一日目夕暮れ③
「忠秋。お前『街』に定住して住人管理官やってみないか。」
「管理官?」
監視生活も5年目となるとずいぶんと快適に過ごせるようになった。
自我を持つがらくたの俺はなるべくいつも通りの生活をすることが望まれていて自由に研究施設内を歩きまわることができた。それに加えて過度のストレスによりがらくたになることまでは研究されていたので、なるべくこれ以上のストレスがかかることが無いように、と研究員達から細心の注意を払われていた。そのため望めば煙草だろうが酒だろうが貰えるのだ。
毎日好きなように過ごせる天国みたいなこの環境で膨大な時間が生み出す退屈だけが難点だった。望めば本は好きなだけ借りられるし、テレビも見られる。暇つぶしの道具は申請した分与えられたがそれでも時間は有り余った。
なにしろこの5年間の研究により、どうやら俺は三大欲求を失っていることが判明し、食事や睡眠で時間がつぶせなくなったからだ。食事をしたいと思わないし、眠りたいと思うこともない。下世話な話になるが一切性欲も感じなくなっていた。
それ以外はごく普通のニンゲンと変わらない。自我があるとはいえ俺はがらくたなので面会者もいない。決められた時間に起床し、決められた時間に食事を取る。基本的には生活に必要な行動を取る以外にやることはない。好き勝手に過ごしている様子を研究員達に観察されるだけで何か実験に協力することもない。本を読んだり、テレビを見たり、どうにかこうにか時間を潰して時間が来たら眠たくなくても無理やり眠らされ、既定の時間まで意識を失う。
そんな単調な生活にも飽きてきて退屈を持て余していた俺の過ごす監視室に次兄はどこかにやにやとした表情を浮かべてそんな話を持って来たのだった。
「おう。親父と兄貴は説得してあるから明後日からお前『街』で暮らせ。1週間分の報告書作って週一で提出な。なんか事件とかあったら追加の報告書もよろしく。ああ、あとめったにないとは思うけど外のニンゲンと『街』の住人との間にトラブルとか発生したら対応するのはお前がやってくれ。それなりの権限と権力と給料はやるから。」
「それ決定事項じゃねぇか!なんで聞いたんだよ。」
「おう。決定事項だぞ。そんなことよりお前ももっと喜べよ。ここから出て『街』の中とはいえ自由に暮らせるんだぞ。」
次兄が笑いながら言ったその発言にハッとする。確かに『街』で暮らすようになれば今の監視生活から脱出できる。恐らく完全に監視の目が外れることはなくとも今よりはましな生活が送れるだろう。
「確かにそうだな。ありがとう兄貴。」
「うわ、気持ち悪。お前から真面目にお礼言われるとこんなに鳥肌立つんだな。始めて知ったわ。まあそんなわけで向こうでのお前の役職は住人管理報告官な。一応『街』にいる職員たちの責任者にもしておいたから頑張れよ。」
「わかった。」
そんなわけで俺は次兄によって用意された住人管理報告官及び管理職員責任者という肩書を持って『街』に住居を移すことになった。恐らくここから出ることは今後ないだろう。
自我のあるがらくたの俺の姿を長時間見ても狂気に陥るニンゲンが少ないとはいえ俺ががらくたであることは変わらない。この事実は研究所で行われた非合法且つ非人道的な実験の死刑判決の下った犯罪者を使用した実験によって判明した事実だ。
それにしても次兄はよく父と長兄を説得できたものだと思う。『街』を実際に管理する会社の社長として働く長兄と、社長の座を長男に譲り研究施設で所長として働く父。特に父は俺のことを珍しい貴重なサンプルだと認識していたのでその管理下から外すのをよく了承したものである。
口のうまい次兄のことだ。怒涛の勢いで屁理屈や適当な建前を話して反論する暇すら与えなかったに違いない。次兄のすごいところはあの威圧感ある父と兄相手に臆することなく相手が不快に思う前に自分の都合を押し通す度胸だと思う。
『街』に引っ越し、管理官としての仕事を始めた。が、仕事内容は主に書類作成ばかり。次兄に命じられた報告書も始めこそ真面目に書いて提出していたが段々と書くことがなくなっていた。それもそうだ。
がらくた達は同じことしか繰り返さない。その行動パターンは変化しないのでせいぜい報告書に書き足す変化と言えば死亡報告書くらいだ。
それだって月に一回あればいいほうで結局毎日退屈であることに変わりはなかった。ふらふらと見回りがてら街を歩き回っても変わり映えのない風景のまま。意思を持つ者との会話がほとんどなくなったことを考えるとこちらでの生活のほうが退屈だった。
さて、この『街』だががらくた達の生活が円滑に回るように住人達に紛れて職員が働いている。しかしがらくた達の中でニンゲンが生活すると狂ってしまうので二日に一度職員が交代する規則だ。それでもたまに狂ってしまう職員もいる。
そうして狂ってしまった職員は残念ながらこの『街』にある病院行きになる。狂気を伝染させないためと言われるが実際は実験対象として価値があるからだそうだ。胸糞悪くなったのでこの話は途中で聞くのをやめた。話していたのは次兄だが。
研究所での生活とあまり変わらない生活を送っていったせいか俺は段々無気力になっていった。話す相手はめったに来ないし、報告書を作る手間もほとんどない。慰め程度にどこからか兄貴が持ち込んだ時計の修理をして時間を潰し、日が暮れたら縁側に座って柱にもたれかかって煙草を吸う毎日。
ぼんやりキャスターを吸いながら夜明けが来るまで庭を眺め、体の限界が来たら倒れるように意識を失い、体が勝手に目覚めるまでそのまま。なぜだか風邪やらなんやらを滅多にひかないので何も問題はない。食事もきちんと三食摂らなくなり、体重は激減した。ぼんやりすることが増え、毎週書いていた報告書も滞りがちになっていった。
そんなむちゃくちゃな生活リズムのまま時間が過ぎ、いっそ首でも括ってやろうかと思い始めた2年目のある日。
その日は秋晴れの、空に雲一つない綺麗な快晴だった。数か月に一度鳴るかどうかのインターフォンが鳴り、警戒しながら引き戸である玄関の扉を開けるとそこに立っていたのは実家の農家を継いだはずのトトロスだった。