君の隣に俺がいて
6年ほど前に書いた小説です。
放置したブログにあったものを手を加えてこちらにアップします。
ずっと、ずっと歌い続けるから・・・
「えー、この曲は俺の相棒が、青い空をぼんやりと眺めていて思いついた歌です。聞いて下さい『空』」
自分で言うのもあれだが、そのまんまの曲名に思わず心の中で笑ってしまう。
俺はしがない路上バンド『ムクドリ』のギター兼ボーカル、と言ってもメンバーは今は俺1人しかいない。
昼は運送会社でバイトし、夜8時位からいつもの場所、最寄の駅の隣で他の路上ライブをしている人間達に混じって地味に活動している。
道行く幾人かは足を止め、自分の時間を割いて俺の歌を聴いてくれている、俺はその人達の顔を眺めながらひたすら歌を歌う。
一応自作のCDを持参しそれを売ったり、使い古してボロボロになってしまったギターケースに投げ入れて貰った小銭が俺の歌の価値、デビューしたいとか有名になりたいって思っていたのは少し前の話し、今は只沢山の人に俺の・・・俺達の歌を聞いて貰いたい。
歌いながら時々右隣を見つめる、そこは俺の大切な相棒の定位置、昔も今もこれからもずっとずっと・・・、いつものはにかんだ笑顔のまま俺の隣にいて・・・。
「よーし!出来た!」
明るい元気な声がうとうとと眠りの中にいた俺を揺り起こす、ぼんやりした頭で傍らの相棒を見ると嬉しそうに1枚の紙を掲げていた。
「んー出来たのか?」
「うん!」
古いボロアパートが俺の城、畳で寝転んでいた俺の隣ではしゃいでいるのが俺のバンド『ムクドリ』の作詞作曲兼ギターのキイ、キイって言うのはあだ名だ、俺は因みにシイって呼ばれている。
「なになに、キリン・・・?」
「そう、黄色の体の彼はとっても長い首ー、つぶらな瞳でラッララあの子とドライブー」
「・・・」
・・・ダメだコイツは、俺はコイツの作詞作曲能力に惚れているが、3回に1回は笑いを取ろうとする。
「お前なー俺は『流星シンドローム』みたいなのがいいんだよ」
「だって、その前に作った『ふくろう親子』だって子供とかに評判良かったじゃん」
コイツは俺のツボにはまる曲を作るのも上手いが、何故か某お堅いテレビ局の子供向けの歌も作るのが上手い、これは才能と呼べる、俺の相棒だからって欲目じゃなくてキイは凄いんだ。
「でも、なんだかんだ俺が作った歌全部歌うじゃん」
ニヤー大きな眼を思い切り細めてキイが笑う、俺は赤くなって顔を背けてしまう、そりゃ勿論相棒の作った歌だからな何でも歌うさ。
「うるさい、キリンでもなんでも好きに作れよ」
「はあい、日曜は昼からいつも通り公園でやるでしょ」
「ああ、先週はバイトで行けなかったからな」
「うん、俺たちが始めて会った公園だしね」
紙に顔を当てクスクス笑うキイ、コイツは恥ずかしげも無く、くさい事をポンポン言ってくる、これもまた作詞に反映されるから俺は好きにさせている、確かに毎週通っている公園は俺達が出会った公園だから、すごく愛着がある・・・。
「お兄さん声がいいね」
忘れもしない六月の久々に晴れた日の日曜日、俺は緑地公園でギター片手に歌を歌っていた。
「どうも」
只のストレス発散に有名アーティストの売れている曲の、コピーをしているだけの俺に声を掛けて来たのは、アイドル系の目鼻立ちのはっきりとした青年だった。
「俺ね、歌はあまり上手くないんだ、けどね趣味で作詞しているんだ。良かったら俺の歌、歌ってくれない?]
俺はその申し出に眼を丸くしてしまった、よく晴れた空に似合う満面の笑み、俺は驚きながらも俺の声を褒めてくれた彼の歌を歌う事を了承したんだ。
それからの付き合いで、俺の2つ下で専門学生のキイとしがないアルバイトの俺、シイで結成されたバンド『ムクドリ』は今日も地道に活動を続けている。
シイの作る曲は俺の声にとても良く合う、それこそふざけて作る曲も俺の声の為に作られたと言っても過言では無い。
始めは他愛も無い話しを夜が明けるまでしたり、車をレンタルして遠い場所に行ったり、好きなアーティストのライブに出掛けたり、まるでずっと昔からの友人であったかの様に、隣にいるのが当たり前になっていた。
俺はフリーター、キイは専門学生、互いの程よい関係を保ちながら俺達のバンド生活は続いた。
「俺、ずっとずーっとシイの為に歌作るから」
明るい太陽のような笑顔が誰よりも眩しいキイ、そうキイが言ってくれるなら俺も誓うよ。
「俺もずっとキイの歌、歌い続けるよ」
この時間がずっと続けばいい、売れなくても隣に相棒がいればそれだけで心は満たされるから・・・。
『あの、シイさんですか?』
それは在る日俺の携帯に掛かって来たキイからの番号、出たのは妙齢の女性だった。
「はい」
この2日間幾らメールや電話をしても返信が無かったキイの携帯、妙齢な女性の声が俺を不安に掻き立てた。
『一昨日・・・あの子が・・・あの子が・・・』
電話の奥の女性の嗚咽交じりの声が、途切れ途切れに聴きたく無い真実を俺に告げようとする。
止めてくれ・・・悪い冗談だ・・・、きっとキイは笑って俺の部屋のドアを開けてくれるから、だから・・・その先は・・・。
『う・・・死んでしまったんです』
シンデシマッタンデス・・・シンデ・・・誰が?キイが?・・・何を言っているんだ・・・だってまた新しい曲作ったって、今週末公園で歌を歌うって・・・だって、お前がいないと俺は・・・。
携帯越しの声が遠退く、俺はキイに会いたくて堪らなかった。
一日経って漸く真実を確かめる為に、電話の女性に教えられた場所に向かった。
そこは火葬場で喪服を来た人達が啜り泣きながら、棺桶を見つめていた。
俺は喪服を身につけていなかった、だから遠目からキイが入っているらしい棺桶をぼんやりと眺めていた。
「なあ、キイ嘘だよな」
涙が出て来ない、こんなにも心は絶望と喪失感で一杯なのに・・・まだ現実を受け入れられない、まだキイは生きている気がする。
出棺されても尚その場から離れられずにいた俺が、やっと重い足取りで向かった先は始めて行くキイの家だった。
何時の間にか日が暮れ誰もいなくなった火葬場を後にし、キイの家に辿り着いたのは完全に夜になってしまっていた。
火葬場にも顔を出さず、私服で夜遅くに訪ねてしまった俺に嫌な顔1つせずに電話の女性は迎えてくれた。
「すみません、こんな時間に俺は」
「シイ・・・さんですよね。あの子から話を伺っていました」
憔悴しきった顔の妙齢の女性はやはりキイの母親だった、初めて会う彼女はキイと目元が良く似ていた。
「あの子は・・・一昨日家に帰る途中で車に跳ねられそうになった子供を助けて・・・」
肩を震わせ泣きはらした瞳が再び潤んでいる、そうかキイ子供を助けようとしたのか・・・それでお前が死んだら意味無いだろ、俺の相棒はお前しかいないのに、俺を独りにしてどうするんだよ。
「あの子の部屋見て貰えますか?」
俺は小さく頷く、あまりプライベートの話しをしなかった俺達、曲を作って歌ってそれで満たされていた。
初めて足を踏み入れるキイの部屋、俺はキイとの思い出を反芻しながら足を踏み入れた。
「ねえ、シイ。俺ね最初にシイの歌聴いた時寂しそうな人って思ったんだ」
「何だよ急に」
確かに両親は田舎の実家、俺は都会に憧れ1人上京して、コネも職も無くアルバイトで食い繋でいた。
歌も好きで歌っているが、楽しくというよりも俺が此処にいる、俺の存在を誰かに知っていて貰いたくて歌っていた。
「俺も寂しいから・・・寂しい人間同士一緒に歌えば少しは寂しくないかなって思ったんだ」
いつも明るいキイがたまに見せる寂しげな顔、いつも笑っていて欲しいから俺はキイの歌を歌う、俺が歌えばキイが太陽みたいに笑うから俺は嬉しかった。
「ずっと一緒に歌おうね」
「おじさんになっても?」
「ううん、おじいちゃんになってもだよ」
途方も無い未来の話しに苦笑いをしてしまう、明日の事も分らないのに随分先の事だ、けど悪くはない約束だそれが現実になったらきっと幸せだな。
「じゃあ、これからも良い曲作れよ」
「うん!」
俺が小指をキイの前に出す、少し照れ臭かったけど約束の証だからな。
「指きり!」
俺の小指よりもちょっとだけ短いキイの小指が結ばれる、俺はこの時のキイの顔を一生忘れない、少し涙ぐんだ嬉しそうな、見ている俺も自然と笑みが浮かぶ表情。
「俺、今最高に幸せ!最高の相棒がいるから」
「ふっ、じゃこれからも最高に幸せだな」
そう誓いあった日が今はとても遠い、俺は今独りだ・・・。
足を踏み入れたキイの部屋は割りと片付いていて、壁にはキイの好きな洋楽のミュージシャンのポスターが飾られ、真ん中のテーブルに置かれた書きかけの紙に俺は目を止めた。
「友達・・・」
キイの丸いくせのある字で書かれたそれは、次の曲の歌詞だった。
「う・・・歌だけ残して俺を置いて行きやがって」
一番上に書かれた歌のタイトルの名は『友達』、ありふれた言葉だけど俺にとって、俺達にとって一番大切な言葉。
ポツポツ・・・涙が大事な紙の上に滲んでしまう、それでもこみ上げて来る涙は止まらなかった・・・。
「すみません、長い時間居座ってしまって」
泣いた跡は隠せないけれど涙が止まるのに結構な時間が掛かってしまった、それでもキイのお母さんは俺をソファに座らせてお茶を出してくれた。
「あの子はシイさんと出会ってすごく変わったんです・・・。あの子昔は大人しい子で・・・イジメを受けていて、ずっと塞ぎ込んでいて・・・」
その言葉は俺にとって衝撃的な話しだった、あの明るくていつも笑みを絶やさないキイにそんな過去があったとは、俺はキイの事を分っていたつもりで分ってやれていなかったのかもしれない・・・。
「俺・・・いつも明るくて、楽しい事面白い事、馬鹿な事2人で沢山して、
そのキイの笑顔に俺は救われていたんです。俺キイに会えて良かった、今部屋で見つけたこの紙貰っても良いですか?俺これからも歌います、キイの歌を・・・」
「・・・きっとあの子もそう望んでいます。あの子の歌、歌って下さい」
肩を震わせ嗚咽混じりにキイの母親が言葉を搾り出す、俺はこの人に誓い『友達』を完成させる・・・出来たら一番最初に聞いて貰おう。
そう心に決めてはみるものの、心にぽっかりと空いてしまった穴は埋められない・・・。
俺はキイがいなくなってしまった後も、キイとの思い出をなぞる様に歌を歌っていた。
只がむしゃらに、歌を歌う毎日、俺には限界が来ていた・・・。
「あの・・・」
そんな日々を送っていると、在る日路上ライブも終わり片づけをしていると若い女の子から声を掛けられた。
「はい?」
「前一緒に歌を歌っていた人は・・・?」
言い難そうに口をもごもごさせながら、大学生位の真面目そうな女の子に訪ねられた。
「あ・・・その・・・」
この質問は幾人かにされたが上手く口から出る事が出来なかった、今だ受け入れる事など出来ないから。
「いえ、2人で歌っている時とても楽しい感じだったから。今は少し辛そうにしてるからどうしたのかなって・・・あのファ、ファンで応援しています!」
顔を真っ赤にして頭を下げて走り去って行く姿を見送り、溜息を付いてしまう。
きっと今の俺の歌っている姿はきっと、前の様に楽しいとは程遠いものだ。
「もう・・・一曲いくかな」
片付け始めたギターを取り出し、今夜はもう一曲・・・『友達』を歌って終わりにしよう。
「えーこの歌は今夜初めて歌います、大切な人が俺に残してくれた歌です。
聞いて下さい『友達』・・・」
やっと曲を作る事が出来て、今漸くこの歌が歌える・・・ギターを弾き始めたら急に驚いた顔の通行人が足を止めてくれる。
ああ、そうか俺は今泣きながらこの歌を歌っているんだ。
なあ、キイ聴いていてくれているか?この歌は俺とお前の歌だよ。
ずっとずっと歌い続けよう・・・君と俺の歌を・・・。
END