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一日目夜①


めぐちゃんに手を引かれて後ろが気になりつつも忠秋の工房へ帰る。

がさがさと鳴る買い物袋。見上げた先にあるめぐちゃんの後頭部。頭の輪郭が沈む太陽の光を反射して金色に縁取りがされていた。薄暗い夜の空に柔らかく響くカラスの鳴き声。つないだ手からほんわかしためぐちゃんの体温が伝わってくる。


めぐちゃんの手を握りしめながらさっきの女性を思い出す。ずいぶん必死なあの女性はきっとお姉さんのことが大事なんだろうな。あんなに一生懸命だったんだもの。


しかしあの女性のお姉さんと俺がそんなに似ていたんだろうか。俺じゃなくてめぐちゃんがそう勘違いされるならわかるんだけどなぁ。まぁ忠秋のことだからあんな感じの女性にも慣れているだろう。伊達に何度も女性に刺されてないし。あの女性がお姉さんと会えるといいな。


忠秋の心配がなくなれば頭に浮かぶのは今日の晩御飯だ。今日の晩御飯はめぐちゃん作の鯖味噌に炊き立てご飯。めぐちゃんのことだから他にも何かおかずを作ってくれるだろう。

蓮根を買っていたからきんぴらをねだれば作ってくれるかもしれない。


「めぐちゃん。今日鯖味噌の他に何か作るの?」


「そうだねぇ。緑が欲しいからほうれん草のお浸しでも作ろうか。」


めぐちゃんの隣に並び、顔を見上げればにこにこと笑ってくれるめぐちゃん。

めぐちゃんは先ほどの忠秋のことも女性のことだってまるで全く気にしている様子がなかった。当事者の俺だって意味が分からなかったのに忠秋が登場した場面しか見ていない状況で忠秋にすべて任せためぐちゃんは肝が据わっているというか、マイペースだというべきか。


ほうれん草のお浸し以外は何を作ろうかなぁと呟くめぐちゃんの手を少しひっぱる。

ん?とこちらを見てくるめぐちゃんに少しもじもじしながら尋ねてみた。


「あのさ、蓮根のきんぴらって作ってくれる?」


「ん?うん、いいよぉ。お手伝いできる?」


「やっほーい!!お手伝いします!」


「よーし。じゃあ工房に帰ったら早速作らないとね。」


めぐちゃんに蓮根のきんぴらをねだればにっこり笑って頷いてくれる。うれしくなってつないだ手をぶんぶんと振った。めぐちゃんははしゃぐ俺を微笑まし気に見ながら好きにさせてくれた。


公園からしばらく歩けば忠秋の工房に着く。工房の鍵は出るときに戸締りした俺が持っているので忠秋がいなくても問題ない。

ポッケに入れていたキーホルダー着きの鍵で工房の玄関を開ける。めぐちゃんの手を放して暗くなってきた家の中の電気を全てつけた。


その間にめぐちゃんは台所に買い物袋を提げて入っていった。めぐちゃんと別れた俺は玄関から廊下、台所、居間、忠秋の部屋の電気をつける。

忠秋の工房は平屋で間取りが玄関から入って左の廊下をまっすぐ進むと居間の扉、正面の廊下を進むと突き当りにトイレがある。居間に続く廊下の途中に台所の入り口があり、居間の扉から右に曲がった先に洗面所と風呂が存在する。

洗面所の隣の部屋が忠秋の部屋だ。部屋は居間と忠秋の部屋の二部屋しかないので同居時代は忠秋の部屋で寝ていた。


忠秋の部屋の布団はいつもしきっぱの万年床で一組しかない。流石に一つの布団で寝られるほど俺も忠秋も体は小さくないので俺が転がり込んできた日に忠秋がネットでもう一組の布団を注文してくれた。

俺が住む部屋を見つけて忠秋の工房を出たときにその布団も一緒に持って引っ越したのでまた忠秋の工房にある布団は忠秋の布団一組だけとなった。


それからめぐちゃんが泊まるようになってその頻度が多くなった頃に忠秋がまた布団を買った。めぐちゃんは「毛布一枚あれば全然平気。」と言っていたけど忠秋は軽くめぐちゃんをこづくと黙って布団を二組注文した。


めぐちゃんが引っ越してきて遊びに来るようになるまでは俺は忠秋の家に泊まるたびに面倒くさくて忠秋の布団に潜り込んで寝ていた。実は寝袋が一つ忠秋の家にはあるのだけどこれはトトロス君が泊まるときに使っていると聞いて申し訳なさが勝って使えなかったので。


一晩くらいだったら狭いけど忠秋の布団で二人並んで寝ていても何とかはみ出さないので寝られたし、忠秋は眠る時間が短いので俺より遅く寝て、俺より早く起きるので割と何とかなった。俺は別に忠秋の布団で寝ていても平気なんだけどめぐちゃんと忠秋に「ちゃんと寝なさい。」と言われてしまったので買ってもらった広々とした布団で寝ている。


この布団はたまに泊まりにくるトトロス君も利用しているそうでそれまで寝袋で寝ていたトトロス君に「祐ちゃんマジでありがとう!多分俺だったら布団なんて一生支給されなかった。」とめっちゃ感謝された。

忠秋はもう少しトトロス君に優しくしてあげるべきだと思う。いい人なのに。


工房を隅々までチェックして異変がないか調べておく。何もないとは思うけど一応。問題なく見回りが終わってめぐちゃんのいる台所に向かう。買ってきた鯖を冷蔵庫にしまって野菜とかを準備していためぐちゃんは入ってきた俺に気づくとこちらを向いて優しい声をかけてきた。


「祐君。どうだった?」


「今日も異常なしです。」


ふざけて敬礼しながら返事をすればめぐちゃんは笑ってくれた。めぐちゃんはがさごそと鍋やフライパンなんかの調理器具をしまってある棚から大き目の片手鍋を取り出した。


「はい、お疲れ様です。じゃあ今度はお湯を沸かしてくれる?」


「はーい。」


めぐちゃんが差し出した片手鍋にたっぷりと水を張ってコンロに置き、火にかける。後ろではめぐちゃんがほうれん草の束を袋から取り出していた。

自分の手をしっかり洗ってからほうれん草を束ねていた紐を取り外すと軽く根元を洗ってざるに置く。たくさん茹でるのかほうれん草だけで10束もあった。


「めぐちゃん。これ全部茹でるの?」


「うん。今週トトロス君来るんだって。どうせ飲み会になるからおつまみもついでに作っておこうかなって。後は明日の朝ごはん用のおかずも作るつもり。」


「飲み会!俺も参加していいかな。」


「忠君に聞いてみれば?多分いいよって言ってくれると思うけど。」


「めぐちゃんは?」


「んー今回はパス。」


ほうれん草の簡単な処理をしためぐちゃんは次に蓮根の処理に取り掛かった。俺はその間に会話中にぐらぐらと沸いた鍋の様子を見る。うん。十分沸騰している。


ざるに置かれていたほうれん草の束をまとめて持って根元のほうからゆっくり鍋に沈めていく。ゆらゆらと軽く揺らしながら根、茎、葉の順にお湯につけていくと段々柔らかくなりほうれん草はすべて鍋に入り切った。ほうれん草が全部沈んだらめぐちゃんがいつの間にか用意していた菜箸で軽く鍋の中をかき混ぜる。


しゃく、トン。しゃく、トン。


蓮根をスライスしているめぐちゃんのリズミカルな音が後ろから聞こえる。めぐちゃんの蓮根きんぴらはスライスした蓮根を使う。シャクシャクとした触感の蓮根がきんぴらになるとシャクシャク、ほっこりになるのは不思議だ。


トトロス君もめぐちゃんのきんぴらが大好きでめぐちゃんに会うとよくおねだりしている。トトロス君はおねだりするときに親戚の人からもらった鹿肉や珍しい野菜、自分のところで育てている野菜を持ってくる。めぐちゃんはそれらを使って美味しい料理を作ってくれるのだ。


楽しみだなぁ。めぐちゃんのきんぴらはちょっと甘めの味付け。鷹の爪の輪切りはしっかり入っているのでピリ辛なんだけど塩辛くない。甘くてちょっとピリ辛な味付けのきんぴらは出来立ても蓮根がほくほくで美味しいんだけど次の日の味の染みて冷えたきんぴらはシャクシャク度が上がって最高に美味しい。きんぴらには金ゴマがたっぷり入っていてゴマのプチプチ感も美味しい触感だ。


「ただいま。」


めぐちゃんのきんぴらで頭がいっぱいになっていると台所の入り口から声が聞こえた。振り返るとドアのところにのっそりと忠秋が立っていた。


「おかえり。」


「おかえり忠秋ー。大丈夫だった?」


「ああ。何ともなかった。」


「やっぱり人違いだったんだ。」


さっきの女性のことを聞くと問題ないという風に軽く手を振って忠秋はめぐちゃんのほうへ様子を見にいった。めぐちゃんはスライスした蓮根を酢水に浸けてあく抜きをしている。


「きんぴら?」


「そうだよ。こっちは大丈夫だから祐君のほう手伝ってあげて。」


めぐちゃんの手元を後ろから覗き込んだ忠秋はぽつりとつぶやく。めぐちゃんはそちらを見ずに今度は調味料の準備をしていた。

忠秋はほうれん草を茹でている俺のほうをちらりと見るとちょっと眉を寄せたしかめ面でめぐちゃんのほうに向きなおる。


「ほうれん草は何にするんだ?」


「お浸しだよ。大丈夫。」


「ならいい。」


めぐちゃんの言葉を聞いた忠秋はしかめ面からいつもの無気力な顔に戻るとこっちに寄って来る。忠秋はほうれん草は嫌いじゃないが胡麻和えが嫌いなのだ。胡麻和えになるとかたくなに食べようとしなくなる。俺は好きだから忠秋の分も食べる。胡麻の風味がして美味しいんだけどまあ食のの好みは人それぞれだから無理に食べなくてもいいだろう。

実はトトロス君も胡麻和えが嫌いなんだって。でもすりごまたっぷりの中華風野菜ナムルは大好きでこれは忠秋もトトロス君もよく食べる。


「今どれくらい茹でてる?」


「そろそろざるに上げるよ。」


「ん。じゃあそれは俺がやるから恵のところ行ってこい。」


「おーよろしくー。ざるはもうシンクに用意してるからそれ使って。」


「ん。」


ほうれん草を忠秋に任せてめぐちゃんの元に行く。

めぐちゃんのことだからもうあらかた準備は終わってるんじゃないかなぁ。


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