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1/1

新人 袴田

宜しくお願い致します

1

七月二十五日

殺人鬼が、少女に出会った。

美しい、少女だった。

そして殺人鬼は、少女と暮らし始めた。


2

七月二十九日 朝

 

俺、袴田孝也はかまだたかやは真夏のアスファルトの上、倒れていた。と言うよりは、這っていた。


「お兄ちゃん……これ意味あるの?」

 

後ろから声が聞こえた。

 

例の少女、袴田籠瑪はかまだかごめ

 

袴田籠瑪とは俺がつけた名前で、本人もそこそこ気に入ってくれている様だ。

 

黒髪を腰近くまで伸ばし、その可憐な歩き方はさながら大和撫子と言ったところだろうか。兎に角、可愛い。


「黙ってな。これが終わったら白米買ってやるからさ」


「本当⁉︎」

 

米は偉大。

 

さて、俺が何をしているのか説明する前に、少し俺たちのことを話しておこう。

 

俺は近所でも無名の私立探偵をしている。仕事は月に二件あるか無いか。正直これだけではとてもじゃないが生活しきれないので、時折ちょっとした犯罪を犯すーー案ずるな、犯罪と言っても人を殺して金を盗むとか、その程度だ。年齢は二十代後半とでも言っておこうか。

 

さて、続いてこの子について話そう。俺の犯罪歴が気になるのは分かるのだが、いかんせん時間がないのだ。すまない。

 

という訳で袴田籠瑪は俺の義妹ーーとでも言っておこうか。正式にはなんの関係もないのでバレると捕まる恐れがある。只でさえ色々やってるのにこれ以上罪を重ねる訳にはいかない。そして俺はロリコンじゃない。

 

ところで、お前ロリコン好きだろ?とか言う馬鹿は一体何を思ってそんなこと言うのだろうか。ロリコン好きってお前それロリコンのおっさんが好きって意味だからな?エグすぎて笑えないからな?そこんとこ宜しく。

 

話を戻して、袴田籠瑪。七月二十五日の午前二時に倒れていたところを俺が見つけてその日から世話をしている。基本的には優しいのだが、スイッチが入ると俺でも手がつけられなくなる。

 

さて、今俺たちがやっているのは、いわゆる尾行と呼ばれるものなのだろう。相手について説明するのが面倒なので回想を見てもらおう。

 

無駄な装飾が施された豪邸の中の一部屋。そこで俺達は今回の依頼主と依頼について話していた。


「探偵さん。最近うちの主人がどうも怪しいんですよ」

 

この方は今回の依頼主。三十代後半くらいのケバいババア。依頼主をババアと言うのは忍びないのだが、このババア、どうも性格が気に食わん。名前は赤城明日香あかぎあすかだそうだ。どうでも良いね。尾行して欲しい人は夫の赤城退助あかぎたいすけさんだそうだ。どうでも良いね。


「ほう……怪しいと言いますと、どこら辺が」


「それを見つけるのがあなた方の仕事でしょう!それが出来ないんでしたら別の探偵さんに依頼しますよ!」


「ああ〜すいませんすいません」

 

俺は湧き上がる怒りの感情をなんとか抑えて謝った。何で俺が謝らないといけないんだよ……

 

するとババアが逆ギレしてきた。だがその言葉に対する俺の反応は我ながら秀逸なものだった。


「何ですかその謝り方は!もういいです!帰ってください。別の方に依頼させていただきます」

 

その言葉を聞くや否や俺は携帯ナイフを取り出して依頼主を刺していた。依頼主は驚きと痛みの込もった声を上げて死んだ。これでも殺しに関してはプロだ。心臓を正確に突くことくらい容易だ。正直もう刺し過ぎて飽きた。


「はあ……」

 

またやってしまった。これで今月何件目だ?全く……この癖を何とかしないといつまで経ってもまともな金が入ってこないじゃないか。


「お兄ちゃん、またー?」

 

間の抜けた声が静まり返った部屋に響き渡る。


「スマンスマン。ついカッとなって」

 

俺は笑った。笑える状況では無いのは明らかだが、笑った。


「全く……」

 

嫌々ながらも素早く後始末をする籠瑪。後始末と聞いて、何を想像するだろうか。証拠隠滅?死体の除去?その二つを同時にする事が出来る画期的な方法をお見せいたしましょう。

 

籠瑪は徐ろに屍に噛み付いた。そして皮を引きちぎり肉を喰べていく。

 

そう、これが画期的な方法。骨も血も全て消し去ってくれる籠瑪に俺は感謝の念を抱かざるをえない。

 

後始末を終えた籠瑪は血塗れのままこちらへ向かってきた。


「お兄ちゃん、終わったよ」

 

顔も服も血塗れの籠瑪はさながら殺人鬼と言ったところだろうか。まあ実際のところ殺人鬼は俺なんだけどね。


「おう、ありがとうな」

 

俺は満面の笑みで言った。人としてどうかしてる気がするが、これが俺だ。他の人が何と言おうとこれが俺だ。だから俺は笑う。いくら非難されようが俺は変わらない。

 

その後俺達は血を洗い流し家を後にするのだがーーどうして尾行しているのかと、疑問に思った方もいるだろう。依頼主はもう死んでしまったというのに。

 

理由はだな、あの家族は二人暮らしなんだ。だから夫であるあの男を殺してしまえば暫くは時間が出来る。その間にトンズラしてしまおうと、そういう算段なのだ。

 

と、いう訳で俺達はあの男を尾行している。相変わらずの匍匐前進で。


「お兄ちゃん……恥ずかしいんだけど」

 

人肉が好物の癖に何を言ってんだこいつは。だが仕方がない。そろそろ歩くか。

 

十五秒後


「…………お兄ちゃん、やっぱりいいよ……」

 

籠瑪は呆れた目をしていた。全く何が可笑しいんだ。ちゃんと歩いたじゃないか。10メートルの間に三回転けたけど。

 

そんな事をしている場合じゃなかった。気付けば男は俺の視界から消え去ってしまっていた。

 

しまった。俺とした事が。


「籠瑪!急いで追うぞ!お?おおおおおおおお!」


「どわあ!お兄ちゃん!」

 

盛大に転けたけど全然恥ずかしくなんてないもん!気持ちわりっ。こんな事言ってるキャラクターの声優はどんな気持ちなんだろ。やっぱりプロだよな。何言ってんだ俺。


「す……すまん籠瑪」


「もういいよお兄ちゃん!私がおぶってあげるから!」


「え?」

 

籠瑪は俺を抱えて走って行った。おぶるんじゃなかったんですか?何でお姫様抱っこしてるんですか?恥ずかしい……いや!逆に考えろ。こんな可愛い女の子にお姫様抱っこして貰える機会なんてそうそうないぞ。というか、普通はない。

 

そうだ。俺は、俺は今! 青春を謳歌しているっ!

 

そんな意味不明な事を考えている間にとんでもない事件が起きていることなんて、俺は知らない。


3

七月二十九日 昼

 

初仕事、僕の初仕事は最悪のものとなった。全ての元凶はあの男、袴田孝也。僕の記念すべき初仕事が……

 

僕の名前は戸殿祭とどのまつり。十九歳、独身。警官だと思わせて私立探偵だ。

 

就職試験に落ちて何もやる気が起きなかった時に、とある人に薦められて探偵になった。

 

だが探偵と言うのは予想を遥かに上回る程地味で……その割には大変でしかも報酬も少ない。

 

そんな僕に遂に舞い込んできた大仕事。探偵といえばやっぱりこれ。殺人事件。人が殺されてるってのに不謹慎な話だが、喜ばざるをえない。

 

本日の被害者は赤城退助。サクッと一刺しで死んでしまったらしい。今、唯一の家族である被害者の妻に連絡を取っているところだ。


「探偵君、今日は宜しく頼むよ」


「い、いえいえこちらこそ」

 

刑事さんは中々人の良さそうな人の様だ。よかった。仕事がし易いってもんだ。お堅い人の場合僕の初仕事は失敗に終わってしまうだろう。なんせ僕は人見知りでコミュ症なのだから。そんな僕が普通に話せる人といえば、僕が自分より頭が悪いと思った人だけだろう。

 

そんな事を思っていると目の端で可笑しな人達を見つけた。野次馬の中に明らかに目立っている二人。

 

この世で最強と呼ばれる人種。幼女にお姫様抱っこをされている中年男性。羨ましい……じゃなくて、何だあいつらは。罰当たりな……でもあの子可愛いな。持ち帰りたい。


4

「お兄ちゃん……」


「何かね、籠瑪さん」

 

見かけがダサ過ぎるのでせめて言葉だけは精一杯格好つけよう。てかそろそろ降ろしてくれませんかね、籠瑪さん。


「あそこの弱そうな男の人見える?」


「ん?ああ、見えるぞ」

 

本当に弱そうだな。萌やし以下だろ。


「あの人がずっと私のこと見てくるんだけど」

 

よく見ると萌やしは劣情の入った眼差しをしていた。萌やしだけに萌え〜ってか。とんでもねえ奴だな。殺すか。


「行くか」


「うん」

 

籠瑪は俺を抱えたまま変態萌やしに向かっていった。


「ねえねえお兄さん。何でずっとこっち見てるの?」

 

直球だな。


「え?い、いやあ。き、君が可愛かったから」

 

直球だな。


「やめてくれますか?そういうの気持ち悪いですよ」

 

直球だな。


「ご、ごめんなさい」

 

素直だな。


「と、ところでそちらの男性は何をしてるんですか」

 

俺かよ。何もしてねえよ。抱えてもらってるだけだよ。


「何だてめえ。喧嘩売ってんのか?」

 

俺は睨んだ。こういう時は先制攻撃が基本だ。


「あ、いや、そうじゃなくて……」

 

なよなよしやがって。やはり只の萌やしの様だな。


「あぁ⁉︎はっきりしろや萌やしぃ!」


「も、萌やし?」


「良いから早く言えやボケぇ!」


「えーと、そのあの……」

 

勝った。こういう相手だと楽勝だな。取り敢えず叫んでおけば勝手に負けを認めてくれる。


「あ、えっと……」


「早く言えや!」

 

男はようやく決心した様子で叫んだ。そして俺は死んだ。


「な、何で幼女に抱えてもらってるんですか⁉︎」

 

ほげっ……


「グッバイお兄ちゃん」


「え?」

 

投げられた。30メートルくらい飛ばされてしまった。


「ああああああああああ‼︎‼︎」

 

飛ばされながら見た萌やしの顔は、笑顔だった。


5

「貴方方も探偵だったんですか?それじゃあ事件の事を話しますね」

 

ボロボロの俺を差し置いて調子に乗り始めた萌やしは事件の事を話し始めた。こいつには解決が横取りされるかもしれないという考えが無いのか?まあこちらからすれば楽で良いけどな。


「今回の事件の被害者は赤城退助。ナイフが何かで一刺しで殺されている」


「赤城退助?」

 

その名前には聞き覚えがある。確かさっき殺した奴の夫だった気が……


「はい。そうですけど……何か?」

 

萌やしは首を傾げた。

 

マズイ。赤城退助が死んだとすれば当然その妻である赤城飛鳥にも警察の事情聴取が行われる事だろう。そうなると非常にマズイ。


「い、いや、何も無いけれど……すまない。急用を思い出した。ここで失礼させてもらうよ」

 

俺がそそくさと逃げようとすると突然腕を掴まれた。籠瑪だった。


「かっ、籠瑪さん?この場はマズイですよ。今すぐ逃げたほうが良い」

 

俺が小声で囁くと籠瑪は眉間に皺を寄せて俺に言い放った。


「米」

 

米ーーその言葉が俺にのしかかる。

 

俺はどうしてあんな軽い気持ちでこんな重い事を……

 

そんな事考えていても仕方が無い。これ以上は萌やしに怪しまれるだけだ。

 

俺は事件解決を余儀無くされた。


「あの……」

 

萌やしは黙ってろ!


「貴方もしかして、犯人ですか?」

 

冷や汗が止まらない。

 

何だこの萌やし!鋭すぎんだろ!待て待て落ち着け。大丈夫だ。俺は赤城退助は殺していない。俺が殺したのは赤城明日香だ。大丈夫だ。ババアが死んだ事はまだこいつの耳には入ってない筈……

 

ピロリロリロリピロリロリロリ


「ぎゃあ!」

 

俺の思考を遮るかの如く携帯の着信音が響いた。てかロリロリ煩えよ!


「お兄ちゃん落ち着きなよ。大丈夫だよ。証拠は全部消したからさ。警察はババアが死んだ事すらわからない筈だよ」

 

そ……そうだよな。大丈夫だよな。今迄も大丈夫だったじゃないか。籠瑪が来るまでは何度も危ない道を通ってきたけど。今は籠瑪がいるんだ。だから大丈夫だ。


「おいおい籠瑪。可愛い女の子がババアなんて言っちゃダメじゃないか」

 

可愛い女の子が死体を食べる事には一切言及しない。


「あはは、ごめんお兄ちゃん」

 

ようやく何時ものペースを掴めてきた。この調子でどんどん殺すぞ!じゃない!事件解決だ!


「はい、はい……えっ?死んでる?赤城明日香の物であると思われる肉片がそこら中に落ちてる?はい、はい。分かりました」


ピッ


「袴田さん!聞きました?赤城明日香が死んだって…………大丈夫ですか?」

 

俺の顔は溶けていた。籠瑪は素早く俺を抱えて走った。

 

十秒後


「籠瑪!お前何やってんだ!」


「ご、ごめんお兄ちゃん。あのババア凄く不味くて、ちょっと残しちゃった」


「だったら言えよ!俺が何とかするから!」


「えっ……お兄ちゃん……食べるの……?」


「食べるか!汚らしい!」

 

籠瑪は突然止まって泣き出した。


「籠瑪?どうした?」


「お兄ちゃん……私の事汚いって思ってたんだ」

 

やべっ


「袴田さーん!どこ行くんですかー?」

 

やべっ

 

後ろから祭君が猛スピードで追ってきた。


「ご、ごめん籠瑪!お兄ちゃんは籠瑪の事大好きだから!汚くなんてないから!だ、だから……」

 

籠瑪は一向に動く気配が無い。

 

仕方がない。これだけはしたくなかったんだが……

 

俺は落ち着いて一言ずつゆっくり喋った。


「超高級霜降り肉買ってあげるから」

 

籠瑪はその言葉を聞くや否や光の速さで突っ走った。


「ひゃあああはあああああ!肉肉肉!これを待ってた!嘘泣きも楽じゃないけど報われた!ありがとうお兄ちゃん!」

 

嘘泣きかよ。知ってたよ。

 

祭君が見えなくなった頃、俺は籠瑪を止めて真面目な顔で話した。


「愛知か名古屋、どっちがいい」

 

逃げよう。何処か遠くへ。因みにここは神奈川です。


「…………豊田で」

 

長考の末放たれた言葉は豊田だった。全部愛知だけどね。


「オーケーイ!レッツラゴー!人殺しちゃったしこの街からはララバイだー!」

「させませんよ」

 

俺のテンションはマックスだった。それもここで終わりだ。とどのつまり、戸殿祭がやって来た。とどのつまりね、捕まった。


「まっ、祭君じゃないか。どうかしたのかい?」

 

いつになく真面目な顔しちゃって。会ったのは今日だけど。まあ良いや、しらばっくれるのは大の得意だ。何とかなるだろ。


「袴田さん。聞きましたよ」


「え?」


「僕これでも、高校の時短距離で全国行ってたんですよ」


「うん、で?」


「だからもう良いですよ。しらばっくれなくても」


「何の事かね?」


「はあ……もう良いですよ。この際だから言っちゃいますけどね、実は赤城退助を殺したのは僕なんです」

 

でええええええええ⁉︎嘘だろ⁉︎こんな弱そうな奴が人を殺す?あり得ねえええ!


「へーそりゃすげえや。で?何人目?」

 

何とか平静を装ったぞ。褒めてくれ。


「へ?」

 

祭君は首を傾げた。


「殺すの何人目なのかって聞いてるんだよ」


「や……えっと、一人目ですけど」

 

何だ雑魚か。


「そっか、で?それを俺に言って何がしたいの?」

 

祭君はいきなり頭を下げた。


「弟子にして下さい!」

 

唐突だな。てか馬鹿だなー。こいつ。殺人鬼の弟子になろうなんて馬鹿でもそうそうしないよ。でもまあ気に入った。弟子にしてやろう。


「いいよ」


「え?本気すか?」

 

本気じゃないって言ったらどうするんだよ。人の心は変わり易いんだから。自らを殺す様な発言はするもんじゃないよ。


「マジマジ。今日から宜しくね、祭君」

 

祭君は嬉しそうに頭を下げた。


「宜しくお願い致します!」

 

ふっ……馬鹿が。

 

俺と籠瑪は笑っていた。


6

「ところで祭君。弟子はやはり雑用をするべきではないのかい?」

 

自分から言っといて恥ずかしそうに師匠は笑った。


「雑用……ですか。具体的には、何をすれば」


「うーん、君が女の子だったらやらせる事は決まってるんだけど……難しいね」


「じゃあ参考までに聞かせてもらいますけど、もし女だったとしたら何をやらせてたんですか?」

 

師匠の代わりに籠瑪ちゃんが笑った。


「ん?そりゃああれだよ。自主規制だよ」


「あっはい」

 

アウトだろ。てか籠瑪ちゃんこんな男と一緒で大丈夫か?僕はロリコンじゃないからいいけどさ、この変態と一緒にいて今迄何も無かったとは考えにくい。これからは僕が守ってやらねば。


「お兄ちゃん。このロリコンにはお兄ちゃんの運び屋をやってもらおうよ」


「おっそれいいな。じゃあロリコン君、今日から宜しく頼むよ」


「…………はい……」

 

何やねんこいつら。


「さて、じゃあ戻るか」


「え?」

 

戻るって何処に。


「じゃあ早速頼むよ。祭君」

 

師匠は僕の肩に飛び乗って前方を指差した。現場の方だ。


「また行くの?お兄ちゃん」


「ちょっと用が出来てな」

  何だよ用って。僕を警察に突き出すとか?そんな訳ないか。仮にも僕の師匠なんだ。信用しないで何が弟子だよ。


「行け!戸殿祭!風の様に走れ!」


「はい!」

 

そして三分後、捕まった。



「バイバーイ」


「またね、ロリコン」


「ふっざけんなてめえら!ぜってえ呪って出てやる!」


「あんな事言ってるけど」


「まあいいじゃないか。今の内から慣らしといた方があいつの為にもなるだろうからな」

 

俺達が何の考えも無しにあいつを突き出したと思うか?そんな事は無い。これからも利用させてもらうからな。ここで死んでもらっちゃ困る。


「それじゃ、助けに行こうか」


「面倒くさいよお兄ちゃん。本当にあいつにそこまでする価値あるの?」

 

籠瑪はアスファルトの上に寝転んでぐるぐる回った。焦げるぞ。


「使えなかったら殺せばいいだろ。今回のはテストみたいなもんだ」


「ほーん。ところでお兄ちゃん。どうやって助けるの?」


「ん?」

 

何を言ってるんだ?


「いやだから、どうやって……」


「それを考えるのはこれからだろ」


「無計画乙〜」

 

そういうこと言うな!まともな職に就けない男だぞ⁉︎それくらい察してくれよ!

 

大体乙〜とかそういう言葉を使うのは十年早いぞ。


「じゃあお兄ちゃーん。樫田さんに聞けばー?」


「えっ?」

 

樫田ーー樫田蜂斗かしたはちと。俺の友人。四十代後半の独身。男。顔が死ぬ程怖い。


「あいつはなー、ちょっとなー」

 

やだなー。


「お兄ちゃんそんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 

いやでもあいつはなー。性格悪いしなー。てかツケが溜まってんだよ。百二十万。会いたくねー。


「いや……金が……あいつ法外な金請求してくるじゃん」

 

相談料とか言って。相談料って何だよ。お前只の超有名企業の社長じゃねえかよ。てか社長なら百二十万くらはした金だろ。


「金ならあるでしょ」

 

籠瑪は警官から感謝料として貰った金が入った封筒を掲げた。


「いや……米と肉は?」


「…………樫田さんの事はなかった事にして。お兄ちゃん」


「分かった」

 

俺達はもう正直戸殿祭の事なんてどうでも良かった。

 

7

「ふざけんなあの野郎!あっさり突き出しやがって!大体赤城退助の方はお前が殺したんだろうが!」


「落ち着いてください」

 

僕の叫びに警官は落ち着いて対応した。


「落ち着いていられるか!袴田孝也だ!袴田孝也を捕まえろ!」


「袴田孝也?貴方袴田孝也を知ってるんですか?」

 

お?やっと動揺したな。


「知ってるも何も俺を突き出した張本人が袴田孝也だろーが!」


「マジすか」


「もっと焦れよ」


「いやいや、落ち着いてこその私ですから」

 

どうでもいいよ。お前なんて只のモブだろ。


「そんな事よりあいつを何とかしてくれよ」


「ああ、はい。分かりました。運転手の人ー。さっきのこの弱そうな人を捕まえたところに行ってくださーい」

 

弱そうな人って誰?幻覚か?


「うーい」

 

もっとやる気出せよこいつら。殺人鬼捕らえるチャンスだろうが。


「じゃあ、行きまーす」

 

てか俺も行っていいのか?そうか、良し、隙を見て逃げよう。

 

俺と馬鹿な警官二人を乗せた車は、Uターンをしてのろのろと走っていった。


8

俺達の視界に見覚えのある一台のパトカーが入った。


「お兄ちゃん。なんかパトカー来たね」


「来たね。窓から祭君が乗り出してるね」


「お兄ちゃん。逃げた方が良いんじゃない?」


「そうだな、逃げよう」


「でもお兄ちゃんは一歩も動かないでね。私がおぶってくから」


「情けない……でもまあ頼むよ。おぶってくれよ。おぶって」


「分かってるよお兄ちゃん。もう間違ってもお姫様抱っこなんてしないから安心してよ」


「むう……本当に安心して良いものか」


「大丈夫だって。ところでお兄ちゃん」


「何だよ。まさか足でも挫いたか?」


「うん。そのまさか」


「ええー……マジかよ。どうすんだよ」


「嘘だけど」


「嘘かよ」


「ところでお兄ちゃん」


「何だよ」


「ロリコンの口調変わってたね」


「どうでも良いよ」


「そうだね」


「ところでお兄ちゃん」


「嘘つくなよ」


「大丈夫だよ。それでさ、本題に入るけどさ」


「ああ」


「パトカー遅くない?」


「遅いな」

 

よく見るとパトカーのタイヤは側溝にはまっていた。何やってんだ。


「こうあれだとさ、やる気も出ないね」


「そうだな。まああれだよ。祭君連れてさっさと逃げようぜ」


「そうだね」

 

そう言って籠瑪は俺を置いてパトカーに歩いて行った。俺は言われた通り一歩も動かなかった。

 

籠瑪はドアをぶち壊して祭君を投げ飛ばした。俺の方へ。


「え?」

 

どんどん近づいてくる祭君を見て俺はしょぼい断末魔を上げた。そして吹っ飛んだ。


「ぐあああ」

 

情けない。どうして俺はこうも情けないのだろう。最近籠瑪に頼りっぱなしだ。何とかせねば。


「良し、行くぞ」


「やめろ!俺は良いとこ見せるんだ!離せ!」


「その時点でもう格好悪いわ!諦めろ!」

 

格好悪い……だと……

 

籠瑪は意気消沈した俺を再び抱えて伸びている祭君を背中に乗せた。


「全く……情けない奴らだな……」

 

その言葉を残して籠瑪は超速で走り出した。


9

「お兄ちゃん。行く当ても無いし取り敢えず樫田さんの所に行くからね」


「んあ……何でもいいよ……格好悪い……悪い……ダサい……」


「ダサいなんて言ってないでしょ。面倒臭いなあ」

 

面倒臭い……!


「ん……?どこだここ」


「起きたね。ロリコン」


「ロリコンじゃねえよ」

 

祭君……祭君が起きた……!俺よりも格好悪いであろう祭君が起きた……


「よう祭君。久方振りだね。ムショ暮らしはどうだった。ああすまない。そこまで行ってなかったのか」

 

俺が復活すると籠瑪が、何こいつ自分より下の奴が起きた瞬間元気になるとかマジ性格悪いな。みたいな顔をして俺を見た。

確信をついてやがる。まるで小五ロリだ。違う。悟りだ。皆も崩してみよう。幼女が待ってるよ。


「誰のせいで刑務所寸前まで行ったと思ってるんですか!」


「でも君が殺したんだろ?」


「うっ……そ、それはそうですけど……」


「なら君が悪い。僕は慈善行為をしただけだよ」


「ぐっ……あ、ああ因みに、貴方が赤城退助を殺したって言っておきましたからね」


「はあ⁉︎お前何してくれてんの⁉︎」


「でも貴方が殺したんでしょう?」

 

うぜー。何こいつうぜー。台詞パクってんじゃねえよ。もっとオリジナリティ出してけよ。俺みたいにさ。


「うっ……そ、それはそうだけど……」


「リアクションをパクらないで下さい」



「ゴメソ」


「ごめそ?ゴメソって言いました貴方⁉︎ゴメソが許されるのは中学生まででしょーが!」

 

何言ってんてんだこいつ。とうとう可笑しくなっちゃったのかな。まあ仕方ない。ちょっと乗ってやるか。


「心は中坊なもので」


「師匠……痛いですよ」

 

物理か?何だ?幼女の背中の感触で股間が痛くなったのか?


「お前らそこで終わりな。もう着いたから」

 

ついたってどこに……ここか、ハア……


「で、ででで、ででででで、でけーー!」

 

俺が中学生なら祭君は小学生だね。小並感だよ。


「籠瑪さん。どうしてここに来ちゃったの?」

 

俺は恐る恐る聞いた。


「さっき聞いたのに、お兄ちゃん何の反応もしなかったから」

 

聞かれた覚えがねー。

 

ここがどこか、大体分かると思うが説明しておこう。

 

ここに聳える一本のビル。名は蜂斗コーポレーション。樫田蜂斗の会社だ。苗字じゃなくて名前を会社名にする所とか痛いよねー。物理じゃないよ。しかもコーポレーションと来たもんだ。何をやってるのかイマイチ分からない。


「し……師匠……何ですかここ」

 

祭君はションベンちびるんじゃねえのかと心配になる位震えていた。


「俺の友達の会社」

 

ちびりやがった。

 

そんなに驚く事かね。殺人鬼の友人が社長って事くらいで。

 

しかもちびった場所が悪かった。籠瑪の背中の上だ。


「お兄ちゃん。何か背中が生暖かいんだけど」


「祭君はそういうプレイを所望してるようだよ」

 

瞬間。俺は地面へ叩き落とされて、祭君は宛らハンマー投げの様のハンマーの様に振り回されて飛んでいた。そしてビルの窓に突っ込んでいった。


「か……籠瑪さん……ちょっとやり過ぎだと思いますよ……」

 

俺は籠瑪のスカートから覗くパンツをガン見しながら言った。


「舐めろ」


「へ?」

 

怖すぎる。籠瑪の顔には不自然に影が出来ていた。要するにあれだ。漫画とかでよくある、怖い人の目の所に目が見えない様に黒くなってるやつ。犯罪者のやつじゃなくて。もういいや。


「舐めろっつってんだろお!」


「はいっ!」

 

俺は場所を言われるまでもなく祭君の小便を舐めた。

 

臭かった。


10

「てかあれどうすんだよ」

 

俺は窓に突き刺さっている祭君を指差した。実に滑稽なシーンではあるが、何故そうなったのかを聞けば誰でも恐怖で逃げ出すだろう。


「無視で良いんじゃない?」


「あっはい」

 

ひでえな。同意しといて何だが、即答は無いだろう。おれも即答したけどさ。


「行くよお兄ちゃん」


「う……うーい」

 

いつも通りのお姫様抱っこ。恥ずかしい。でも楽で良いや。俺はもう、これが当たり前なのだと思っていた。


11

「ようやく着いたな」

 

俺達は社長室の前に来た。

 

その前に警備員に止められたり、社員達に変な目で見られたけど、きっと俺が格好良いからだろう。そういう事にしておこう。事実だけどね。


「何でこの会社エレベーターが無いんだよ……」

 

籠瑪が汗水垂らして頭を垂れた。

 

確かにこの会社にはエレベーターが無かった。エコか?ところでこれはどこかで聞いた事だが、エコに棒を一本付け足すと卑猥な言葉になるんだよね。どこに付けるかって?言わせるなよ。


「では……参る!」

 

俺は籠瑪を横目で見つつ気合いを入れるべく叫んだ。

 

何遍行ってもこの扉を開ける時は緊張してしまう。謎の重圧が俺達を押し返してくる様だ。それでも俺は……行かねばならない。行かねば……


「では籠瑪さん。お願いします」

 

そんな事を考えながら俺は籠瑪に全てを委ねた。下衆いな。我ながら。


「失礼ちゃっちゃっーす」

 

ガチャ

 

こいつ……俺が出来なかった事を易々と……


「失礼しますだろ。籠瑪君」

 

低い声を出す、座り心地良さそうな椅子に座りし男の頭には、ガラスが突き刺さっていた。そしてその後ろには血塗れの祭君が寝ていた。


「おひさー。樫田さん」

 

お前よくこの状況で軽々しく喋れるな。尊敬するよ。


「孝也君。もう少し籠瑪ちゃんに教育したほうが良いと思うよ」


「そんな事よりお前……大丈夫か?」

 

ガラス、刺さってますよ。


「君こそ大丈夫かい。そんな小さな女の子に抱えられて」

 

幼女に抱えられている中年男性と、頭にガラスが刺さっている中年男性。そして血塗れの青年。マズイな。これは。


「色々あって歩けなくなっちゃったんだよ」

 

俺は直様籠瑪の腕から逃れた。

 

そういえば言ってなかったが、俺が直ぐ転けるのには理由が有ってだな、まあそれは追々話そうかな。長くなるし。


「まあそれは良いよ。それより……何かあったのかい」

 

勘が鋭いな。相変わらず。まあ何も無いのにこんな所に来る訳無いのだけれど。


「また殺しちゃった。助けてけろ」

 

てへぺろ。みたいな感じでおれは舌を出した。隣で籠瑪が何か悍ましい物でも見たかの様な顔をしていたのは、ご愛嬌。


「またかい……で、それで俺は何をすれば良いんだい?」


「いや……別に何となく来ただけだからなにも考えてないんだけど……ああそうだ。聞いて驚きたまえ。今回はなんと、俺だけじゃ無いんだぜ。後ろの血塗れの男を見てくれ。こいつは俺と同じく人を殺したんだ。つまりこの中で人を殺したことの無いのはお前だけだ。四人中三人は人を殺している。……これが何を意味するか……分かるな?」

 

蜂斗は呆れ顔で首を傾げた。


「ふっ……つまりな、お前が異常なんだよ!」

 

多数決の理論を俺は提唱したい。


「俺が異常か……まあ間違っては無いがな……」

 

蜂斗は考え込む様に手を組んで下を見た。あ、これあかんやつだ。


「孝也君。俺、実は隠してることが有るんだよ」

 

蜂斗が徐ろに話し始めた。


「あっいいです。結構です。話さないでください。時間が無いんです。やめて下さい」

 

俺は即ぶった切った。籠瑪が続く。


「樫田さんの秘密とかマジで興味無いんでやめて下さい。つーかやめろ。てかお兄ちゃん。勝手に私を殺人鬼に仕立て上げないでくれる?」


「いやお前……」

 

思いっきり睨んできた。怖ひいい。


「なにも無いです」

 

俺達の言葉に打ちひしがれたのかどうかは知らないが、蜂斗は溜息を吐いて顔を上げた。


「……君達には負けたよ」


「じゃあお金ちょうだい」

 

負けを認めた蜂斗に籠瑪が放った言葉は流石にぶっ飛び過ぎだと思う。


「金って……籠瑪、まだ諦めてないのか?」

 

この発言は失敗だった。籠瑪は俺の胸ぐらを掴んで不敵に笑った。


「諦める訳無いでしょ?」


「すいませんでした」

 

一々怖いんだよ。この幼女。

 

主従関係がはっきりしたところで、話を戻そう。


「で、どうするんだよ。取り敢えずは今が大事だろ」


「それなら大丈夫だよ」


「ほう……籠瑪君。随分と自信がある様だね」


「当たり前でしょ。樫田さん。私を誰だと思ってるの」


「ふっ……俺の籠瑪は日本一の幼女だぜ」


「死ね」

 

照れ隠しだろうな。可愛い奴め。とか思ってたら殴られた。痛い。


「まあ馬鹿はほっといて……私の作戦を話そうかな」


「おー話せ話せ」

 

俺はもう投げやりだった。どうせつまらん事だろ。

 

俺は寝ながら籠瑪の言葉を聞いた。だがそれは、予想の斜め上をいく作戦だった。


「お兄ちゃんがそこの警察署をぶっ潰せば良いんだよ」

 

窓の外の無能集団の集まる建物を指差して籠瑪は笑って言った。

 

おいおいおいおい……やっぱり籠瑪は日本一、いや世界一の幼女だな……


「良し!全員殺すぞ!」

 

俺は盛り上がってきてしまってとんでも無いことを叫んだ。籠瑪もそれに続く。


「うぇーーい!」

 

盛り上がる俺達を呆れ顔で見る蜂斗の顔は何処か寂しそうだった。


12

「それじゃあ君達。帰りを待ってるよ」

 

蜂斗の言葉に押し出された俺達は無言で部屋を出て行った。

 

何かを忘れてる気がするんだが……まあいいや。


「行ってきまーす」

 

俺は一言。


「逝かせてきまーす」

 

籠瑪も一言。解釈によっては少しあれな言葉だが籠瑪の自信が見受けられる言葉だった。そういう事にしておこう。


13

七月二十九日 夜

 

赤く染まっていた空も、気付けば俺達を闇の世界へ歓迎してるかの様に黒光りしていた。黒光りと言えばあの虫ですね。思い出すだけでゾッとする。

 

俺はいつもの様に抱えてもらっていた。幼女に抱えられる俺、格好良い。

 

俺が黒い虫への恐怖で震えていると籠瑪が突然前方を指差して言った。


「あっ、お兄ちゃん」

 

籠瑪の指差す方向には、つまり、なんだ、その、あれだ。海老の尻尾と同じ材質の虫だ。イニシャルG。


「ピギィいいいいいいい!」

 

俺は虫の様な声を上げて飛び跳ねた。

 

俺から解放された籠瑪はそれの所まで歩いた。


「お兄ちゃん」

 

籠瑪がそれを摘み上げた。


「どひゃああああああ!お……おまっ、そ、それ……!」


「えいっ」


「 」

 

可愛い掛け声と共に飛んできた可愛げの無い物体は、俺の大きく開いた口の中に飛び込んできた。


不快な感触と音が俺の身体で響き渡る……


俺はその場で意識を失い倒れ込んだ。

 

起きた時には、籠瑪はおらず、いたのは見覚えの無い、これから少しの間同居人となるらしい、大柄の男だった。


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