊だから。ママとパパに会ったら離れられなくなっちゃう。そうなっちゃダメなの! だからっ。だからっ。私、……行かなきゃ」


 両親の優しい笑顔が脳裏に浮かんで、灯里はその恋しい人たちに会いたくてたまらなくなりました。それでも絶対に会ってはいけない。少なくとも自分で会いに行ったら、もう旅立つ勇気が湧いてこなくなる。でも自分は世界を守らなくてはいけないんだと、何度も頭の中で繰り返しました。


 まりも、美海も、何も言えませんでした。

 そばでその様子を見ていた靴屋の店主が、たまらなくなって口を挟みました。


「お嬢ちゃん。何があったのかはわからんが、困ったことがあったら何でもいいなよ? こういうときはお互い、助け合わにゃ」

「はい、店主さん。……早速、お願いがあるんです」


 灯里はまっすぐ店主の方を見て言いました。まぶたに溜まった涙がキラキラと輝いて、店主はその美しさに息をつまらせました。


「靴がいるんです。山登りとかに向いた頑丈なのがいります。でもお金がないんです。申し訳ないんですが、譲っていただけないでしょうか」


 店主は灯里の目をじっと見て唸るようにいました。


「お金のことは構わないけどね。譲ろうにも、店がこれじゃ」

「ありがとうございます」


 そう言うと灯里は瓦礫の山を掘り起こし始めました。店主はびっくり仰天して慌てて灯里を止めました。


「こらこら。女の子がそんな無茶をするんじゃない! 怪我したらどうするんだ!? ったく。……呆れた子だ」

「どうしても靴が必要なんです。パンプスじゃ森なんて歩けません!」

「なんでそんな、こんなときに森なんて。……さっき一人で行くって言ってたな、おい」

「行かないといけないんです。すぐにでも」


 店主は勤めて怖い顔に見えるように灯里を睨めつけました。そして灯里もまっすぐに彼を見据えました。

 にらめっこには灯里が勝って、店主はやれやれと言いました。


「……はあ、わかったよ。私がやる。待ってなさい」


 彼はそう言うと灯里を後ろに追いやって、瓦礫を漁り始めました。

 2時間ほどかかって、彼は三人分の靴を彼女たちのために掘り出しました。


「まりちゃんと、ポニーテールのお嬢ちゃん。君らの分もだ。……できれば、一緒に行ってあげなさい」


 灯里は店主に深々と頭を下げました。


「本当に、ありがとうございます」


 少女たちは店主に感謝して、靴を履き替えました。

 嬉しいことにちゃんと靴のサイズは彼女たち足にそれぞれぴったりと合って、埃まみれではありましたが素晴らしい履き心地でした。

 そして三人は2度、三度と店主にお辞儀をして、その場を後にしました。


 しばらく三人とも何も言わずに歩きました。そして、高台へ行く別れ道に差し掛かって灯里が立ち止まりました。


「それじゃあ。私のママとパパに会ったらお願い」

「ううん。あたしたちも一緒に森に行く。一人でなんて絶対に行かせない。もし、灯里が森に行くって言うんだったらあたしは絶対についてく!」

「私もよ。お願いだから、私たちを置いて行くなんて、寂しいこと言わないでよ。無事だってわかっただけで十分! 今はあなたの方が大事なんだから!」

「でも……」


 灯里の目は高台の方角と二人の親友を行ったり来たりしました。

 どうしよう。こんな危ないことに巻き込むはずじゃなかったのに。まりの家族は丘の上で彼女を待っているのに。そう思っても断る勇気が湧いて来ませんでした。二人がついて来てくれるというのがどうしようもないほどに、嬉しくて、踊り出したくなるほどでした。その気持ちを抑えようとして、隠そうとして、それでも全く隠しきれていませんでした。

 そんな灯里に、二人は笑って頷きました。

 

「さ。行こう!」

感想、厳しいご意見等頂ければ嬉しいです。

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