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焚き火のそばに戻り、カレンが喋りだす。
「あれだけのゴブリンを倒したんだし、それなりの実力があることは分かっていたが、一瞬で大量の死体を消滅させるなんてケントの魔法は凄いんだな」
「いや、あくまでも師匠の魔法が凄いんだよ。俺自身は打たれ弱いから」
そんな会話をしていると、頭を左右に振りながら荷馬車から降りてくるフルアーマーの人物の姿をケントとカレンが視界の角に捉えた。
「オラン、やっと目覚めたようね」
「カレンも無事だったようだな。そこで話をしている魔術師が助けてくれたのかな」
「修行で旅をしている召喚魔術師のケントが駆けつけて助けてくれたのよ」
カレンはケントの素性をオランに話すと、オランはフルフェイスのヘルメットを外し、頭を下げて礼を述べる。
髭面だが粗野な印象のしないダンディな顔つきの中年のナイスガイがそこにいた。
「なるほど召喚魔術師となると実力があるのは当然か、今回は助けていただきかたじけない」
「いえ、報酬もカレンから既に貰いましたし問題ありませんよ。頭をあげてください」
「しかし、わしらはそんな払えるほどの報酬は持ってないはずだが」
「さっき報酬の話をしたら魔法触媒としてゴブリンの死体が欲しいって話になったのよ。それでオランには申し訳ないけど私の判断で提供することにしたわ」
「なるほど、召喚魔術師の報酬は一般常識とは違うということか」
「そうね。触媒にする光景を見たけど凄かったわ」
「ほぅ-」
興奮するカレンの話を聞いてオランが笑顔を見せる。
「しかしオランも凄いんですね。一人であのゴブリン達から馬を守るなんて」
「いやいや、背後からの不意の打撃で気絶してしまったのは情けない限りでな」
「しょうがないわよ。本来あれだけの数のゴブリン討伐ならオランのようなアイアンクラス冒険者が5人くらいでパーティを組んで討伐に向かうんだし」
「確かにな、しかし何故こんな街道沿いの林にゴブリンがいたのかが問題だな」
「ゴブリンは普段ここにはいないってことですか?」
オランの言葉にケントはつい反応してしまう。
「野生のゴブリンはここから東にある森の奥にいるはずなんだがな」
「へぇ」
「さらに街道周辺は安全確保のために定期的に街が冒険者を派遣して周辺の魔獣駆除を行っているんだ、たしか6日ほど前に駆除隊がこの付近を駆除しているはずだな」
「そうするとここ数日の間に、ゴブリンの集団が侵攻してきたってことですね」
「うむ、駆除隊があれだけの数のゴブリン達を見逃すはずがないから、そういうことになるな」
オランが急に黙り込み、私見を話し始めた。
「森で魔獣の生態を壊す出来事があったのかもしれん」
「ゴブリンがより強い魔獣があらわれたことで逃げてきたということですね」
「さすがケントね。そこに辿りつくなんて」
「よくある話ですからね」
「うむ、となると街についたら森へ調査隊を出さないといけないな」
どうやら事が大きな方向になりそうだなと思ったケントはカレンとオランの会話に注意深く聞くことにした。
「調査隊となると父の判断が重要になるわね」
「そうだな。一応カレンがこの襲撃の一部始終を見ているから、街に着いたらギルド長に報告書を出してもらえるかな」
「いいわよ。ケントのことも含めて報告書を出さないといけないし」
(俺のことも含めて? というかカレンの父親って偉い人っぽいな。うーん、異世界から来たことは伏せておきたいし、あまりにも目立つ行動をして有名になってしまうと活動が制限されそうだから深く関わらないようにしないとな)
いろいろ考え込んでいるとオランがケントに語りかけてきた。
「ケントだが、今夜はここで一緒に一泊するかね」
その申し出に対して少し考えてから慎重に返事をする。
「騒ぎを聞きつけてここに来る前に自前の野営場所を準備していたので今日はそちらに戻ります。既に護衛二人が健在なのですから、この荷馬車の商人の方も安全でしょうし」
「ふむ、そうか」
「あとお願いなのですが、明朝野営場所を片付けてここに来ますので一緒に荷馬車に乗せていただけないでしょうか。乗せていただければ相応の報酬をゴブリン討伐報酬をもらったあとにお支払いします」
「ゴルドも助けてもらっておるし報酬がもらえるなら反対はせんはずだよ。しかしカレン、ゴブリンの右手をケントに渡したのか?」
「ケントは冒険者じゃないから私とオランの名前で討伐報告書を出すつもりよ。それでもらった報酬をケントに渡そうと思ってるのよ」
「そうだな。それなら安心だ。しかしあれだけの数のゴブリンの右手はどこに確保したのだ?」
「ケント」
カレンがケントの名前をよんで目で合図してきたので、ケントはその意図を察してゲートポーチからゴブリンの右手を取り出した。
その光景を見てオランが目を見開く。
「マジックアイテムなのか!」
「そうです」
そういってからゴブリンの右手をしまう。
「ふむ、あまり人前で見せないほうが良いかもしれんな」
「平気じゃない? 父も持ってるわよ」
「それでも狙うやつがいないとも限らん」
「確かにそうですね。オランのアドバイスにしたがって扱いは慎重にします」
「うむ」
そんな会話をしていると、ポチがグリンスライムからでたマジックストーンを加えてもどってきた。
するとポチを見たことなかったオランが飛び上がってポチから距離をとるように離れたあと即座に戦闘態勢に移行した。
「あー、俺の召喚魔獣ですので平気ですよ」
ケントはそういいながらポチの頭をなでると、オランは唖然とした顔でポチを見つめた。
「オラン大丈夫よ、私を助けてくれたのはその召喚魔獣だったの」
「…なるほど、魔法だけで退治したとは思えなかったが、これだけ強い召喚魔獣がいたのであればあれだけの数のゴブリンもひとたまりがないのも頷ける話だ」
「強いってわかるんですか?」
「うむ、基本的に内包する魔力が多ければ多いほど体が大きくなるのだよ。あと強さは魔力に依存する。このことから大きいというのは強いということになる」
「そうなると今回討伐したゴブリンも人型で大きいですから、それなりに強いってことなんですね」
「うむ。しかしワームというのは小さい個体が通常であり、それがこれだけ巨大ということは内包魔力量が過剰に多いはずだからな」
「なるほど。通常の個体の大きさをはるかに越える魔獣は、それだけ危険な魔獣ということなのか」
「うむ、召喚魔獣ということは魔法の影響も加味されているのだろうな」
「野生でもそういった危険な魔獣はいるんですか?」
「うむ、レア魔獣という過剰に魔力を溜め込んでしまった魔獣は確かに存在するが、ダンジョン以外での発生率はかなり低いだろうな」
その言葉が引っかかる。
「それはダンジョンではそういった危険な魔獣が発生しやすいということですか?」
「各階の階層守護者はレア魔獣なのだよ」
「あ~~~、納得しました」
レア魔獣ってのはゲームでいうボスモンスターって位置づけなんだと納得したケントが興奮した声で返事をする。
(ダンジョンで修行か、レア魔獣から大量に魔力を獲得できそうだしいいかもしれないな)
「旅の途中であり、この国のことについて不見識でしたがいろいろ教えていただきありがとうございます」
ケントが素直に礼を言うと、オランがぽかんと口をあけカレンが苦笑していた。
「オラン、ケントは旅人でこの国の事情に疎いから察してあげてね」
「なるほどな、才能と謙虚さを持ち合わせているというアンバランスさは旅人ならではか」
「それがケントの良さなんでしょうけどね」
「面白いな」
二人の会話の内容が理解できないケントが理由を尋ねると、この国では強ければ人に左右されずに好きなように生きるという理由から『強い=傲慢』というのが一般常識なのだというのだ。
逆に『弱い=謙虚』というのも一般常識であるため、ケントのように才能があって謙虚というのは稀有な存在らしい。
他人に対する無償の奉仕を法律で禁止しているのもこのあたりの常識が影響しているのかもしれないなとケントはふと思った。
その後、3人で他愛無い会話をしてからケントは立ち上がり二人に挨拶をする。
「さてそろそろ時間なので戻りますね」
「ゴルドとの話もあるだろうし明日朝ここで待っているよ」
「はい。起きたら急ぎ準備してここにきます」
そういって立ち上がるとポチと一緒に二人から見えない場所まで移動してからケントは聖域に戻ったのだった。