1-12
この異世界にやってきて11日目の朝。
昨夜は水桶を使って体の汚れを落とすことが出来たので、いつもよりもぐっすりと寝れて目覚めは快適だった。
ケントはベッドから起き上がると黒いスウェットの上下を脱いで裸になり、昨日購入した新しい下着や服に身を包む。
その後、いつものようにスィートグリーンリーフを朝食として味わったあと日課となっている【図鑑】の確認作業を行う。
[佐紋健人]
性別:オス
種族:人族
スキル:図鑑魔法(スライム級)薬草採取(スライム級)打撃耐性(スライム級)
(ふむ、今日も変化はなし)
昨日は多くの人に接触したせいで人物リストにいろいろな名前が追加されていた。
とくに気になったのは以下の人物の詳細だ。
[マイク・ギルバート]
性別:オス
種族:人族
スキル:槍術(ユニコーン級)剣術(ユニコーン級)盾術(ユニコーン級)見切り(ユニコーン級)交渉(ゴブリン級)計算(ゴブリン級)毒耐性(オーガ級)
(元冒険者なのかな… 槍術は槍をつかうスキルだろうし、そうなると剣術は剣を使うスキルか。しかしユニコーン級ってどの程度なのか不明だけどオーガ級より上なんだろうな)
[ジャスミン・レイモンド]
性別:メス
種族:人族
スキル:鑑定(スライム級)交渉(スライム級)計算(スライム級)料理(スライム級)裁縫(スライム級)
(服屋であの服を作ったジャスミンでも裁縫はカレンと同じスライム級なのか。級であらわす習熟度の範囲って広そうだな)
[アモン・キュイラ]
性別:オス
種族:人族
スキル:鑑定(ゴブリン級)交渉(スライム級)計算(ゴブリン級)毒耐性(ゴブリン級)料理(スライム級)
(おっと、この顔のイラストは確か装備屋の店員だったな。アモンっていうのか… 見ただけで採寸出来て驚いたけど鑑定と計算がゴブリン級だったからなのかな)
ケントは人物図鑑のスキル項目の級というのがなにを基準に表示されているかを考えたが答えが出なかった。
その為、とりあえずその人物の評価の参考程度にしようと思うことにした。
(さてとのんびりと朝過ごすことが出来て気力も充実してるし、新しい召喚できるようになった魔獣の検証をしないとな)
椅子から立ち上がると広いスペースに移動し、【図鑑】を持ち意図して魔力を絞らずに《サモン・ゴブリンシーフ》と呟く。
すると【図鑑】から光の粒子が放出されて身長130cmほどの緑色の肌を持つ笑顔のゴブリンが召喚されたのでケントはじっくりと魔獣の容姿を確認する。
召喚魔獣であるゴブリンは野生のゴブリンよりも顔つきが柔和であり人懐っこい雰囲気であった。
あとは武器になるようなものは持っていない。
ただし人型なので武器を与えれば有利な戦闘が出来そうであった。
(どの程度の速さで動くのか確認してみるか)
ケントは素早く反復横とびをするようにイメージして念じる。
「ギャイ」
ゴブリンはそういってからかなりの速さで左右へのジャンプを繰り返す。
「わかったわかった。反復横とびをやめていいよ」
「ギャイ」
ゴブリンは左右へのジャンプを止めてすたすたとケントに近寄ってくる。
雰囲気はやんちゃな子供である。
「おまえの武器を用意しないとな」
「ギャーイ」
その言葉を聞いてゴブリンが笑顔を見せはしゃいでいた。
「そうだな、お前はトムと呼ぼう」
「ギャーイ」
「さてと次は複数召喚できるかだな」
【図鑑】を持ちちょっとだけ魔力を絞す感じで《サモン・ポチ》と呟く。
すると【図鑑】から光の粒子が放出されて中型犬サイズのポチが召喚された。
「おお、2体同時召喚は可能だな。となると同一系統に属する召喚は出来ないのか」
試しに《サモン・ジャンプワーム》と呟いたが召喚は実行されなかった。
(ふむ、2体同時というのが分かったというのは重要な発見だな。しかしいつもより召喚時の疲労度が少ない感じがするのはなんでだろ…)
ポチとトムがじゃれている光景を見ながら理由を考える。
(やっぱり昨日ちゃんとした料理を食べたからからなのか? そういえば スィートグリーンリーフの説明に体力回復って書かれてたけど、召喚に使う魔力を回復するのに適した食材が使われていたのかもな。とりあえず回復についてカレンに尋ねてみるか)
「さて街に出かけるから、お前達を一旦もどすぞ」
「ギャイ」
「キュ」
《サモンリターン》を唱えて魔獣を戻すと、魔術師装備を身につけマジックマントを羽織る。
(そういえば召喚魔術師以外の魔術師についてもカレンに尋ねておいたほうがいいな)
そんなことを想いながら聖域から出るケントであった。
冒険者ギルドを訪れるとカレンが駆け寄ってきた。
「おまたせ」
「私もさっき来たところでちょうど良かったわ。それで今日の予定はどうするの?」
「いろいろと聞きたい事があるんだけど、ふたりきりになれる場所はある?」
「じゃ、昨日の会議室がいいわね。いきましょ」
そういってカレンと共にギルドのカウンターに向かう。
「ジャミル、ちょっと会議室借りるわよ」
「へい。どうぞ」
カウンターにいる若い女性ジャミルにカレンが声をかける。
昨日もお嬢とか呼んでいたのでジャミルとカレンは旧知の仲なのだろうとケントは思いながらカレンのあとに付いていく。
ケントとカレんは会議室の椅子に向かい合って座る。
「それで聞きたい事って?」
「まずは時間と暦について知りたいかな」
「えっと時間と暦ってなに?」
「え?」
(どうやらここでは詳しい時間計測はされてないみたいだな)
その後ケントが聞きたいことを噛み砕いて説明すると、ようやく質問の意図を理解したカレンが時間の流れについて説明してくれた。
カレンの説明ではエクレタ聖国の1日の流れの呼び方は、太陽が出てからが朝、太陽が真上付近にあるときが昼、それから沈むまでが夕。太陽が沈んでる間は夜ということであった。
1日は朝昼夕夜の繰り返しである。
暦については元の世界に近い表記であった。
1年は12ヶ月で区分され、さらに1月は30日で区分されていた。
ちなみにカレンの話で今日がエクレタ暦353年7月14日であることがわかったのは大きな前進である。
「時について分かったよ。それでさっきカレンのいったカレンダーは俺でも手に入るのかな?」
「雑貨屋で普通に売ってるわよ」
「じゃあ、あとで買いに行きたいな」
「わかったわ。他には聞きたい事あるかしら」
「召喚魔術師以外の魔法術師について詳しく教えてもらえると助かるんだけど」
「私の知っている範囲では、生まれつき魔力を内包した人が修行して初めて系統魔法を使えるようになるのよ」
「系統魔法?」
「火、水、風、土、光、闇の六属性を扱う魔法の総称ね。その他に系統魔法に含まれない特殊な魔法として治癒魔法、空間魔法、召喚魔法などがあるわ」
「召喚魔法は稀有って話だったけど、他の魔術師はほとんどが系統魔法の使い手ってことになるのかな」
「そうよ」
「そうなると六属性全部を使う系統魔術師は、すごく強いってことだな」
「えっとね、一つの系統魔法の適正を得てしまうと他の系統魔法は使えなくなるから、一人で六属性全部を使いこなすのは無理なのよ」
「ほぅ、制限があるのか…」
「一応、マジックアイテムや魔法触媒を使って他の属性を使うっていう裏技はあるんだけど、お金がかかるのよね」
「ある程度の稼ぎがある冒険者じゃないと現実的ではないんだな」
「まあ、シルバークラス以上の人ならマジックアイテムを複数持ってるからそういう裏技を使ってるらしいわね」
「ふむ」
「ちなみに冒険者でいうと魔術師の割合は2割かな。あとダンジョンで活動する場合魔術師を最低1名確保するのが常識になってるわね」
「魔術師ってだけでひっぱりだこなんだな」
「そうね、魔術師が1人抜けたことで解散したパーティーの話はよく聞くわ」
そういってからカレンが溜息をつきながら苦い顔をするのが引っかかった。
「もしかしてカレンの以前組んでいたパーティーはその理由で解散したの?」
「…遠い昔の話よ」
「遠いって最近の話だよな、きっと」
「悪かったわね。ふんっ」
「悪い悪い、まあそうこともあるって話だな」
「まあね」
ちょっと雰囲気が悪くなったのでケントは話題を変えようとスキルについてカレンに尋ねてみた。
「スキルについてカレンはなにか知ってる? 才能というかなんというか、人がそれぞれ持っている能力のことなんだけど」
「習熟適正のことかな?」
「習熟適正?」
「光系統魔法で《ステート》ってスペルがあるんだけど、それを用いると自分が持っている習熟適正が表示されるのよ。そして習熟適正がある人はその加護の力でどんどん能力が強化されるってわけ」
「もしかして剣を扱う習熟適正を持っている人と持っていない人が、同じように剣を使って魔獣と戦ったとしたら持っている人のほうがより多くのダメージを与えられるってこと?」
「そうね、その考えで間違いないわ」
「習熟適正は狙って得られるの?」
「苦しい稽古や難しい勉強を何度も繰り返すことで得られるんだけど…、もともと才能を持たない人はほぼ得ることは出来ないわね」
「なるほどな。もしかして系統魔術師が一つの系統しか使えないのも習熟適正が絡んでるのかな?」
「そうよ」
「ふむ」
腕組みをしてケントは考えをまとめる。
スキルはカレンのいう習熟適正と同一だろう。
才能を持った人物がなんらかの行動を取り一定の条件を満たすことで発現する。
そして一度発現すると能力をサポートしてくれる。
しかも適正を成長させることで更なる能力のサポートが得られて強くなるのだろうと推測した。
考え込んでいるケントを見て、カレンが話しかけてきた。
「《ステート》の魔法は光触媒を使えば誰でも発動できるから、気になるならケントもやってみたら?」
「え? あー、機会があったらするよ。ちなみに《ステート》の魔法って他人の習熟適正を見ることは出来ないの?」
「無理ね。だけど多くの人は自分の習熟適正に沿った職業に就くから、だいたいはわかっちゃうものよ」
「なるほどな戦闘系の習熟適正を持っていれば兵士や戦士、魔法系の習熟適正を持っていれば魔術師、商売系の習熟適正を持っていれば商人か…」
「そういうこと」
(俺の場合図鑑魔法を使いこなす才能があったから、この世界に召喚されたと見るのが正解かな…)
「他になにか質問はあるかしら、お腹すいてきちゃったし何か食べに行かない?」
「あー、食事で思い出したけど、怪我した時の回復や倒れた時の回復について知っていたら教えて欲しいな」
「そうね、冒険者になるなら知っておく必要があるわね。魔法触媒を使ったポーションがあれば自然治癒力を活性化させて病気や怪我ならすぐに治るわよ」
「足を切断したとかの場合は?」
「四肢の欠損程度なら高級なポーションを使うことで時間はかかるけど再生できるわ。ちなみに稀有な存在の治癒魔術師の場合は魔法を使って素早く治すことが出来るわ」
「それは凄いな」
「でも治癒にはお金がかかるから気軽には使えないわ。それに死んだ人には治癒は無理だし」
「毒や麻痺なんかになった場合もポーションで治すことが出来るのかな?」
「専用ポーションが売ってるわ。効果によって値段は違うけど最低50エクはするわ」
「結構高いんだな」
「あと気力回復については、魔術師だから知ってるわよね」
なにげに放ったカレンの言葉にケントが反応する。
「ごめん。気力ってなに?」
「あれ? ケントは魔法使ってるわよね、もしかしてケントのいた場所では気力って言い方をしなかったのかな」
「そうかも」
「魔法や錬技を使うための力よ。知ってると思うけど食事や就寝で回復するわ。エクレタでは気力回復の専用ポーションという手もあるけどちょっと高いから手が出ないのよね」
(カレンのいう気力ってのはファンタジー系のゲームでいうMPってやつだな。なるほど昨日はしっかり食事を取ったから保有している気力総量が多かったのか。朝召喚したときに余裕を感じたのはそのせいだな)
「なるほど、それなら俺も知ってるな。俺のいたところではMPっていいかたをしていたよ」
「おもしろい言い方ね」
「しかしそうなるとダンジョン探索中に気力がなくなると危険だな」
「ダンジョンには魔獣の出没しないエリアがあるから、そこで休憩や食事をとるのが一般的ね」
「気力の管理がダンジョンでは重要になるんだな」
「それは間違いないわ。なのでさっさと食事にいきましょ、今日食べたい料理の希望はあるのかしら?」
「特に希望はないからカレンのオススメする料理にするよ」
「じゃ、思い浮かぶ店に案内するわ」
にこにこしながらカレンが椅子を立ったので、ケントも立ち上がり昼食に向かうのだった。




