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星石伝説  作者: 此花ひらく
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2. 光と影

「灯里も無事でよかった! いきなりこんなことになっちゃったし、すっごく! 心配したよ〜。でもほんとよかった! 2時間立っても灯里は待ち合わせ場所に来ないし、町はぐちゃぐちゃになるし、スマホは壊れるし、人はわんさかくるし、これじゃ帰ろうにも帰れないし、どうなることかと思ったよ。でも灯里が無事でホッとした!」


 美海の瞳からは大粒の涙がこぼれていました。灯里も視界が滲むのをグッとこらえて、優しい友人に感謝しました。


「うん。ありがとう。……でも、そっか。あれからもう2時間も経ってるんだ。待たせちゃってごめんね? もう遊んでる場合でもないみたいだけど」

「ははは。そりゃそうだ。でもこういう時は離れないほうがいいよね?」

「うん。離れたくないよー。せっかく会えたんだもん」


 灯里は、それまでいかに自分が心細い思いでいたのかに気づきました。そして、この辛い状況でも、それを共有することのできる仲間がいる心強さを感じました。特にこの友人は灯里がもっとも頼れる人間だと思っている友人の一人なのです。少しずつ、灯里に勇気が湧いてきました。


「ねえ。美海ちゃん。この人たちどこに向かってるんだろうね?」

「え? 適当に動きまわってるように見えるけど?」

「……そう」

「なんで?」

「私にはこの人たちがどこかに向かっているように思ったの。あの人たちの押し合いへし合いに流されて、ジグザグしてるんだけど、だんだん進んでるの。どこに行くかはわからない。でも、なんだかすごく怖かった」

「そっか。……うーん?」


 美海は灯里の話を聞いて、人の群れをじっと見つめました。そして、首を傾げてしばらく唸ってから「ごめん。わかんない」と言いました。

 灯里はゆっくりと首を振って言いました。


「ううん。私も、ここからじゃわかんないや。みんなバラバラに動いてるように見える。気のせいだったのかな?」

「あたしはあの中に入ってないからなぁ。わかんない」

「そっか」


 しばし二人は黙り込みました。しかし、自分たちが話すのをやめれば周りの喧騒がより大きく聞こえてきます。


「ねえ。どうしてあの人たちあんなに騒いでるんだろう? さすがにちょっとおかしくないかな?」

「それはあたしも思ってた。なんだか、気持ち悪いよね。操られるみたいで、さ」

「……操られてる? もしかして、本当に?」


 灯里にはそれが的を射た答えのような気がしました。彼らの様子を見て、何かに取り憑かれているとか、操られているとかいうのがストンと胸に落ちたのです。

 しかし、美海はそんなことなどどうでも良さそうな口ぶりで灯里に聞きました。


「どっちにしても、もうあの中に戻るつもりないでしょ? これからどうする?」

「うん。と、……そうだ! ねえ。まりちゃんは?」


 美海はあまり浮かない顔で首を振りました。


「……ううん。まだ見てない。まりの家は結構遠いから、……あのときどこにいたのか次第だけど」

 

 彼女たちは今日三人で遊ぶ約束をしていました。灯里と美海、そして最後の一人が川原まり。灯里のもう一人の親友でした。

 灯里は言いました。


「ねえ。まりちゃんのうちの方に行ってみようよ」

「ん。……そうだね。こんなとこでじっとしてるよりはずっといいか。行こう!」


 美海は頷くと、灯里と並んで歩き出しました。

 二人はどこへ行っても叫び回る人で溢れているのではないかと身構えていたのですが、小道を挟んで向かいの通りに出ると、もう人通りはまばらでした。

 灯里と美海はホッと一息ついて、通りに沿ってまりのうちを目指しました。

 

 二人がいつもよく歩いていたはずの町並みは、もはや全く見知らぬ景色に変わったいました。多くの家が崩れて潰れているというだけでなく、時々すれ違う人々も全てが暗くうつむいていました。

 震災などがあった時にはテレビでよく被災者たちが助け合う光景が映されていましたが、今、この町にはそういった人々のやり取りはありませんでした。


 今、目の前を通り過ぎている家の中には潰されて死んでしまった人がいるかもしれない。もしかしたら、まだ生きていて、助けを求めているかもしれない。そう思うと灯里の胸は張り裂けそうになりました。こんなことをしていていいのだろうか。すぐに駆け寄って確かめるべきなんじゃないかしら。そう思っても、実行する気になれませんでした。

 道沿いの全ての建物が潰れていて、そんなことをしていては、キリがないと思われたのです。そうでなくても女の子二人の力では跡形もなく潰れてしまった家の瓦礫をどかすことなどできようはずもありません。


 そしてもう一つ、灯里と美海の頭の片隅にあったのは自分の家のこと、家にいた家族のことでした。しかし、それは頭の端っこの部分にグッと押しやって、できる限り直視しないようにしていました。ちょっとでも考えれば立ち止まってしまうような気がしたのです。

 だから、気を紛らわすために灯里は美海に話を振りました。


「それにしても、ほんと、何が起こったんだろうね?」

「そりゃ、あの人の話がもし本当なら、あの人がやったんじゃない?」

「え? だれ? あの人って」


 まさか、知っているような言い方をされるとは思っていませんでしたので、灯里は目を瞬きました。

 美海は以外そうな顔で言いました。


「見てなかったの? 町がこんなになる前に空にでっかい人の形をした影が出てきて、その影が喋ったんだ」

「かげ? お空に?」

「うん。っていうか穴? 空の真ん中にでっかい人の形をしたものすごく深い穴ができたみたいだった。んで、そいつがいったんだ。石を渡せって」

「石……」


 石と聞いて灯里は手をぎゅっと握りました。唐突に先ほど拾った石のことを思い出したのです。同時にもう一つ、重要なことに気づきました。


ーーない。


 握りこぶしを開くと、そこには何もありませんでした。もちろん両方の手を確認しました。カバンの中も体中のポケットも確認しました。しかし、やはりどこにもないのです。

 どこで落としたんだろう? 灯里は一生懸命に自分の記憶を辿りながら、それでもあちこち手を突っ込んでは引っ込めるのをやめませんでした。

 美海は突然せわしなく何かを探し始めた灯里に唖然として聞きました。


「どしたの?」

「え? ……う、ううん。何でもない。っそれで?」


 灯里は驚いたようにピタッとその動きを止めました。そして隠しものをするかのように手を後ろに回して、話の続きを促しました。


「あ、うん。『それでさ、石をすぐに渡さなければ全てのものを粉々にしてやるぞっ』て言ってた」

「それで、石を渡さなかったから、……こうなった?」

「わかんない。大体その人は空の上だったし、そのときあたしは石なんて持ってなかったしさ……」


「その人はどれくらい待ってたの?」

「うんにゃ。言うだけ言ったらすぐにいなくなって、次の瞬間にはもうドタバタ。がっしゃんっ。ドッカン。バッターン! って感じ」

「誰かが渡してたら、こうならなかった?」

「だからわかんないって。たくさんの人がアレ見てたと思うし、もしかしたら誰かが渡したかも……。石なんてそこら中にあるんだしさ」

「あ、……そっか」


 灯里は石と聞いて先ほど拾った石のことを言っているんだと思い込んでいました。しかし、考えてみればその影の人は石と言っただけです。それなら関係がないのかもしれない。そう思って、灯里は少しホッとしました。


「にしても、ひっどい有様だなー。こりゃ。道はこれで合ってるのかな?」


 灯里の不安そうな表情を察してか、カラ元気なのか、美海は幾分か陽気に聞こえるように声を弾ませて、辺りを見回しながら言いました。

 瓦礫の山になった建物。それを掘り起こそうとする人や、その前で立ちすくんでいる人。町の中の様々な人がそれぞれに悲劇を持っていました。その光景を目の当たりにするたびに家族や学校の友達のことが思い起こされて、二人は恐ろしい想像を振り払おうと首を振るいました。


「まり見つけたらさ、北の高台に行こうよ。ずっとこの町にいても、多分何にもわかんないしさ」

「……うん」


 返事をした灯里の声は今にも消え入りそうでした。高台に行って、そのあとは? どうすればいいんだろうか? 待っていれば誰かが助けに来てくれるのだろうか? 灯里の頭の中には最悪の未来ばかりが浮かんでいました。

 何しろ、こんな大惨事になったと言うのに、消防車の音もパトカーの音も聞こえません。もしかしたら日本中。さらには世界中がおんなじように瓦礫に埋もれてしまったのかもしれない。そうしたら、きっと誰も自分たちを助けには来てくれないんだ。そう思って、灯里は絶望した気持ちになりました。

 美海はそんな灯里の背中を撫でて言いました。


「元気出して。きっとまりがすごいアイデアだしてくれるよ。あの子はすっごい賢いんだからっ」

「うん。……そうだね!」


 少しだけ、灯里にも勇気が湧いて来ました。

 そうだ。まりちゃんを探そう。そして高台に行くんだ。そしたらママやパパもそこで待ってるかもしれない。

 そんな淡い期待を持って、灯里は顔をあげました。

 そしてまさにその瞬間。


「きゃー! 誰かっ。誰か!」


 通りの曲がり角の向こう側から鋭い悲鳴ががりました。

 そして、それを聞いた二人は顔を見合わせました。


「今の声……」

「まり、ちゃん……?」


 次の瞬間二人は駆け出しました。彼女たちの親友が悲鳴をあげて助けを求めているのです。助けなければ。そう思って全速力で曲がり角まで走って、二人は恐ろしい光景を目の当たりにしました。


「なっ。なにこいつっ!」


 それは二人が今までに見たことのないような化け物でした。その化け物は灯里と同じくらいの背丈の人のような姿をしていました。しかし、決して人ではありません。服は来ておらず、むき出しになった肌はねずみ色か少し紫がかった色をしていて、ヌメヌメと光っています。そして頭は人よりもずっと大きく、ボサボサとした髪の毛は老人のように白くてまばらでした。耳は人と同じように横についていますが、縦長ではなく、横に鋭く伸びていて、先端がくるりと丸まっています。まぶたはなく蛇のような赤い目がむき出しになってギョロッとしていました。外鼻がなく、鼻腔がむき出しになっていて、唇もありませんでした。口元にはよだれがべっとりとしていて、細く長い舌がちょろちょろと顔を出していました。


 そしてその化け物は眼鏡をかけた三つ編みの少女に馬乗りになって、ヤモリのように長い指で彼女の頭を締め付けていました。

 まりは化け物を押しのけようともがいていましたが、ヌメヌメとした肌が滑ってしまってうまくいかない様子でした。


「まりから離れろっ!」


 美海は持っていたハンドバッグを目一杯その化け物に投げつけました。

 バッグは見事に化け物の頭に直撃して、相手をよろめかせました。


 化け物はまりの頭を押さえたまま、灯里たちの方を向きました。

 そして、飢えた獣のような、それでいて人が呻くような声で吠えました。


「グルルァああ!!」


 それだけで灯里は腰が引けてしまいました。美海もビクッと体を震わせて固まってしまいました。

 女の子たちが動けなくなっている間、化け物だけが動くことができました。上半身はそのまま、首だけがぐるぐると回転して、あたりを見回します。どうやら、他に灯里たちの仲間がいるのか確認しているようでした。


「グゥウっ」


 360度回転して、絞った雑巾のようにねじれた化け物の首が、ゴムのように勢いよく戻りました。そして今度は獲物を見定めるような目で灯里たちを見て来ました。

 蛇のような不気味な目に睨まれて、灯里はすくみ上がりそうでした。襲われている親友を見捨てて、走って逃げ出したい気持ちが湧いて来ました。それでも、その気持ちをグッと押さえて、灯里は自分のカバンを美海に渡しました。

 灯里はものを投げるのがうまくないし、美海はとても運動が上手なのです。

 美海はカバンを受け取るとすぐさまそれを化け物に投げつけました。


「グァ!?」


 それは化け物の胸元に当たって、まりの上から化け物を弾きとばしました。

 化け物は大変驚いた様子で、ギョッとした顔で投げつけられたカバンを見つめていました。そして、しばらくすると、あっけなく、化け物は4つの足を使って走ってどこかへと逃げ去って行きました。


 灯里と美海はホッとしてまりに駆け寄りました。


「まりちゃん! 大丈夫っ?」

「ああ! 灯里っ。美海っ。怖かったっ。……怖かったよぅ」


 灯里はまりの頭を撫でて、言いました。


「大丈夫。もう、大丈夫だよ。あいつは、美海ちゃんがやっつけたよ」

「ううぅ」


 彼女たちはそこでしばらく、まりの気持ちが落ち着くのを待ちました。服や顔についた化け物のべっとりとした体液を拭き取って、怯えるまりを慰めました。

 泣き疲れて、落ち着いてきたまりに灯里がそっと聞きました。


「ねえ。あれはどこからやって来たの?」


 まりはゆっくりと首を振りました。


「わからないわ。後ろから襲われたから」


 まりが歩けるようになるまでは、それからだいぶかかりました。

 もう日も沈みかけていて、それが彼女たちをよりいっそう暗澹とした気持ちにさせました。

 灯里は遠慮がちに親友たちに聞きました。


「ねえ。これからどうする? 今からでも北の高台に行く? ……それとも、お家に帰ってみる?」

「どうしよっか……」


 まりも美海も浮かない顔で黙り込んでしまいました。ーー帰りたいけど、帰るのが怖い。そんな気持ちが入り混じっているようでした。


 今まで見て来た建物は全てバラバラに崩れていました。そして、まだ確認はしていませんでしたが、彼女たちの家もそうなっていることは明らかなように思われました。それでも、もしかしたら家族が家にいるかもしれません。

 しかし、自分たちの家に帰るとなれば、また離れ離れになってしまいます。それまでに先ほどの化け物がまた襲ってこないとも限りません。そうしたら私は友達を守れない。灯里は自然にそう思いました。


 灯里は美海のように運動が得意な訳でも、まりのように頭が言い訳でもありません。しかし、それでも自分が二人を守らなければいけないんだと思いました。それはあの石に世界を守れと言われたからかもしれません。自分の中には強い光の力があるのだと、あの石は言っていました。そして灯里は誓いました。やれるだけやってみると。世界を守るために、自分の大好きなみんなを守るために頑張る、と。

 だから灯里は勇気を振り絞って言いました。


「ねえ。まりちゃん。美海ちゃん。お願いがあるの!」


 二人の親友は灯里の顔を見つめました。そして灯里の言葉を待ちました。

 灯里は大きく息を吸って、続けました。


「あのね。私、大事なものを落としちゃったの! ……青い石。町がこんな風になっちゃう前に拾ったんだけど、どこかでなくしちゃったの。もしかしたら、影の人が言ってたものと関係があるのかも! だから二人に一緒に探して欲しいんだ!」


 それを聞いて、美海とまりは目を白黒させました。

 そしてまりがおどおどしながら聞きました。


「探して、どうするの?」

「わかんない。でもね。あの石が言ってたのっ。信じらんないかも知んないけど、言ってたの! 世界を守って欲しいって!」


 今度こそ二人は開いた口がふさがりませんでした。

 何をどう言い返せばいいのかわからない。そんな顔をしていました。二人は顔を見合わせて、それからもう一度まりの方を向いて同時に言いました。

 

「灯里が世界を守るの?」

「うん!」


 自信満々で頷く灯里に、まりは聞きました。


「どうやって?」

「わかんない。でも石が導いてくれるって言ってたっ」

 

 それを聞いて美海は呆れた顔をしました。しかし、まりの方は少し考えるような顔をして、そっと言いました。


「それなら早く探さなきゃ。一刻も早く!」

「信じてくれるの?」

「これだけ不思議なことがおこってるんですもの。灯里が勇者さまになることだってあるのかもしれないわ。それに、影の人が石を寄越せって言ってて、灯里は石に世界を守れって言われたんでしょ? 絶対おんなじ石のことよ! だとしたら影の人に石を渡しちゃダメ! 取られる前に守らなきゃっ」


 美海はそれを聞いて、ふーっと息を吐きました。そして自分のほっぺたをパンパンと両手で叩いてから言いました。


「じゃあ、行こう! その石を影の人に取られる前に!」

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