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カレンがいなくなった途端マイクが俺の横に凄い速さで駆け寄ってくる。
その勢いにポチが一瞬身構えた。
しかしそのマイクの顔は満面の笑顔である。
「ちょっと聞いてもいいかな?」
「えっとなんでしょう」
「ケントはカレンを見てどう思ってるのかな」
ゾワっとした感覚が一瞬背中を襲う。
「…素敵で綺麗な人ですね」
「そうだろう、そうだろう」
「…はい」
「危ないところを救ってくれて本当にありがとう。親として礼をせねばならんな」
(やっぱり親子だったのか…)
「…いえ、報酬は既に頂いてますし気にしないでください」
「いやいや、私からも是非報酬を支払いたくてね」
「…えっと」
「報酬として娘をもらってくれないかね」
「…はっ?」
「もしかしてもう既に結婚しているのか、それなら第二夫人としてもらってくれないか」
何を言われたのか一瞬分からなくてケントは凍りついていた。
ハっと正気に戻ると即座に確認する。
「えっと理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「いや、娘を嫁がせるなら実力のある人物だと思っていてね。しかも召喚術師というのが非常に魅力的でね」
これはマズイと身構える。
元の世界に戻るという目標があるので嫁をもらうという選択肢はありえない。
「あー、修行中の身なので師匠に恋愛や結婚は禁止されているんですよ」
「なるほど、では修行が終われば問題ないということだね」
「えっと、まあそうなりますね」
マイクは少し悩んだ後に名残惜しそうにつぶやいた。
「それならば、しょうがないな」
「すいません」
「とりあえず結婚の件は抜きにしてカレンと仲良くしてくれ」
「そうですね、それなら問題ありませんし」
「うむ、頼んだよ」
マイクがニカッと白い歯を店ながら笑い顔をみせる。
その時会議室の扉が開く。
「おまたせ。遅くなったわね」
「そんなことないよ」
「必要な点はもう書いてきたから、用紙にケントがサインしてくれればいいわ」
「でもエクレタの字は書けないんだけどいいの?」
「サインだからどんな文字でもいいのよ」
「じゃあ、俺の書ける文字でサインしておくよ」
ケントはカタカナでサモンケントと用紙にサインした。
その文字を見て、マイクとカレンが驚いた顔をみせた。
「ギルド長、これって古代ノマリア文字じゃないです?」
「うむ、専門家に見せる必要があるが間違いないな」
その言葉にケントは息を飲んだ。
「古代ノマリア文字って?」
「古代ノマリア王国で使われいた文字でね、たまにだけどダンジョンで発見されたマジックアイテムに記載されていたりするのよ」
「君の師匠は古代ノマリア王国の系譜のようだな」
マイクの目が鋭くなるので、変なことを言えないと適当に相槌をうつことにした。
「そうなのかもしれないですね」
「とりあえず詮索するのは止めておきましょ」
カレンはそういって事務手続きをするということでマイクと一緒に会議室を出て行った。
交易都市タストにある冒険者ギルドのギルド長執務室でマイクとカレンは向かいあって相談をしていた。
「カレン、ケントをお前の魅力で落とせ」
「稀有な召喚術師だし、やっぱりそう思うわよね」
「うむ、あれほどの優良物件をみすみす逃すわけにはいかん」
「そうなるとパーティー登録もしておいた方がいいわね」
「そのあたりはカレンに任せる。問題はケントの実力が知れ渡れば近寄ってくる女性が増えるという点だな」
「そうね」
「幸い修行中は恋愛や結婚を禁止されているそうだから、それを理由にカレンが裏で速やかに排除すればいいだろう。そしてケントが修行を終えた時にその横にカレンがいれば第一夫人となれるぞ」
マイクとカレンが同時に笑顔を見せる。
ケントがいる世界とは若干異なり、エクレタ聖国では権力、財力、戦闘力、美人力、とにかく力を持っている相手が男女ともに恋愛対象の第一条件になるのであった。
陰謀めいた親子の会話も、エクレタ聖国ではどこででも見られる一般的な他愛無い親子の会話であった。
「まかせたぞ、カレン」
「はい、父上」
カレンがマイクに返事をしたと同時に扉を叩く音がする。
「失礼しやす。お嬢に依頼された冒険者証とゴブリン討伐報酬を持ってきやした」
「ありがとね、ジャミル。それで報酬はいくらになったのかしら」
「ゴブリン31体で4340エクでやす」
そういって銀貨43枚と銅貨40枚、それとケントの冒険者証を執務室の机にジャミルが置いた。
「登録費用はこの中から払うわ」
そういってカレンが銀貨1枚をジャミルに渡す。
「じゃあ、あっしはカウンターに戻りますので」
「あ、ジャミル」
「はい?」
「ケントの事は他言無用にしてね。ケントは騒がれたくないみたいだから」
「了解でやす」
そういって執務室から冒険者ギルド受付嬢のジャミルが出ていった。
「じゃあ、私はケントのところに戻るわね」
そういって報酬と冒険者証を持ってカレンが出ていった。
その姿をマイクが目を細めながら見つめていた。
(お前が心から一緒にいたいと思える素敵な男性に巡りあえて本当によかったな。カレン…)
カレンとケントが冒険者ギルドから出てきた。
「ふー、結構時間かかったな」
「しょうがないわよ。冒険者証も作っていたし」
「しかし冒険者証だけどあんなプレートじゃ偽者が横行するんじゃないか? もしくは他人のプレートを盗んで使うとか」
「プレートにはさっき記入したサインが《トランスファ》の魔法で埋め込まれていて、厳密な本人確認が必要になった場合はサインを書いてもらってプレートの情報と比較するのよ」
「しっかり考えられてるんだな」
「それでまず行きたい店はあるのかしら」
そういいながらケントに笑いかける。
「そうだな。着替えの服を買いたいな」
「それって防具?」
「えーーっと下着とか普段着の方だよ」
カレンは少し考える素振りをみせる。
「レイモンドの店に、そういった服が置いてるけど、その前にビンセント商会で商業ギルドの会員カードをもらってきたほうがいいわね」
「カレンは会員カード持ってるの?」
「冒険者証で身分証明できるし持ってないわよ」
「ってことは俺も冒険者証作ったしいらないのか…」
「ケントは持ってるほうがいいわね。修行で必要になるかもしれない商品を買える機会が増えるかもしれないし」
「ふむむ、確かにそうだな」
カレンの案内で交易都市タストの目抜き通りを歩いて目的のビンセント商会を訪れた。
通りに面する壁には白い塗料が一面に塗られており、そこに金色の文様が描かれている。
いかにも高級そうな店構えである。
重い木の扉を押して開け、店の中に入ると店員だろうか、声をかけてきたのでゴルドに取り次いでもらう。
「ようこそ、ビンセント商会へ」
ゴルドがやってきた。
「遅くなりました」
「いえいえ、ではこちらへ」
そういって店の一角に置いてあるソファーに案内される。
カレンとケントがソファーに座ると対面のソファーにゴルドが座り、会員カードを提示する。
「カード作成の代金はおいくらですか?」
「銀貨1枚です。1年間有効で更新手数料も銀貨1枚です」
「なるほど」
「あとこの用紙にサインをお願いします」
「それってサインをカードに埋め込むんですか?」
「よくご存知ですね」
「さきほど冒険者証の作成しましたので、教えてもらったんですよ」
「そうでしたか。無事に登録できておめでとうございます」
そういってゴルドがニッコリ笑う。
「もし良ければ埋め込むところを見せてもらってもいいですか?」
「平気ですよ。ちょっとお待ち下さいね」
ゴルドは店員に《トランスファ》の為の魔法触媒を持ってくるように告げると店員が店の奥に消えて、すぐに触媒を持ってゴルドに渡した。
ケントは用意された用紙にサインをすると、ゴルドは驚いた顔をする。
「古代ノマリア文字が書けるのですか?」
「ええ、まあ。はい」
「私とギルド長も驚いたんだけど、どうやらケントの師匠がノマリアの系譜みたいなのよ」
「なるほどなるほど。召喚魔法をお使いになるのでしたら納得ですな」
「ゴルドも古代ノマリア王国に詳しいみたいだね」
「そうですね。ビンセント商会はオークションも営んでいるので古代ノマリア王国由来のマジックアイテムを目にする機会が多いのですよ」
「へぇー」
「さて埋め込みを行いますね」
会員カードの上にサインを書いた用紙を乗せ、さらにその上に魔法触媒であろう小さな黒いマジックストーンを置いてゴルドは小さく《トランスファ》と呟いた。
特に大きな変化は見られない。
「終わりました」
「これで終わりですか?」
「ええ、そうですよ」
「簡単なんですね。厳密な本人確認が必要になったときはどうするんですか?」
「判別所と呼ばれる国の兵士がいる詰所で兵士立会いの元で確認作業するんですよ。ただしめったに厳密な本人確認なんて行われませんけどね」
「そういう仕組みなら悪用しようとする人は限られるんですね」
「ええ、そうです」
ゴルドが大きくうなずく。
ケントはゲートポーチから取り出した銀貨1枚をゴルドに手渡し、会員カードを受け取った。
「これで買物が捗るわね」
「うん」
「では、機会があったらまた顔を出します」
「お宝が出たらよろしくお願いします」
そういってゴルドが笑顔で店の外まで出て二人を見送ってくれた。




