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一日目

時坂藤右衛門忠秋(ときさか とうえもん ただあき) 職業 時計修理職人(住人観察報告官責任者)


3人兄弟の末っ子。厳格な父と長兄がいる。次兄は曲者。アクが強い。いろいろ便宜をはかってくれるのはこの兄。どうやら秘密があるようで…?

こんなくそったれな世界で本当に神様とやらがいるのならそいつはとんでもねぇろくでなしだろうよ。

                 住人管理報告官 時坂藤右衛門忠秋の報告日誌




せっかく両親が用意してくれた見合いの席をぶち壊したのは今から5年前のことだった。


今振り返るといくらこの見合いが見合いという名の確定婚且つ、家同士ですでに式の日取りまで決まっており、このままだと確実に結婚するはめになるという極限の状況だったとはいえもっと他のやり方があったのではないかと思ってしまうほど5年前に俺のしでかした代償は大きかった。


いやでも自分だってぎりぎりまで粘ったのだ。仕事で忙しくしていたら知らない間に結婚の話が進んでいて、久々に家族団欒の夕食の席でくつろいでいたところに笑顔の両親から「驚かせようと思って用意していたのだよ。」と告げられ、目玉が飛び出るくらい驚いた。

しかも告げられたのは見合いの3日前。その話を聞いたときあまりの衝撃で頭は真っ白になった。


「は?見合い?」


「そうだ。相手は製薬会社の重役に若くしてついているとても優秀な人物だ。」


「あちらのご家族もあなたのこと気に入っていらしたわ。きっと素晴らしい結婚になるわよ。」


こちらの様子など気にするとこもなく好き勝手に話す両親に慌ててまだ早いだの、そもそもいきなりすぎるだの自分としてはかなりまっとうな反論をぶつけたのだが突然の結婚で照れているのだろうというよくわからない判断をされた。

自分勝手すぎる両親に自分たちも見合い結婚だったが何も問題はなかった、初めはぎこちなくとも時間が夫婦にしてくれるだのなんだの言われ見合いの日まで部屋に閉じ込められてしまった。


両親は子供思いで優しい、悪い人間ではないが子供を思うが故に子供自身の話をあまり聞かない悪癖がある。今回は見事なまでにそれが発揮されてしまったと言えるだろう。

いやほんとに勘弁してくれ。


ままならない恋をしていた自分は結婚することは諦めていたし、それでも別に構わないと考えていた。

俺はその子が幸せでいてくれさえすればよかったし、その子の幸せになるならば俺じゃない他の誰かと結婚しても泣く泣く我慢するくらいの覚悟はあった。

親友として傍にいることは諦めてはいなかったがいつか彼女にとっての一番になれなくなることも自覚していた。


それ以外にも様々な事情があって表立って好きな人のことを両親に伝えられていなかった弊害がここでくるとは思わなかった。結局散々抵抗したものの強制的に見合いの席に連れ出され、この短期間で追い詰められた自分はまぁ…その、やらかした。


やらかした内容としてはちょっと思い出したくない記憶なので触れないでおきたい。やっと落ち着いてこの時の記憶を振り返れるようになったのだ。

深く考えると精神汚染されて…。うっ、頭が。


まあちょっとやりすぎたかなと今更ながら思う。だが静かに追い詰められていた自分は自覚できないほど精神が疲弊していたらしい。

そのままよくわからないテンションでやらかした結果両親から勘当され、この『街』でひっそりと暮らすことになったがまぁ後悔はしていない。後悔しない人生万歳。


それでいてやらかした当時の記憶は曖昧で覚えていることはあんまりなかったりする。

覚えているのは面子をつぶされ怒り狂っていた父と相手方に平謝りする母の姿。そんな両親の様子を見て思ったより被害がでかくなっちゃったなぁなんてどこか的外れな感想を抱いたことまでは覚えている。そんな悠長に考えている場合ではないぞと理性が騒いでいたことも覚えている。まぁそれぐらいしか覚えていない。


なにせそれなりに社会的地位のある両親の顔に泥を塗ったあげく不意打ちでアッパー食らわせるようなことをしでかしたのだから。恐らく勘当。もしくは着のみ着のままで放り出されておしまいか。

予想したとおり烈火のごとく怒り狂う父とどうしてそんなことをしたのと泣きながら訴える母。


なまじ今までの自分が親の言うことをよく聞くいい子だったがために両親にとって今回の件は衝撃が強すぎたのだろう。そんな両親の姿にわずかばかりの罪悪感が浮かばないわけでもなかった。


が、疲弊し、おかしくなった脳みそは同じ場面に戻ってやり直せると神か悪魔に言われたっておそらく自分は今日と同じことをするのだろう、だなんて脳内でちょっとかっこつけてみたりもしていた。大体かっこつけられてすらいないし、意味も分からない。中身としては見合いぶち壊しただけである。しょぼすぎる。


ぶっちゃけなぜあんなことしたのか全く分からないし、なんであの時は中二病みたいな考えをしていたんだろう。

今考えてもやっぱどこか頭がおかしくなっていたなと思える。やっぱり人間色々追い詰められると何をするかわからないものだ。


何を言っても返事も何もしない俺に普段は穏やかだが怒ると手の付けられなくなる父の堪忍袋の緒が切れた。父は勘当だ!と叫び、止める母の声も聞かず出ていくように言った。本当なら着のみ着のまま追い出すつもりだった父に母が最後の情けか荷物をまとめるまで時間をあげてほしいと頼んでくれていたのでこうなることを想定してある程度まとめて置いた荷物を持ち、実家を出ていった。

妹が何か言っていた気がするがそれも覚えていない。


それが5、6年前のこと。出ていった当時、金はあっても行く当てはなかったので父方の従兄弟にあたる忠秋のところに転がりこんだ。

忠秋は転がり込んできた俺から事情を聞くと一言「馬鹿じゃねぇの。」と言ったきりそれには触れず、「仕事の邪魔しねぇなら家事するのが条件でおいてやる。」と俺の精神が落ち着くのと新居が見つかるまで家に置いてくれた。


従兄弟の忠秋は本名を時坂藤右衛門忠秋という32歳のひょろ長い痩せぎすの男だ。

古風な名前なのは実家が由緒正しい武家の家系で時坂家の男児は代々みな藤右衛門の名前をもらうかららしい。

昔は茶髪で明るく、調子のいい兄貴分のようにふるまっていたが今ではまるで正反対だ。何をやるのもだらだらと動き、猫背気味のその背中にその年に似合わない哀愁を漂わせている。


忠秋は基本的にクズだが根は良いやつだ。たぶん。

昔は女性関係がめちゃくちゃで何回か刺されていたが懲りずにまた新しい女性に声をかけるみたいな女性関係に関してだいぶクズな奴だった。

実家は金持ちで、三男だから家を継がなくてもいいし、顔だってかなり整っているから女の子は入れ食い状態だった。八股とか普通にかけてたからね。どういう神経してたんだろうこいつ。


刺された数が両手の指の数を超えたあたりから俺も数えるのをやめた。心配するのもあほらしい。

そのくせすぐ相手の女の子に飽きるのであっさりポイ捨てしては新しい彼女を作っていた。


そんなただれた生活の中で忠秋はあるとき本気で好きになった女性に出会った。それから彼女に振り向いてもらうために今までの女性関係をさっぱりすっきり清算し、真面目に働いて、必死にアプローチしてプロポーズまでこぎつけてめちゃくちゃだった生活を一変させた。


その行動に友人連中はすわ大災害の前触れかといわんばかりに恐れおののいていたけどそんなのどこ吹く風。忠秋の実家もまた由緒ある家だったために彼女と結婚するには様々な障害があった。それでも愛する彼女にために嫌いだった父親を説得したり、涙ぐましい努力の末、紆余曲折あったがやっとこ結婚式の当日を迎えた。


どうしようもなかったこの従兄弟がやっとまっとうになって人並みの幸せを手に入れる様子にほんの少しの嫉妬を覚えつつ心からの祝福を贈った。


幸せの絶頂だった忠秋は神父の前で妻となる恋人の到着を待っていたのだがバージンロードの先のドアから飛び込んできたのはベールをかぶった妻となる恋人ではなく慌てた式場のスタッフ。

そのスタッフから忠秋に告げられたのはなんと恋人の逃亡。

そのあとわかったことだが心底惚れ込んだ恋人は結婚詐欺のプロだったらしい。それから忠秋は女性不信になり、傷心のまま行方をくらませた。


その五年後になぜだか時計修理職人になって帰ってきたが。


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