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この異世界にやってきて10日目の朝。
朝食後の日課となっている【図鑑】の確認作業を行う。
[佐紋健人]
性別:オス
種族:人族
スキル:図鑑魔法(スライム級)薬草採取(スライム級)打撃耐性(スライム級)
(今日も変化はなしと、しかし昨日は貴重な異世界の情報をたくさん仕入れられたし本当に幸運だったな。新しい召喚魔獣も手に入れられたし幸先いいよなー)
昨日接触した人物の詳細も追加されていたのでゆっくり眺める。
[カレン・ギルバート]
性別:メス
種族:人族
スキル:剣術(スライム級)盾術(スライム級)見切り(スライム級)料理(スライム級)裁縫(スライム級)
(カレンは基本的な戦闘能力を最低限有しているってとこかな。しかし料理と裁縫がスライム級ってのは… 見なかったことにしよう)
[オラン・タウンゼント]
性別:オス
種族:人族
スキル:剣術(オーガ級)盾術(オーガ級)挑発(オーガ級)咆哮(オーガ級)硬化(ゴブリン級)斬撃耐性(オーガ級)刺突耐性(オーガ級)毒耐性(オーガ級)
(オランはアイアンクラス冒険者って話だったけどオーガ級がどのくらいか想像できないけど盾役の戦闘能力としては一流だよな。しかし打撃耐性を持ってなかったからゴブリンの不意打ちで気絶したのは仕方ないのか)
ふとオランの装備を考えるフルアーマーの恩恵で斬撃と刺突が上がったのは間違いないだろう。
ただし打撃の場合は肉体まで衝撃が伝わるので、あのフルアーマーの恩恵が薄いのだ。
ケントはオランの場合打撃耐性のマジックアイテムなどを装備できれば更なる高みにいけるんだろうなと想像していた。
[ゴルド・ビンセント]
性別:オス
種族:人族
スキル:鑑定(ゴブリン級)交渉(オーガ級)計算(ゴブリン級)毒耐性(オーガ級)
(オランにも毒耐性があったけどゴルドにもあるんだな。…なるほど、オランが酒を嗜むと昨日言ってた事を考慮するともしかして酒は毒扱いなのかもしれないな。飲酒する人間ほど毒耐性が高いのかもしれないな)
毒耐性のスキルを上げたい場合は、飲酒をするという方法が見つかって喜んでいたケントだが未成年で飲んでもいいのかとふと考えてしまった。
しかしここは異世界であり未成年の飲酒禁止などの法律がなければ平気だろうという楽観的な発想にいたる。
ケントは各種準備を済ませて椅子から立ち上がると聖域を出て街道に出る。
新しい魔獣を召喚してみたかったが、昨日の今日でゴブリンはさすがにまずいなと思い、いつものように《サモン・ポチ》と呟く。
軽い眩暈を感じたあと中型犬サイズのポチが召喚された。
ポチと愛称で召喚した場合、角なし、角ありどちらが召喚されるのかなと疑問に思っていたが角ありのほうのポチが召喚されていた。
愛称を用いた召喚の場合、自動的に強い方が選択されるのは嬉しい発見だ。
街道を歩いて出発準備をしている荷馬車に近づく。
「おはよう。カレン。オラン」
「ケントおはよう」
「もっと来るのは遅いとおもったのだが早かったな」
「まあ一人だし荷物も少ないしね」
そうやって二人に軽い笑顔を返した。
「もしかしてこちらの方が?」
昨日は話すことが出来なかったゴルドが声をかけてくる。
「さっき話した彼がゴブリンから私達を救ってくれたケントです」
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「それで報酬についてですが…」
ちょっと考えてからゴルドに話かける。
「あー、それなら報酬としてこの荷馬車で街まで乗せてもらえませんか」
「えっと、それだけでいいのですか?」
「カレンとオランからも既に別の報酬を頂いてますし、それに逆にこの荷馬車に乗せてもらう依頼を出そうかと思っていたので」
「なるほど、それでよければ是非とも街まで送らせて頂きます」
「はい。それと召喚魔獣も私の護衛として街の近くまで同行させますので驚かないでくださいね」
「え?」
そういってからケントはポチを呼んだ。
その姿を見て3人が驚く。
「昨日と大きさが違うわよ」
「こんなサイズも使役できるのか、面白いな」
「こ、この魔獣は襲ったりしないのですか?」
3人の反応が面白かったのでケントは召喚魔法を見せてあげることにした。
左手に【図鑑】を持ち《サモンリターン・ポチ》と呟くとポチが光の粒子となって【図鑑】に吸い込まれていった。
「好きな時に消せるんですよ」
3人が感心した目で光の粒子が吸い込まれた【図鑑】を見つめる。
《サモン・ポチ》と呟くと【図鑑】から光の粒子が放出されて中型犬サイズのポチが召喚された。
「ポチ、昨日と同じように周囲の警戒を頼むぞ。野生の魔獣いたら掃除していいからな。ついでに持ち帰れるなら死体は持ち帰ってこいよ」
「キュキュ」
そういってポチは街道沿いの草むらに消えていった。
「さすが召喚魔獣ね。会話も出来るなんて」
カレンが感嘆の声をあげるとオランが続けた。
「ひとりっきりで修行の旅をしてるって話も、あの召喚魔獣がいるなら納得だな」
「初めて召喚魔法を拝見しましたけど確かに凄いですね」
「この国じゃ聖殿魔術師が召喚魔法を使えるんだよね? 国民に披露したりしないの?」
「国王に対する儀式を行うために常に近くにいるって話しだから人前に現れたりしないのよ」
「なるほどね」
召喚魔法の話を終えたところで、荷馬車の出発準備が整い四人と一匹は南西にあるタストという街に向かう。
御者台には襲撃を受けた際にすぐに対応できるようカレンとオランが座っている。
そして荷馬車の荷台に据え付けられた椅子にゴルドとケントが座っていた。
「タストってどんな街なんですか?」
ケントがゴルドにそう尋ねる。
「最初はダンジョン都市ドルドスと聖都エクレタを繋ぐ街道の中間地点に出来た休憩所だったんですけどね」
「もしかして流通量の増加でどんどん人が増えていったんですか?」
「はい。いまではその他の村や都市にも街道が延びていってまして、物流を中心にした交易都市って様相を呈していますね」
「お店とかも一杯ありそうですね」
「飲食店、宝飾店、道具屋、装備屋、武器屋、マジックアイテム屋、多くの店がありますよ」
「おー、店めぐりをするのが楽しみだな」
「ケントさんはなにかお探しのものがあるんですか?」
ゴルドの言葉に、うーんと腕組みをして考えてから口を開いた。
「洋服や靴は欲しいですね、あとは雑貨ですかね。食材もある程度買いたいかな。でも先立つものがないですからまずは装備関連からですかね」
「でしたら特別に商業ギルドの会員カードをお作りしましょう」
「え?」
「これでも私はタストの商業ギルドの代表なんですよ」
「私的な理由で作るのはまずいんじゃないですか?」
「いえいえ、これも商売ですよ。ケントさんの実力を考えるとすぐに大きなお金が動くでしょうから、出来ればそのお金の一部をタストの街に落として欲しいのですよ」
ゴルドが商人スマイルでニッコリと笑顔で笑う。
ケントの見せた召喚魔法の有能さを見抜き、それを商売につなげようとしているのだ。
生まれながらの商人なんだろうなと、想いながらケントも思案する。
(生活の基盤を作る上ではメリットになる提案だよな。こちらのデメリットは今の時点ではほぼないし)
「俺がその会員カードを作った場合のメリットとデメリットを教えてもらえますか?」
「メリットは店頭においていない商品を買うことが出来ます。そしてデメリットですが更新するのに年会費が必要になります」
「年会費を払うのを忘れた場合はカードは失効するのかな」
「いえ停止ですね、年会費を納めれば再度有効になります」
その説明を自分なりに整理してから、ゴルドに話しかけた。
「なるほど、会員カードはギルドが身元を証明するためのカードってことか」
「よくそこに気づかれましたね。もしかして商売をされたことがあるんですか?」
「いや交易都市の場合厄介なのが、身元がはっきりしない相手との商売でしょ? 会員カードを提示されればお店は安心して商売が出来るよね」
「ええ、現金払い以外のお客様もおりますので、そういった方が支払い能力がなかったりしてトラブルに発展するのを避けたいのですよ」
そこまで話をしてメリットが大きいと考えてゴルドの提案を受け入れて商業ギルドの会員カードを作ることにした。
「しかし商店の規模で考えるとタストの商業ギルドってそんなに大きい組織なの? ダンジョン都市や聖都の方が品揃えが充実してそうだけど」
「たしかにダンジョン都市や聖都の商業ギルドも大きいのですが品物が偏っているのですよ」
「偏ってる?」
「ええ。ダンジョン都市では武器や装備は充実してますけど、家具を扱う店や宝飾品、洋服を扱う店は少ないのですよ。逆に聖都は武器や装備は充実していないのですが他の商品を扱う店はそれなりに数多存在します」
「客層が違うのなら納得だな。それでその中間にあるタストは両方の品物が充実しているというというわけか」
「そのとおりです」
商売の話をして気づいたので、この際ゴルドにこの国のお金のことも質問してみることにした。
「旅をしているという話をしたけど、この国の通貨ってどうなってるか教えてもらえるかな」
「問題ありませんよ」
ゴルドから入手したお金の情報だが、エクレタ聖国の通貨単位はエク。
流通している貨幣は金貨、銀貨、銅貨の3つ。
それぞれ銅貨1枚が1エク、銀貨1枚が100エク、金貨1枚が10000エクとなる。
物価であるが主食であるパン1つが1エクなので、宿の宿泊代も一泊30エクと良心的な値段になっている。
冒険者ギルドに依頼を出す場合などは銀貨1枚からとなり、難易度などから基本の報酬額が決定されていくらしい。
人命救助などの依頼だと銀貨10枚ほどが一般的な相場であった。
ここまでの情報から元の世界でいうと、1エク=100円ぐらいだなとケントは思った。
「そういえばケントさんの場合、修行するのであれば冒険者ギルドに登録して冒険者になってみたらどうですか?」
「えっとカレンやオランを見ていて思ったけど依頼をこなすような活動は、旅の途中の俺の場合厳しいかなと思ってるので…」
「あー、冒険者になる一番のメリットはダンジョンの中に入れるんですよ」
「え? 人々の依頼を有償でこなすのが冒険者じゃないんですか?」
「そういう活動をする冒険者もおりますが、基本的にこの国で冒険者というのはダンジョンからアイテムを持ち帰るつわものを指すんですよ」
「へぇー」
「あとは冒険者ギルドもダンジョンも王家の手で管理運営していますからね。ちなみに冒険者ギルドへの入会費用や更新費用はぜーんぶ王家に入りますし、そのお金が国内の公共事業に当てられるんですよ」
「カレンからも少し話を聞いていたけど冒険者はダンジョンでお宝を手に入れれば一攫千金を実現できる、国はそのダンジョンに集まる数多の冒険者からお金を回収するという、お互いに思惑が一致している状態なんですね」
そこまで話をしたところで、ゴルドがニタリと笑い話かけてきた。
「もしお宝が出たらビンセント商会で高値で買い取りますのでよろしくお願いします」
(商業ギルドの代表というだけあって、さすがにやり手だな)
「うん、そういう状況になったらお願いするよ」
ケントもニッコリと笑顔を作って返事をしておいた。