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従兄弟とカミサマ①


「こんちゃーす。とっとー久しぶりー。元気にしてた?あははは!隈できてるし、髪の毛ぼっさぼさじゃん。笑えるわー。あ、おじゃましまーす。」


両手に荷物を抱えてけらけら笑いながら玄関の土間に入り込むトトロス。荷物をいったんおろしてから靴を脱ぎ、丁寧に揃えるとあっけにとられている俺をしり目にすたすたと居間に向かって続く廊下を歩いて行ってしまった。


ハッと我に返ると歩いて行ってしまったトトロスの後を追う。トトロスは一度も来たことがないはずなのに勝手知ったる家だと言わんばかりに居間のほうへ進み、ケーキが入っている箱をちゃぶ台の上に置くとその他の荷物を部屋の隅に寄せ、包丁あるー?とのんきに台所を漁っていた。


「おい、トトロス!お前ここにいて大丈夫なのか!?」


「うん?うん。平気。だいじょぶだいじょぶ。あ、ねぇねぇタルト買ってきたから食べようよ。おいしいお店ができたんだよ。そこに今いちご卸しててさー。フルーツタルトめっちゃうまいよ。」


ただのニンゲンであるはずのトトロスがこんながらくただらけの『街』で長時間過ごしたら確実に狂ってしまう。仰天した俺が泡を食ってトトロスに確認するとトトロスは軽すぎる発言で俺の心配を受け流した。会いに来てくれたのはうれしいが何だかんだ弟みたいに思っているこいつをこんなことに巻き込むわけにいかない。


「何言ってんだ。お前ニンゲンだろう!ここに居たら狂うぞ!」


「ああ、それね。後で詳しく話すけどなんか俺どっちの空間でも過ごせるみたい。」


「はっ…?!」


「あ、包丁みっけ。うわ未使用。どうなってんの?もうここ住んで何年経ってんだよ。冷凍ばっかだと体壊すぞー。」


ここに越してから食事は作る気も起きないので食べるものと言えば通販で配達される冷凍食品ばかりだった。そのため用意されていた調理器具のほとんどが未使用のままだ。そのなかの一つである包丁を見つけてトトロスはまたけらけら笑っている。

というかなんだって?


「どっちの空間でも過ごせる…?どういうことだ。そんな研究結果上がってきてないぞ。お前そもそもニンゲンのままじゃないか。」


「お茶はー…ないか。まあいいよ。ペットボトルだけど紅茶買ってきたからそれでよしにしよう。ん?ああそうだよ。俺ニンゲンのままー。えっと、お皿は…一個しかないじゃん。用意しときなよー。コップもないね。お椀でいいかな。うっし、揃った。はいはい座って座って。とりあえずお茶にしよう。」


好き勝手に台所を漁り、俺の質問に適当な返事を返しながらトトロスはお茶の準備を進める。目的のものがなくてあーだこーだと文句を言いながらも探していたが代用品が見つかったらしい。

理解が追い付かずに混乱している俺を気にすることもなく、俺を居間のほうへ向かせ、後ろから背中をぐいぐい押していった。


居間にたどり着くとトトロスは持っていた包丁と皿一枚、それにコップとコップ替わりのお椀をちゃぶ台の上に置いた。


「よーし切り分けるよー。とっとーの分は少な目ね。どうせあんまり食べないでしょ。」


「なんで甘いもん買って来たんだ。他にもあっただろ。」


「俺が食べたかったから。」


箱を開け、まな板は使わずに箱の紙の上でトトロスはタルトを切り分けた。包丁が入るたびさくりさくりと音を立てて切り分けられていく芸術的なフルーツタルトはなるほど甘いもの好きのこの従兄弟がわざわざ土産に持ってくるものらしい。こいつも何だかんだ目と舌が肥えてるからな。

…煙草吸ってると味覚が鈍くならなかったっけ?


切り分けられたタルトの配分は他のニンゲンが見たら不平等を叫び、再分配を申し立てかねないほど理不尽なものだった。これが甘いものではなく、酒だったら俺もこのこぶしを振るうことも吝かではなかっただろう。


が、大して興味のない甘いタルトな上、今の俺は三大欲求のうちの一つである食欲が消滅している。特に気にすることでもないと判断し、そのまま皿を受け取った。まるまる一個買って来たらしいホールのフルーツタルトは全体の4分の3と8分の3がトトロスの元に残され、俺のほうへ渡された皿の上には8分の1になった薄い一切れのタルトが乗っていた。


「あ、フォーク忘れた。そもそもフォークあんのかなここ。まぁいいや。最悪箸とスプーンで食べよ。探してくる。」


皿とコップは用意したのに肝心なフォークを忘れたらしい。確か用意されてはいたが一つしかなかったはずだ。恐らくフォークと箸のどちらかで食べることになるだろう。


台所にトトロスが向かっている間、買って来たらしいペットボトルを開け、トトロス用のコップに紅茶を注ぎ、自分の椀に同じように紅茶を注ぐ。無糖のようだ。片手で持ったこの二リットル入りの大きなペットボトルは衰えたこの体にとってかなり重かった。


「ただいまー。フォーク一個しかなかったから箸も持って来たよ。どっちがいい?」


「俺が箸でいい。お前はフォーク使え。」


「いいの?じゃあ遠慮なく。あ、紅茶入れてくれてありがとね。よし。じゃあいただきまーす。」


わくわくとした表情でフォークを握り、目の前のタルトの攻略に取り掛かるトトロス。恐らく何を言ってもこの状況じゃあこいつは適当なことしか話さないだろう。一時的にこいつから事情を聞きだすことを諦めて、俺もまた目の前に置かれた糖分の塊を処理することにした。


自分用に切り分けられたタルトを二口三口食べたが結局途中で飽き、4分の3もあるタルトを美味そうにぱくつくトトロスのほうへ押しやれば心底嬉しそうに受け取った。

タルト自体は確かに美味かったが食欲がほとんど失われている俺にとっては量が多すぎた。まあ余ってもこうやってトトロスの奴が食べるので問題はない。


トトロスは自分用に取り分けたタルトをあっさり平らげると、早々に俺の分のタルトに手をつけた。見ているだけで胸焼けしそうな甘いタルトをたった一人で、しかもホールで食べきるトトロスの奴は糖尿にでもなるんじゃないかと思う。

煙草も吸うし、酒もうわばみのように呑む。甘いものが大好きで摂取カロリーは成人男性の二倍くらいはあるが職業が農家というのもあって運動量は多い。仕事で消費しているから相殺されているんだろうか。


「ごちそうさまでした。うん。美味しかった。ここのお店はタルトが一番美味しいんだよね。今度は何にしようかな。」


「よくそんだけ食えるな。」


「美味しいものは人を幸せにするんだよ。望まずともね。」


「あ?」


タルトを食べ終えたトトロスは「ごちそうさまでした。」と両手を合わせた。タルトを保護していたフィルムを畳んだり、いくつかのごみをまとめて箱に詰める。

その作業の合間にめったに聞かないひどく冷えた声でトトロスはそう呟いた。この従兄弟は馬鹿みたいに見えるがその中身はとんでもない虚無主義者だ。普段のふるまいからはとてもそうは見えないが。


「ニンゲンという生物は空腹が満たされ、満腹になることにより、脳内麻薬が分泌される。まぁ持続効果は短いんだけど。それにより強制的にもニンゲンを幸福にすることは出来る。」


「それを望まなくともか。」


「まぁいろいろ条件は必要だけどね。」


ケーキの箱を片付け、使った食器類を台所へ運び流しに浸ける。コップとお椀だけはテーブルの上に置いたままだったがどうせまだ使うだろう。

台所から帰ってくるとトトロスはすでに煙草を咥えて火をつけていた。今日は珍しく煙のにおいが甘くなかった。


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