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一日目夕暮れ①


忠秋は先ほど購入した煙草を咥え、ライターで火をつけてから大きく息を吸った。息を吸い込むと有害物質をこれでもかと含んだ煙が肺の隅々まで浸透していく。ふわりと甘いバニラのような香りが周辺に広がっていった。


甘いものは基本的にあまり好まないのだがこの煙草だけは別だった。以前この煙草を吸っているのを従兄弟に知られたとき「顔に合わないもの吸うねー。」と大笑いされチョークスリーパーを仕掛けたことがある。奴はぴんぴんしていたが。

煙草の吸い始めはいつも肺の細胞一つ一つに煙草の成分であるタールが絡みつくような感覚がする。

…まぁ気のせいだろうが。


こうやって煙草を吸っていると二つ年下の従兄弟の顔が浮かんでくる。へらへら笑うあいつは見た目によらずかなりのヘビースモーカーだ。ポケットにしまったライターはあいつがいつかの誕生日に寄越してきたものだったか。従兄弟曰く鉄錆び色だというその赤錆みたいな色をしたメタリックなライターの表面には金字で俺のイニシャルが刻まれていた。


火のついた煙草を口に咥えたままこちらをギラギラとした目で見てくる従妹のほうへ体を向ける。予想できたことだとはいえどうにもこの後の処理のことを考えるとうんざりしてしまう。それでも黙っているわけにはいかない。こういった外と『街』の住人のトラブルに対して対応するのも俺に課せられた仕事だからだ。


「住人管理職員として警告する。即刻退場せよ。繰り返す即刻退場せよ。…琴音。もうすぐ日が暮れる。ここには宿泊施設なんてものはない。早く帰れ。」


渋々ながら警告を発する。忠告ではなく警告なのは『街』の住人に対して無理やり接触しているからだ。『街』と外の住人の接触は禁止こそされてないがあまりよいことではない。だというのに無理やり接触するのは完全に違反行為だ。職務規定通りの警告を発したのち身内としての声をかける。情けのようなものだがそれも理解できていないんだろうなぁ。


「どうしてっ…どうしてお姉ちゃんを行かせたの!!」


さっき掴んだ腕が痛むのだろう。そちらをかばいながら俺に怒りをぶつける琴音はどこか哀れだった。兄貴に知られればまた始末書を書かされる。隠しておきたいが恐らく琴音の父親、清澄の叔父貴経由で兄貴まで報告がいくだろう。ああ面倒くさい。叔父貴は悪い人間じゃないが融通が利かない。そういう人間は俺みたいな奴にとって非常に扱いづらく、厄介だ。


まぁ報告が二番目の兄貴までで止まってくれることを祈ろう。一番上の兄貴にばれたら始末書だけでは済まなくなる。減給確実だ。面白がって始末書だけで済ませてくれる二番目の兄貴に感謝。まぁ結構な変人だが。


とにかく自分の仕事を片付けよう。早く帰ってやらないと祐がうるさいし、恵にまた殴られかねない。成人男性一人を一撃で沈める威力を持つ恵は加減しているとはいえそうほいほい人を殴ってはいけないと思うのだが俺と祐に対してためらったことはない。あいつの倫理観はどうなってるんだ。喧嘩っぱやすぎやしないか?


「あたりまえだろう。あいつはここの住人だ。それにあいつはお前に会ってもお前をもう妹だとは認識できない。」


「そんなこと…。」


愕然とした表情をした琴音は今にも膝から崩れ落ちそうだが俺としてはどうでもいい。そもそも琴音がこの『街』のルールを守らなかったのが悪い。従妹とはいっても祐とは違ってあまり関わったことがない。が、あの清澄叔父がここまでちゃんと教育できていないとは思わなかった。


俺の実家と同じく仮にもこの『街』の管理に関わる家の人間だろうに。もしかして適性がなさ過ぎて叔父はここに関わらせるのをやめたのだろうか。祐はこの『街』で暮らす前はちゃんとここでの仕事が出来ていたから恐らくそうなのだろう。


ああ、さっさと終わらせたい。こんなのは俺のキャラじゃない。恵とくだらない話をして

祐をからかいながら家でだらだらしていたいんだ。


というかそもそも琴音はあの時何をしたのか理解していないのだろうか。まさか清澄叔父はそれすらも教えていないとでも?それなら始末書は書かなくて済むかも。兄貴経由でこっちから苦情を入れられる案件だ。


何を言っても納得しなさそうな琴音の様子にうんざりする。大体あいつががらくたになったきっかけは琴音の一言なのに。まあ教えられていないのなら仕方ないと言えるのかもしれないが…。

うん。やっぱり叔父貴には苦情を申し入れよう。こんなのが繰り返されちゃたまったもんじゃない。


自分がどうしてこんな目に合うのか全く分からないとでも言いたげなその顔に知らないとはいえ無性にイライラしてくる。いくら身内とはいえ俺だって許容できる限界があるのだ。


「わかったなら早く帰れ。外の人間があまり『街』に居るもんじゃない。他の住人達のように狂うぞ。」


「だって、お姉ちゃんは他の人と違ってちゃんと自我があるじゃない!だったらここから出れば元に戻るんじゃ…。」


ああくそ。やっぱり理解していない。自分がその姉を壊した張本人だとこいつは一欠片もわかっちゃいないんだ。

苛立ちのままに怒鳴りそうになるが抑える。この『街』はなぜあるのか、住人たちがどうして同じ行動しかとらないのか。それを正確に知っているものは少ない。…こいつも5年前の事件がなければそれを正確に知る人間の一人になっていたのだろう。今となってはならなかったほうがこいつのためになったと思えるが。


「あいつは特別だ。それでもぎりぎりまで『街』の住人と同じ思考になっている。自我を保っているのは奇跡に近い。だから『街』を出たとしてもあいつが元に戻ることはない。…あきらめろ。」


「でも…。」


「でもも、何もないんだよ。それがルールだ。お前でも知ってるだろう。カミサマとやらが決めたニンゲンのルールを破ったらニンゲンじゃなくて自我を失ってがらくたになる。俺たちはちょっと例外だがルール通りニンゲンではいられなくなった。これは変わらないんだよ。もうわかったなら帰れ。そろそろ職員を呼ぶぞ。普段なら即刻強制退場だが身内のよしみでここまで許したんだ。」


しびれを切らして最終通告を出す。そこまでしてやっと琴音は自分が不利だと理解したのだろう。キッと俺を睨み付けてから『街』の出入り口へ向かって歩き出した。


その後ろ姿が見えなくなるまでその場で待機する。琴音の後ろ姿が見えなくなってからすっかり忘れていた煙草の灰を落とした。あ、やべ。ポケット灰皿に灰落とすの忘れてた。普通に地面に落としちまったな。清掃職員に怒られる。やっちまったと思いつつも地面の砂とすり混ぜて証拠隠滅をはかる。ばれるかな。まあいいか。


中途半端に短くなった煙草をポケット灰皿に突っ込んで処理をする。灰皿の底のほうでぐりぐりと潰して消火するがこれをトトロスに見つかったらもったいないと頭をはたかれそうだ。

あのヘビースモーカーはやばい。吸う銘柄には特にこだわりはないらしいがよくアークロイヤルという銘柄を吸っている。なんでも紅茶の香りがして楽しいのだという。


あいつは煙草であればなんでも吸うが基本的には味が甘めのものが好きなようだ。いつだったか缶入りのそこそこ高い煙草を丸ごと寄越してきたことがあった。俺はそこまで吸わねぇっつの。一日下手すれば3箱も4箱も開けるお前とは消費量が違うんだよ。あいつヘビーっつうかほとんどチェインスモーカーじゃねぇか。


心の中で従兄弟につっこみながら新しい煙草を箱から出してトトロスからもらったライターで火をつけ、口に咥える。トトロスは手癖が悪くて俺が縁側でぼんやりキャスターを吸っていると勝手に箱から出して吸っていることがある。かわりに自分がその日持っている煙草を一本入れておくので気づけば俺のキャスターの箱の中には様々な種類の煙草が入っている。


まぁわざわざ買わなくともいろいろな味が楽しめて面白いので口ではやめろと言いながら積極的にトトロスの行動を咎めることはしない。

それを知っているトトロスの奴は笑いながらまた煙草を交換するのだ。


歩き煙草はマナー違反だがこの時間帯に歩いている住人はいない。元々子供と呼べるような年齢の人間はここにはいないのだから見逃してもらおう。誰に言い訳しているのかわからないがそう心の中で言い訳をしながらキャスターを咥えたまま祐と恵の待つ工房に向かって歩き出した。


すれ違う住人もおらず、住人の中に紛れている職員たちにも会わなかったので工房に向かってだらだらと歩を進める。住人たちの住宅街から少し離れたこの先に俺の終の棲家はある。先ほどのことについての報告書のことを考えると頭が痛くなってくるがそれと同時に自分がこの『街』に住むようになった時のことを思い出していた。


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