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星石伝説  作者: 此花ひらく
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1. 始まり

序盤は暗い展開が続きますが最後はハッピーエンドの予定です。

なので見捨てずに最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 それは、世界がまだ輝きを残していた最後の日。

 私たちの星が青き星であったときのこと。


 その日の色森町は天気も良く、春のすこやかな風が静かに流れていました。まさかその十時間と少し後には荒れ果ててしまうなど想像がつかないくらいに、のんびりしているだけで幸せになれるような朝から一日が始まりました。

 太陽は青い空の中、漂う雲の隣で陽気に輝いていました。鳥のさえずりも、街路に咲いた花たちも爽やかに、まるで消える間際の線香花火のように、皆が明るく強く輝いていました。


 そんなに晴れ渡った朝だったので、普段は寝起きのよくない星野灯里ほしのあかりもすっきりとした気持ちでベッドから出ることができました。いつもはごわごわしてなかなかまとまってくれない栗毛の髪もあっという間にまとまったし、ちょっぴりいつもより早起きだったこともあって、のんびりと朝ごはんを食べることができました。その時見たテレビの星座占いでも、水瓶座の灯里はバッチリ大吉でした。ただし、突然の変化に注意しなければならない、とも出ていました。普段はあまり占いなど信じない灯里でしたが、その日は一日ずっといいことがありそうだと思いました。

 灯里が学校に出かける時はもう鼻歌交じりでホップ、ステップと踊り出しそうなほどでした。道すがら、出会った同級生たちと挨拶を交わして、おしゃべりをしながら登校しました。そして、その日のどの授業にもバッチリ起きて聞いていることができました。普段はノートを半分とり終えた頃にはうとうとしてしまう歴史の授業も、よくわからない図形がいっぱい出てくる数学の授業もこの日はなんだかとってもわかりやすかったのです。


 ですから、灯里は学校の授業が終わって家に帰る頃には毎日がこんなに素敵だったらどんなにいいだろうと思いました。同時に、今まで自分が送って来た日々はなんてつまらなくて空虚なものだったのだろうと思い始めました。そしてそれは灯里だけではなく、その日を過ごした私たち全てがそう感じたのです。それと同時にこんないい日はもう2度と来ないんじゃないだろうか、と思いました。

 そんなに素敵な一日でしたから、灯里は家に帰っても、外に出かけないともったいないと思いました。友達に連絡して待ち合わせをすると外行きの服に着替え、お気に入りのバッグを提げて家を出ました。町を歩くと5月の薔薇が彩りも鮮やかに芳しい香りが体いっぱいに入ってくるので、灯里の足取りはゆったりとしていました。

 

 灯里が薔薇の香りを楽しみながら歩いていると、キラリと空が瞬いたように感じました。空を見上げると、何かがゆっくりと灯里の手元に落ちて来ました。それは灯里の手のひらに握ると隠れてしまうほどの大きさの、くさび形をした青い石でした。まるで青くキラキラと透き通った水を石の中いっぱいに閉じ込めたかのように、その石は灯里の手の中でゆったりとゆらぎながら輝いていました。


「きれい……。なんの宝石だろう?」


 灯里はそれまでに宝石というものを実際に見たことがなかったので、それが何だかわかりませんでした。しかし、その石は青い宝石としてよく知られているサファイアとか、アクアマリンだとか言ったものではありませんでした。そんなものよりもずっとずっと美しく、それでいて何よりも透き通っているのでした。

 灯里はこれから友達と会うのだということもすっかり忘れて、その美しい石に見入ってしまいました。その石を見ていると、まだ日も明るいというのにまるで夢を見ているような気がしてきました。灯里はだんだん、自分が立っているのか寝ているのかもわからなくなって、頭がぼんやりとしてきました。そして気がつけば灯里の目にはもうその青い石しか映らなくなって、それがどんどん大きくなっているように感じられました。

 そして、どこからか灯里に語りかける声がありました。


「お願いです! この星を守ってください!」


 その声を聞いた灯里はハッとなって、辺りを見回しました。やはり灯里の前には美しく青く光る石だけがあって、その周りには何一つとして目に映るものがありませんでした。それで灯里はもう一度石を見ました。

 石はもう灯里の背丈と同じくらい大きくなっていて、彼女の姿が半透明に映されていました。灯里は石に映る自分の姿をじっと見つめました。なぜだかそうしなければならない気がしたのです。石に映った、自分と同じ栗色の大きくクリクリとした瞳をじっと見つめていると、にらめっこに根負けしたかのように、石に映る灯里の姿が揺れました。

 そして、石に映る灯里が喋り出しました。


「この星が輝きを失おうとしているのです。全ての輝きを飲み込む闇が、すぐそばにまで迫って来ています! お願いです。力を貸してください。そして、世界を救ってください!」


 その声は先ほどのものと同じものでした。そして灯里の声とは違うものでした。石が灯里の姿を借りて、自分の意志を伝えようとしたのです。

 しかしその話はあまりに唐突で大げさにすぎました。ですから、灯里は目線をずらし、少しばかり照れるように、もしくは否定を望むかのように弱い声で聞きました。


「それは、やっぱり……私に言ってるんだよ、……ね?」


 しかし、返事はすぐには返ってきませんでした。あまりにも弱々しい声になったので聞き取れなかったのかしら。そう思って、灯里は視線を石に戻しました。すると石に映った灯里も正面を向いていました。もう一度にらめっこになって、灯里が根負けしそうになった頃になって、ようやく石が話し始めました。


「……そう。あなたです。あなたでなければなりません」

「なんでかな? 私が石を拾ったから? それに、星を守るって何? 今日はこんなに素敵な1日で、今も歌を歌いたくなるようなお天気だったのに、何を守るっていうのっ?」


 今度は灯里は目をそらしませんでした。じっと相手を見つめたまま聞き返しました。まるで男の子が読む漫画のようなお話をいきなり振られてしまって、様々な疑問が口をついて出てきたのです。せっかくの素敵な1日なのに、物騒な話を持ちかけられて、少しばかりムッとしてもいました。

 ですが、石の声も切実な響きを持っていました。冗談や嘘を言ってからかったり騙したりしようというのではなく、本当に助けてほしいという気持ちがこもっていました。

 

「お願いです。私を信じてください。他ならぬあなたに信じていただきたいのです。そして、あなただからこそ、私は星を救ってほしいと願うのです」

「だからっ、それはなんでなの?」

「あなたの中に闇をうちはらう力を感じるのです。他の誰よりも強い光の力をあなたは持っています。そして、この世界にはもはや一刻の猶予もありません。世界はすでに崩れつつあります。もう、後戻りはできません。この世界を救うものがいなければ、2度と今までの平穏な日々は訪れないでしょう。ですからお願いです。あなたの光の力で闇をはらい、世界を救ってください」

「世界が崩れるってどういうこと?」

「それは口で言っても伝わらないでしょう。自分で見ていただくしかありません。しかしもうすでに崩壊は始まってしまっています。あなたの周囲では悲しい出来事が雪崩のように押し寄せているのです」


 それはもう、物騒な話どころではありませんでした。すでに世界は崩れ始めている。つまり今、灯里は目の前の青い石しか見えませんが、その周囲では大変なことが起こっているというのです。もしそれが本当であれば灯里の小さなわがままなど聞いている場合ではないのです。灯里は頷くしかありませんでした。


「まだ、全然わかんないことばっかりだけど、やれるだけやってみるよ」

「ありがとうございます! あなたはその光の力を、正しきことのために使うと誓っていただけますね?」

「うん。……大した力なんて持ってないけど」


 灯里は自分の二の腕をぷにぷにとしながら、ぼそぼそと心もとなげに言いました。この石は随分と自分のことを持ち上げてくるけれど、世界を救うなんて大それたことができるとはとても思えなかったのです。

 石に映る灯里がゆっくりと首を振って言いました。


「いいえ、あなたの心にはとても素晴らしい光が輝いています。あなたがもし、世界を照らす光とならんと誓われるならば、この石があなたにふさわしい恵みを与えるでしょう」

「その恵みで、世界が救えるの?」

「あなたが、誓いを果たそうとするのであれば、必ずや」

「それで、どうやったら世界を守れるの? 私に何ができるの?」

「あなたが世界を救おうとするならば、この青い石があなたを導くでしょう」


「この石が?」

「そうです。あなたが世界を守るために必要な恵みを与え、あなたのすべきことを教えてくれるはずです」

「そのためには誓いが必要?」

「その通りです」

「……うん、わかった。誓うよ。できる限り頑張ってみる」

「ありがとうございます」


 ーーそして、ごめんなさい。石に映る灯里の分身はそう言い残すと、石を巡る流れのようなものに混じって消えてしまいました。

 すると次の瞬間から徐々に石が小さくなっていきました。最後には再び灯里の手の中にすっぽりと収まりました。しかし、変化はそれだけではありませんでした。石の中を流れていた青色のが輝きが鈍くなり、最後にはその流れも止まってしまいました。それに伴って、徐々にその青色は濁りだし、淡い瑠璃石のようになりました。


 その途端、先ほどまで石しか見えていなかったものが、ぱあっと明るくなって、灯里の周囲の世界が戻ってきました。

 しかし、それは灯里の知っている、先ほどまで歩いていた町並みとは程遠いものでした。


「え。……なに、これ?」


 先ほどまで豊かに香っていた薔薇たちは無残にしおれ、通りの家々はまるで数百年放置された遺跡のようにボロボロになっていました。アスファルトの地面は大きな地震がなんども起こった後のようにひび割れ、歪んでいました。あれだけ澄んだ青色をしていた空も、石と同じように奇妙に濁って、見上げた人々を暗澹とした気持ちにさせました。

 そしてあちらこちらから悲鳴の声が聞こえてきます。誰もが、唐突に起こったこの出来事を前に恐慌状態になってしまったのです。

 あまりの唐突な変化に、灯里は白昼夢を見ている思いでした。もはや先ほど石に映った自分の姿と会話したことすらも頭の中から綺麗すっぱり消え去って、目の前に広がる壮絶な光景に見入ってしまいました。ああ、きっとこれは夢なんだ。この悪い夢から目が覚めたら、元どおりののどかな町並みが戻ってくるんだ。だから早く目を覚まさなくちゃ。そう思って一生懸命目を覚まそうとしましたが、一向にこの悪夢のような世界から逃げ出すことはできませんでした。そう、これは悪夢のようであって、夢ではない。現実なのでした。


「そうだ、電話! ……繋がるといいけど」


 灯里は自分の家族に電話を掛けようとバッグに入れていたスマートフォンを取り出そうとしました。しかしながら、なんということでしょう。バッグの中に入っていたはずのスマートフォンは影も形もありません。その代わり同じくらいの大きさの錆びた金属の塊が転がっていました。


「いやあっ!?」


 灯里は思わずその塊を投げ捨てました。

 投げ捨てられた塊は地面を跳ねるたびにまるでクッキーのように砕けて、ボロボロになってしまいました。

 周囲では恐怖の叫び声が今際の際の金切り声に変わっていました。崩れた家に下敷きになってしまった人々、それを目撃した人々。その他様々な絶叫がオーケストラとなって灯里を取り囲んでいるようでした。


「いやっ。いやあっ」


 灯里はかぶりを振って走り出しました。自分がどこを走っているのかも、どこに行こうとしているのかもわかりません。それでもこの絶叫の渦から逃げ出したかったのです。

 しかし、どこまでも絶叫は灯里を追いかけてきました。いえ、実際にはどこもかしこも絶叫する人がいたので、どこへ行ってもその悲鳴が聞こえたということなのですが、灯里には追いかけられているように感じられたのです。


 しばらく走って、灯里の息が切れ始めた頃、目の前に大きな人だかりができていました。それはおそらくどこからか安全な場所を求めてやってきた人たちで、誰もが家族や友人の名前を叫んでいました。

 灯里はあっという間にその人ごみの中に飲まれてしまいました。

 気づけば後ろからもどんどんと人が押し寄せていて、灯里は引き返すこともできず、人のうねりに流されるように進みました。怒りの声に悲しみの声、恐怖の呻き声。どれをとっても普段では聞かれないような響きで、それが一層灯里の恐怖を掻き立てました。

 

 灯里は懸命に冷静になろうと勤めました。自分の意思に反して、体は揺れ動き、どんどんと人並みに流されていきます。それで心まで流されてしまっては自分がどこかへ行ってしまうような気がしていました。

 身体中をもみくちゃに押されながら、それに負けじと大きく息を吸いました。そしてゆっくりと息を吐いて、もう一度息を吸う。何度か繰り返しているうちにだんだんと灯里の頭に理性が戻ってきました。

 落ち着いてくると、灯里は不思議なことに気づきました。自分を取り巻く人々は、もうほとんど我を忘れて叫び、嘆き、怒り狂っているかのように見えるのに、その群れはまるで強い意志を持っているかのようにはっきりとした道筋を辿っているのでした。波打つかのように左右に触れたり押し戻されたりしながらも、明らかにどこかへ行こうとしているのです。それがどこかはわかりません。しかし、灯里はその行先がとても恐ろしいものに感じました。


「抜け出さなきゃっ」


 しかし、いざ抜け出そうとしても、それは簡単なことではありませんでした。どんなに足を踏ん張って、流されまいとしても、満員電車で大きく揺れた時のように重くのし掛かられたり、押されたり、時には足を踏まれたりして、一向体の自由が利きませんでした。

 そこで、灯里は一つ策を打ちました。人波が左へ流れた時は、抵抗することなく、むしろその勢いに乗って進み、それ以外の時は死に物狂いで踏ん張るのです。それをなんども繰り返して、やっと灯里は人波が捌けてくるのを感じました。その頃にはもう全身が汗だくで、めまいが酷くて立っていられないほどでした。

 ふらふらと弱い足取りで人波を抜け出した灯里に、一人の少女が大きな声で呼びかけました。


「灯里! こっちっ! こっちだよっ!」


 灯里はそれまでに疲れ切って足元ばかり見ていましたが、その明るい声に弾むように顔をあげました。相手の顔を見るなり、灯里の疲れた顔が幾分か明るくなりました。それを見て少女は嬉しそうに灯里に駆け寄ってきました。

 それは腰まで伸びたポニーテールが印象的な快活な少女でした。

 そして、灯里も友人の名前を呼びました。


美海みみちゃん! ああ! よかった。無事だったんだね!」


 灯里に声をかけた少女の名前は宇佐野うさの美海みみ。灯里が出かける前に待ち合わせをしていた友達です。

 二人は何年も合わなかった昔の親友と再会したかのように、ぎゅっと抱き合って再会と互いの無事を喜び合いました。


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