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11 招かれた管理人さん 

 ◆

 

 ヴィグラムの邸に着くと、中庭にある四阿に通された。

庭園を彩る草花の中には、薬草にもなるアシュワガンダも混ざっているようだ。ルガル王国では強壮剤として有名な植物で、貴族クシャトリヤの間で栽培が流行っているらしい。


 ミドリはスンスンとアシュワンダの香りを嗅ぐと、顔を顰める。彼女はシモネタが大好きだし恋人を欲してもいたが、男女がこのようなモノに頼ることは嫌いだった。


(別にヤりたくなければ、ヤらなければいいだけなのじゃ。貴族クシャトリヤ共にとっては子作りが必須やも知れぬが、浅ましいのう)


 四阿は四方にアーチ状の出入り口を設けた、白亜の建物だ。屋根は半球形で、先端が捻れている。

その屋根を現代の日本人が見たなら、大きな肉まんのように見えるかもしれない。だが所詮屋根だし金色なので、きっと食欲はそそらないだろう。


 四阿の見た目はつまり、縦に置いた豆腐の上に金の肉まんが乗っているような形状だった。

 広さは四十平方メートル程度で、中央に四角い椅子とテーブルが設えられている。簡素といえば簡素だが、それらの調度品には精巧な彫刻が施されていた。


 こういった作りがルガルの貴族クシャトリヤ達をして、「洗練」と呼ばしめるのだろう。豪華に過ぎず、といって簡素ではないものだった。

 その点、インデュラの家は「洗練」から程遠い。邸の壁は赤や黄色で塗りたくられて、金の屋根には象や猿の彫刻が並ぶ。

 それらは一見すれば豪華だが、長い歴史を誇る貴族クシャトリヤ達からすれば、「成り上がり者」にしか映らないのだった。


 三人がそれぞれ椅子に座ると、給仕の侍女達が珍しい菓子を持ってくる。

 まずは定番の甘粥キールから始まり、西方から取り寄せたというビスコッティやザッハトルテが並んだ。それから甘揚げ団子(グラブジャムーン)と続き、ミドリの口内は激甘の甘々となる。

 長い耳を上下に揺らして本当に嬉しそうなミドリは、もはや目的の全てを見失っていた。


「ヴィグラム、ザッハ――なんじゃ? トルテ? これはよいのう! よい菓子じゃ! わしも初めて食うたのじゃ!」


「これは遥か西方から材料を取り寄せて、作らせました。

そもそも我が家は、代々アジュメールの代官をしていますからね。東方からは大リョウ帝国の菓子、西方はオルレアンやケーニヒスベルクなど様々な王国の菓子も揃えられますよ」


「ほう、では王国の陸上交易を司っておるのか?」


「ええ、まあ――父上が、ですけどね」


「ふうん――」


 ミドリは四阿から邸を覗い、納得をする。確かにルガルの様式ではあり得ない立像などが、回廊沿いに並んでいる。そもそも回廊の柱からして、ルガルの純粋な建築とは言い難かった。

 東方と西方を繋ぐ陸路の中間に位置する国家、ルガル王国。けれど王都は公益の拠点ではない。

 何故なら、雑多な人種に入り混じられては、ルガルという国家の基本戦略である“厳正な身分制度”が維持できなくなるからだ。


 とはいえ同時に雑多なものを許容できなければ、交易国家としての繁栄は望めない。

 故に苦肉の策として王都イル・マンディの他に、経済にのみ重点を置く都市を作った。それがアジュメール。広大な草原の中、巨大な湖を中心に据えた街だ。

 アジュメールでは東へ向かう商人も、西へ向かう商人も、必ず足を止める。だから湖に程近い場所に軒を連ねるバザールは、現在、大陸で最も巨大な市場だと言われているのだ。


「え! ヴィグラムさまのお父さまが、アジュメールのお代官さまなんですかっ!?」


 シャクティが驚きの声を上げている。ちょうど甘揚げ団子(グラブジャムーン)を口に入れたところだったから、思わずシロップを飛ばしてしまった。


「シャクティ。喋る時は食べ物を飲み込んでからにするのじゃ」


 シャクティは、小さな管理人にジト目を向ける。きっと、「お前にだけは、言われたくないよ」と思っているのだろう。

 実際、常時スルメを齧っているような人に言われても、まるで説得力が無かった。


「そうだよ。父上はどうやら宰相を目指しているようだけど……流石にそれは無理だと思う」


 ヴィグラムが、まるで父をあざ笑うかのように口角を吊り上げた。


「それは、ゴーダムが宰相だから――ということかの?」


 ミドリが侍女に酒を注いでもらいながら、口を挟んだ。随分と度数の高い酒らしく、飲み込んだ瞬間、喉が焼ける。「――っくー、沁みるのうっ!」が、どうやらミドリは余裕だった。


「ええ、そうです。いくら父上が優れていても、当代の英雄と競っては勝てないでしょう」


「じゃが、インデュラを妻と為せば、お主の家とて英雄の縁者となろう? ましてやこの家は、元を正せば王家ブラフミンにも連なるのじゃから、勝てぬとまでは……」


「――いや、無理なんですよ。陛下のご息女とゴーダムさまのご子息が、間もなく婚約なさる。そうなれば、いくら私とインデュラが結婚しても、父上は宰相の座に手が届かない」


 自嘲しているのか、長い前髪をかき上げながら笑みを浮かべるヴィグラムは、どこか投げやりに言った。

 

 (それにしてもゴーダムのヤツ、抜け目が無い――これでいよいよ磐石の権力を得るのじゃな)


 ヴィグラムの話を聞いたミドリは、政敵をまったく寄せ付けないゴーダムの辣腕に感心する。そして酒を呷りながら、旧友の顔を思い浮かべた。 

 イケメン、長身、勇猛、頭脳明晰――何もマイナス要素の無い完璧な男だった気がする。

 だがミドリは目を細め、(こんど、ゴーダムに何をたかりに行こう?)と考えていた。要するに彼女は、単なるろくでなしなのだ。


「……元平民(スードラ)の分際で。だから私は……」


 ヴィグラムが小さく呟いた。膝上で握った拳が、僅かに震えている。

しかしミドリがそれに気付く気配は無い。何故なら侍女に酒を注がれて、嬉しそうにブイブイ言っているからだ。


「酒じゃー! 酒じゃー! もっと酒をもてぃ!」


 相変わらずのミジンコ脳は、ことの真相に迫りながらもこの有様だった。


 一方、ミドリとヴィグラムの会話に付いて行けないシャクティは、お菓子をひたすら食べている。

 菓子を食い茶を飲んで、一息ついて、また菓子を食う。これを繰り返して、彼女のお腹は張り裂けそうになっていた。

本日二話目です。

というか、ちょっと長かったので分けました。

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