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順調に馬車は街道を進んでいき、昼少し前に交易都市タストが遠くに見えてきた。
「では召喚魔獣は戻しますね」
「そうですね。街中で魔獣を見せるのは混乱を招きますし」
ゴルドが答える。
荷台の上でケントは《サモンリターン・ポチ》と呟き、ポチを戻す。
その途端護衛のポチがいないことに不安を感じた。
(護衛の召喚魔獣がいない中、異世界の街をうろつくのは怖いな…。おっと、そうかこういう時は街の案内兼護衛の冒険者を雇えばいいのか! 俺って頭いいな!)
ケントは御者台に座って馬の手綱を持っているオランに相場を確認することにした。
「オラン、冒険者に依頼を出す際の相場を聞いてもいいかな?」
「ん、別にかまわんよ」
「タスト滞在中に案内兼護衛をしてくれる冒険者を雇いたいんだけど、いくらくらいの金額になるのかな」
「さっきゴルドと話しているのが聞こえたが、ギルドに雇用依頼を出すとなると1日あたり銀貨1枚が最低金額だな。ただし銀貨1枚で受けてくれる冒険者となるとカッパークラスだろう」
(元の世界で考えると1日あたり1万円か。10日お願いすると10万円って結構な金額だな…。ゴブリン討伐の報酬次第だけど街の生活になれるまでの最初だけ依頼する感じになjavascript:hi_close();りそうだな)
「依頼を出すなら私が引き受けるわよ」
カレンが横から会話に割り込んでくる。
「そういえばケントの事情も分かってるしカレンならカッパーだから報酬面でも問題ないな」
「カレンが護衛と案内してくれたら心強いけど、街に着いたら他に用事があったりしないの?」
「あー、駆け出し冒険者の私じゃ暇な時間のほうが多いのよ。気にしないでいいわ。それに報酬が出るんだし」
そういってカレンが笑う。
「じゃあ、正式にお願いしようかな。そうなるといったん冒険者ギルドに顔を出すほうがいいのかな?」
「そうね。街に着いたら冒険者ギルドの前で降ろしてもらいましょうか」
「そうですね。あと時間が出来たら会員カードを渡すのでビンセント商会に顔を出して下さいね。場所はカレンが知ってますので」
「ビンセント商会には手続き次第だけど夕方までには顔をだせるはずよ」
「これで街でうろうろしなくて済んだよ」
オラン、ゴルド、カレンが笑う。
しばらく街道を進み街の東門に到着すると、門番をしていた兵士の身分確認をうけることになる。
カレンとオランは冒険者証を提示し、ゴルドは商業ギルドの会員カードを提示しながら兵士に話しかける。
「荷台に座っている方はタストに初めて訪れた私の客人です。身元保証人はビンセント商会のゴルドがします」
「わかりました。入門記録をとるので名前を教えていただけますか?」
「ケント・サモンです」
兵士は記録用紙に名前を記載する。
「ではお進み下さい」
馬車がゆっくりと進みだす。
「ゴルドのおかげでスムーズに街に入れたよ」
「いえいえ、どうせあとで会員カードを渡しのですし問題ありませんよ」
「そういえば身分保証が出来ないとどうなるのかな」
「銀貨1枚ですけど身分保証金を払うことになりますよ」
「結構な金額を取るんですね」
「ええ、他の街もほぼ同じような制度になっておりますので知っているほうがいいですね」
「なるほど」
なにも知らずにタストに来ていたら、エクレタのお金を持っていないので、あの街の入口で右往左往するはめになっていたのだろうと想像したケントは苦笑いを浮かべてしまった。
(3人に出会えたのは本当に幸運だったな)
交易都市タストの目抜き通りをゆっくりと荷馬車が進んでいく。
多くの人が行き交い、多くの店が並んでいて活気が溢れる光景が目の前にあった。
ほどなくして大きな石造りの建物の前でオランが荷馬車を止めた。
「冒険者ギルドについたぞ」
「ケント、ここで降りるわよ。ゴルドとオランとは一旦ここでお別れよ」
「商会でお待ちしてますよ」
「わしはゴルドを送ったあとにギルドに顔を出そう」
ケントはカレンと一緒に荷馬車を降りる。
「またあとで」
動きだす荷馬車を見つめているとカレンが袖を引っ張る。
「さあギルドにいくわよ」
冒険者ギルドの建物にカレンと入ると、中にいた職員や冒険者らしき人が一斉にカレンとケントを好奇な目で見つめる。
カレンはそんな視線を無視して若い女性のいるカウンターに向かう。
「お嬢。その引っ張ってるやつは犯罪者かなにか?」
「その呼び方は止めてって言ってるでしょ」
「あー、はいはい。お嬢申し訳ない」
「…まったく。まあいいわ。奥の会議室は今使ってる?」
「空いてやす」
「じゃあ使わせてもらうわ。それとギルド長を呼んできてもらえるかしら」
「事情があるんすね」
カレンは若い女性にうなずくと、ケントの袖を引っ張りながら会議室と呼ばれる部屋に押し込んだ。
「えっとケントはいろいろと特別だからここで待っててね」
そういってカレンは会議室の外に消えてった。
(目立ちまくってるよな… おとなしく生活基盤を築くってのは厳しそうだ)
しばらく会議室でカレンを待っていると体格のいい碧眼金髪の男性とカレンがやってきた。
目元がカレンに似ている。
「事情はカレンからある程度伺ったが、まずは自己紹介しておこう。ここタスクの冒険者ギルドのギルド長をしているマイクだ」
「俺は召喚術師として修行の旅をしているケント・サモンです。この国のことはあまり詳しくないので失礼があったらすいません」
「単刀直入に聞こう。まず生まれや出身など身元について詳しい話を聞かせてもらえないか」
射殺すような鋭い視線でマイクがケントを見つめてくる。
「えっと。すいません。魔術の秘儀に関わることが多いので身元に関して詳しく話せないんです」
ケントはマイクの視線をまっこうから見据えてそう答えた。
異世界から来たというのは知られたくない事実である。
もし公言すると大きな騒ぎになるのは確実な出来事で多くのトラブルを抱え込むことになってしまう。
マイクの鋭い視線が消えて、いきなり笑顔になる。
その横でカレンが微妙な顔をして眉をひそめていた。
「召喚術に関わるとなるとしゃべれないことが多いのも致し方ない」
「ギルド長、悪ふざけが過ぎます」
「ケント、君を試すようなことをして悪かった。一応ここの長として話の真偽を確かめる必要があってね」
「話というと?」
「オランとカレンの護衛任務中に街道でゴブリン30匹の襲撃を受けた際に助けに入って一人で撃退したって話が信じられなくてね」
「はぁ」
「でもさきほどの私の殺意を込めた視線にも動じない胆力の持ち主ならそれなりの実力を持っていて当然だな」
(えーーーっ、殺意込めてたの!!!!)
「私が嘘をいう訳ないじゃない」
「まあ、そうなんだがな」
「しょうがないわね。ケント、召喚魔獣をここで呼び出せる? そうすればギルド長も納得するわ」
「小さいサイズなら平気かな」
「じゃあ、お願いするわ」
椅子から立ち上がり左手に【図鑑】を持ち《サモン・ポチ》と呟くと【図鑑】から光の粒子が放出されて小型犬サイズのポチが召喚された
「ほう、本当に召喚魔法を使いこなせるとわ」
マイクの目がキラキラ輝く。
「私たちを助けてくれたときはもっと大きなサイズだったのよ」
「先ほどの話からすると召喚する魔獣のサイズを変化させられるんだね」
「そうですね」
「たしかに大きなサイズとなるとゴブリンを屠ったという話も信じられるな」
「ケント、預けてた右手をお願いしていいかしら」
「ああ。問題ないよ」
ゲートポーチからゴブリンの右手を会議室の机の上に次々と置いていく。
全部で31個の右手が並ぶのを見てマイクが呻き、ぶつぶつといい始める。
「ふーむ、これは壮観だな。これを一人でとなるとシルバー、いやゴールド…」
「ギルド長、とりあえずこれで信用していただけましたよね」
カレンがマイクに詰め寄る。
「うむ、問題ない。この右手はあとで討伐報酬の査定に回そう。それと報告書は別途作成するように」
「はい」
「それとカレンから聞いたがケントは冒険者登録をするということでいいんだね。最初はカッパーからだが実力があるからすぐにクラスは上がるだろう」
「え?」
「ん?」
マイクとケントは変な間をおいてお互い見つめあう。
「ケントは修行が目的なんでしょ。この国で修行するなら冒険者証があると活動しやすいと思って私がギルド長に話をしておいたのよ」
「なるほど、そうだったのか。でも冒険者登録にはお金が必要なんだよね?」
「ゴブリンの討伐報酬を使えば問題ないわ」
「そのとおりだ。査定に回すが間違いなく銀貨40枚以上になるから心配はいらないだろう」
「討伐報酬ってそんなに高いんですか?」
「ああ、普通なら数人のパーティを組んで討伐するんだからな」
「でも、ダンジョンで得られる収入に比べれば割りにあわないのよね」
「それでは冒険者登録の件お願いしてもいいでしょうか」
「うむ、あとで用紙を持ってこさせよう」
「あーっと、カレン。代筆をお願いしていいかな?俺はエクレアの字が書けないから」
「そのくらい問題ないわよ」
笑顔でカレンがうなずく。
「あと一緒に私への護衛兼案内のギルドへの依頼用紙ももってくるほうがいいわね」
「うん、そちらも代筆お願いするよ」
「じゃあ、待っててね」
そういってカレンが会議室から出ていった。