あの日契った約束
「俺が天使で天使が俺で」
時期が初夏のイメージでしたが、考えてみたらもう衣替えですね。夏服ですね。(※前回の上着)
……多分、特例とかあるんでしょう。あるいは、第一話は真夏日みたいな5月だったのかも。
日生は目の前の光景を真っ直ぐに見据える。
片腕しかない片翼の天使。それはまるで、無くした腕の代わりに翼をくっつけているかのようなちぐはぐさがあった。
「おい」
茫、とする日生にしびれを切らしたのか、『彼』は不満げに口を開く。
「俺との契約、まさか忘れているわけじゃあないだろうな」
静かな問いかけだ。まるで、噴き出る激情を押さえつけているかのようだった。
あまりにも『彼』が真剣だったものだから、一瞬知らんぷりしてみようとか意地の悪い考えが過ぎったけれど。
「……十年ぶりですね、日生 伊月」
似せ物の口調を解いて、日生は『日生 伊月』で呼びかけた。
互いの正体。過去の記憶。自分達はずっと昔に会っている。
そして眼前の『彼』にもその真意が伝わったようで、さも可笑しそうにくつくつと喉を鳴らす。
「久しぶりだな。逢いたかったぜ天使様!」
『彼』の姿を視界に映して。
日生は今朝見た夢の意味を悟る。
――あの日、子供と天使は契約を交わした。
『でもてんしさま、どうやっていれかわるの?』
泣きはらした顔で子供は尋ねる。お空なんて飛べないよ、と不安を吐露する。
『それはですね……』
子供の手を引きながら天使は考える。
人間と天使。
かつて人間の身で天上に上がった預言者や、罪を犯し地に堕ちた見張るもの達の例もある。従って、人間と天使の境目は不可侵というほど隔てられているわけではない。
問題はその方法だ。少なくともこの子供は彼の預言者のような『素質』は無いし、自分も只の堕天では望むような自由は見込めないだろう。
ならば。
「お互いの役割を入れ替えるんですよ」
バチッと繋いだ手に電流が走る。
子供は驚いて手を離そうとしたが、天使がそれを逃がさない。
『あなたの過去で、自分は人間になります。代わりに、あなたに天使としての未来をあげましょう』
天使が欲しいのは人間としての生活。戸籍や養育者といったモノ。それらを手に入れるためなら、天使の秘術を差し出しても構わないとさえ思っていた。
逃がさない。逃がさない。此らは自分の取り分だ――
それは第三者から見ればあまりに身勝手な取引だったが、しかしその子は黙って手を握り返してくる。歯を食いしばりながら必死に痛みを堪えている。
瞬間。握っていた子供の右手がボロボロと崩れ始めた。代わりに、背中から生える白い翼。
『勝手なことをされると困る』
遠くでそんな声が聞こえた。
でも、天使にとって大事だったのは、途中で手を離されたこと。
繋がりは途切れ、送信し合っていた情報が行き場をなくす。
交ざる混ざる。すかすかの身体を安定させようと、無理やり全身を作り替えているみたいだった。
天使が目覚めた時に子供の姿は無く。あり合わせの記憶から天使は子供の――『日生 伊月』としての生をなぞることにした。
TRPGのリプレイ動画作りに手を出し始めたので更新遅くなりそうです。




